おとぎ話のような恋のはじまり -2-

「どう?ティナちゃん」

バッツが消えた場所へティナは二人を案内すると、早速手がかりはないかと三人で調査を始めた。
魔法によって攫われたため3人の中で魔力が一番高いティナが中心となって探すことになったのだが、彼女は地面に手をつき、瞳を閉じて意識を集中させて手がかりを探っている。ジタンは何か見つけられそうかと声を掛けると、ティナは瞳を開いて答えを待つ二人に調査結果を話した。

「ほんの少しだけど、魔力が残ってる…辿ればケフカとバッツを追えるかも…」
「本当か!やった!」

ティナの返答にジタンは歯を見せて笑う。しかし、それとは対照的にスコールは険しい表情のままであった。

「そうか…悪いが、急いでくれ」
「…ええ…そうね。早く見つけないと…」

スコールはティナに先を急ぐよう促すとティナは小さく頷き、残った魔力を探りながら前を歩き始めた。その後ろを邪魔にならないように少し離れて残りの二人が歩く。
ゆっくり前を歩くティナの歩調に合わせて一定の距離をあけながら歩いているとティナに聞こえないようにジタンはスコールに小さな声で話掛けてきた。

「おい、スコール」
「…なんだ?」

ジタンと同じく小さな声と視線で答えると、ジタンは少し眉をつり上げて先ほどのスコールの態度の注意をしはじめた。

「あいつが居なくなって心配になって焦るのはわかるけど、ティナちゃんも頑張ってくれてるんだからプレッシャーかけるなよ」

バッツの無事を願い、早く助け出したいのはジタンとて同じであるが、その原因となったと責任を感じ、ただでさせ圧力を感じている中で急かすようなことをしてはかえって逆効果である。
普段ならスコールはあのような態度をとるような性格ではないのでバッツが攫われて焦っているが故であるのは分かるが抑えるところは抑えてもらいたい。
咎めるような目つきで訴えるジタンの視線からスコールは視線を逸らすと、小さな声で「すまない…」と詫びてきた。詫びるべき相手は違うだろうがとジタンは苦笑すると小さく鼻で笑った。

「ま、わからないでもないけどな〜…オレも素敵なお姫様が攫われたらそうなっちゃうかも?」

茶化すように言いながらジタンは両の手のひらを上に上げて言うと、スコールが視線を戻してきた。
怒らせちまったかとジタンは謝ろうとしたが、前を歩いていたティナが歩みを止めたのでそちらに視線を移した。

「ここ…」

小さく呟いたティナの視線の先にはこことは違う空間へと繋がっていると思われる歪みが発生していた。





「おお〜、結構持ちますねぇ」

言葉では感心しているかのようではあるが、ケフカの声色は笑いを堪えるかのような震えた甲高い声であった。
ビーカーには水が大量に溜まっており、中に放り込まれたバッツは寝転がっていた体制からなんとか起きあがり、立ち上がって水から逃れていた。しかし、水は既にバッツの顎すれすれまで溜まってきている。ビーカーはバッツの身長を軽く超える高さであり、尚かつ手足を縛られている状態であるため立ち泳ぎすらできない。このままではビーカーが水に満たされるまでに溺死してしまう。

「(くそ…もう首まで水位が上がってきている…あと数分でおれの鼻まで到達するよな…息を止めて我慢しても…もって6,7分くらいか?)」

残された猶予を逆算し、必死でこの状況を打開する方法はないかと考えたがいい方法が思い浮かばない。これは本当に最後を覚悟しなければいけないかもしれないとバッツは奥歯を噛んだ。

「(こんな最後になるとは思わなかったなぁ…)」

この世界に来てから世界を救うためにと戦ってきたがこれほどまで死を強く感じることがなかった。勿論、自分が生きて帰れる保証なんてないことはどこにもないのだと分かってはいたが仲間達と一日を終え、明日をむかえることが当たり前となりつつあった。死がいつ自分に襲いかかってくるかをきちんと自覚していればこのような事態にならなかったかもしれない。
後悔が胸中を渦巻く中、時間の経過とともに水位はどんどん高くなり、口元に到達してきた。残された時間はごく僅かしかない。

「(…せっかくクリスタルを見つけたのにな…けど、他の仲間達が上手くやってくれるか…)」

せめてもの救いは、自分が死んでしまったとしても頼れる仲間達が残っていることであった。彼らなら、世界を救ってくれるだろう。
彼らと最後まで旅を続けることができそうにないのが非常に残念ではあるが自分一人居なくなったとしても大丈夫だと確信している。
短い間ではあったが彼らの強さはよく知っている。カオスもその軍勢も彼らであれば…。

「(みんな…ごめんな)」

コスモスの仲間達の顔が浮かぶ。
それぞれ違う世界から来た、本来は出会うはずのない仲間達。
皆、気のいい連中ばかりだった。
短い間とはいえ、苦楽を共にすれば結びつきも強くなる。
そんな仲間達から離れることはいくら自分は旅人で一つの場所に留まらないとはいえ、名残惜しさを一切感じないことはない。
もっと彼らと語り、共に歩んでいきたかったとさえ思う。
そして…

「(…スコール…)」

先日、自分への想いを告げてくれた少年の姿が浮かぶ。
無表情の彼が、少し赤い頬で自分を強い眼差しで真っ直ぐ見つめてきたあの夜の出来事が蘇る。驚き、戸惑いはしたものの、嫌な気持ちは一切なかった。あの日からスコールのことで頭が一杯になり何をするにしても気がつけばスコールの事ばかり考えていた。
スコールはもっと前から頭の中を自分で一杯にしてくれていたのだろうか?
気持ちを言の葉に乗せて、伝えるのにどれだけの覚悟をしたのだろう?
世界を平和にするためのこの旅にはいつか終わりがくることを、たとえ命を落とさずに終わりを迎えたとしても自分達にも世界という壁に隔てられた別れの時が必ずやってくることを彼も承知しているはずなのに、それすら振り切って気持ちを伝えてくれたのは自分への想いの強さからなのだろう。
それなのに、自分は何をやっていたんだ。

「(ばかだ、おれは…!!)」

こんな局面になって気持ちに気づき、後悔することになるとは思わなかった。
時間は有限であることを分かっていながらなぜぎりぎりになるまで整理をしておかなかったのだろうか。
頭の中で呼び出されたあの夜のことが再び蘇る。
返事は急がないといい、背を向けて歩いていくスコール。
その先には仲間達が待つテントが見える。たき火をしているのか、ちらちらと暖かな、炎の光が見える。
彼の背中を追いかけることも、仲間達がいるあの場所へはもう自分は戻ることができないのだろうか。

「(…追いかけて、戻らないと…!!)」

水で満たされ、呼吸ができない中、不安と絶望で沈み掛けていた生きようとする意志が引き戻される。
勝手に終わりを決めてしまうのは性にあわない。自分はまだ生きている。スコールも、仲間達もそれを信じて自分を探しているかもしれない。自分が探している立場なら、余計に簡単に死ぬわけにはいかない。
ビーカー内が水で一杯になる。水の中にいるためよくは見えないが道化師が高笑いをしている。
浮力でふわふわと浮かびながらせめてコスモスの仲間達と今更気づいた愛おしい者の存在を想い、最後まであがこうと決めた。





ティナが見つけた歪みに飛び込むと、先ほどいた森とは打って変わって壁や通路が整備された建物の中に降り立っていた。
何度か訪れたことがある高度な文明を感じさせるその場所は目的の人物である道化が根城にしているガレキの塔であるとすぐに分かると三人は奥へ奥へと足を進める。

「ティナちゃんのおかげで思ったよりも早く到達したな」

すぐに剣を構えられるようにしつつもジタンの声は明るかった。
不確かなこの世界は目的地への移動すら困難な場合があった。今回は敵襲もなければ、攫われた現場からすぐに目的の場所へと移動できたので体力を温存して進めたのは非常に大きい。
バッツを攫ったケフカはカオスの連中からも疎まれているので単独行動である可能性は高い。ただ、頭数では楽勝とは思えるかもしれないがケフカは攻撃の手が非常に読みづらい上に多彩な技を使うためバッツを救出しつつ戦うとなればできれば万全に越したことはない。
女性に甘い性格もあってジタンはティナを盛大に褒め称えると、その当人であるティナは少し照れつつ首を横に振った。

「ううん…高位な魔法ほど痕跡は残りやすいみたいだから…」
「そんな謙遜しなくていいって。オレやスコールはその辺りはからっきしだからさ。いてくれてよかったよ。ありがとう」

歯を見せて笑うジタンに、バッツの件をまだ引きずっていると思われるティナは役に立てたことが嬉しかったのか小さく笑った。

「ありがとう…ジタン」
「礼を言うのはこっちだよ、さっさとバッツを見つけようぜ。敵陣の中だから武器をきちんと持って…ってスコールさっさと一人で行くなよな!!」

ティナと話をしていた間に、いつの間にかスコールが二人の数メートル先を早足で歩いていた。
ティナと話をしていたため意識がそっちに逸れてしまい、スコールの方を気をつけていなかったとジタンは苦笑する。表情は変えないもののどうやらだいぶ焦っているらしい。自分達の方を振り向きもせずただ前だけ向いてあるいている。戦いに関して、特に年若いとはいえ傭兵として沈着冷静であるスコールが珍しいことだとジタンは肩をすくめた。先ほど焦るなと注意をしたばかりなのにこのままだとスコール一人で突っ走っていきそうだとジタンはティナにスコールの元へと駆け足をしようかと提案しようとしたところで突然目の前のスコールが走り出した。
何かを見つけたのだろうか?速い速度とはいえ歩いていたところをいきなり走り出したと言うことは目的であるバッツ、或いはそれを攫ったと思われるケフカあたりを見つけたのだろう。
突然走り出したスコールにティナがおろおろとした様子でスコールの背とジタンを何度も交互に見ている。追いかけなくてはと訴えているようであった。

「ジタン!!」
「ああ!!オレ達も急ごう!!」

そう言い放つとジタンとティナは自身の武器を手に持ち、スコールの後を追いかけたのだった。





「あらら〜水が一杯になったら意外に大人しくなっちゃいましたね〜…ツマラン!!」

既に水が一杯になっているビーカーの中で瞳を閉じて息を止めているバッツにケフカは不満げに呟いていた。
大方、バッツが水中でもがき苦しんで絶命していく様を見られると予想していたのだろう。腰に手を当てて唇を前に突き出して飛び跳ねながら延々と文句を並べていた。
しかし、その文句の矛先であるバッツは水中にいることでその内容はほとんど聞き取れていない。わぁわぁと喚いているのはわかるのだが自分の命をどれだけ保たせるかに意識を集中させていたために特に気にもしていなかった。今の問題はケフカではなくもう息が保ちそうにないということであった。

「(くそ…そろそろ限界だな…)」

なるべく酸素を消費しないようにとじっとしていたが限界が近くなってきている。長く水の中に潜ることには少々自信はあるがそれでも十分も潜っていられない。最後の悪あがきと決めてここまで頑張ってきたが"最期"という言葉がちらついた。
肺が、まるでしぼんでいくかのように苦しい。意識が少しずつではあるが朦朧としてきており体から力が抜け落ちていくような感覚さえする。
水を飲まないようにするためと体の中の酸素の消費を減らそうとじっとしていたが、苦しさに耐えられず咽せるとそこから決壊するかのように何度も咽せ、水泡が大量に発生し、身体が揺れた。

「お、ようやくギブアップですか〜?」

ようやくもがき始めたバッツにケフカは面白そうに目を細め、ビーカーに顔が着くか着かないかまで近づけた。

「結構がんばっちゃった方ですねぇ…そんな貴方にご褒美を…」

そう言いつつ、手の中に魔力を集中させようとした時にケフカは背中に突き刺さるような鋭い殺気を感じた。
振り返ると、コスモスの戦士の一人である黒衣の少年が自分に向かって剣を構えて飛びかかろうとしていた。とっさにバッツへと放とうとしていた火球をそちらへと放つと少年は構えていた剣でそれを受け止め弾いた。軌道を変えた火球は後方の何も入っていないビーカーに直撃し爆ぜた。

「あらあらあら…」

お楽しみのところにとんだ客人だとケフカはにんまりと笑う。爆風と爆音をバックに現れたのは3つの人影。
先ほどケフカに向かってきた少年スコールと、少し後ろに同じく武器を携えた小柄な少年ジタンと敵軍の紅一点の少女ティナが立っていた。

「あら〜子猫ちゃんにお猿さんに…なるほどなるほど」

ケフカは3人、特にティナに視線を向けると口が裂けそうなくらいにんまりと笑った。抵抗勢力が複数現れたのにケフカには焦りが見られない。値踏みをするかのように三人を眺めているケフカの後ろには水が満たされたビーカー。その中に水の中でゆらゆらと浮かんでいるバッツの姿が三人の目に入った。
微動だにせず水の中にいるバッツはいったいいつからその状態だったのだろう。先ほどの爆音にも気づかず、意識のなさそうな彼に早く救出しなければと三人はケフカに対峙した。

「バッツを返してもらう」

スコールはそう呟くとケフカに向かって剣を構えて再び突進した。それを踊るかのように後ろへと飛び跳ねながらケフカは避けると得意の魔法をけしかける。
スコールがいきなり飛び出すとは思わず、一歩出遅れたジタンは加勢しなければとやや遅れてスコールの元へと向かおうとしたが、その前にティナにバッツ救出に当たるように頼んだ。

「ティナちゃん、オレはスコールに加勢する!その間にバッツをビーカーから救出してやってくれ!魔法をあてて壊すことができるだろ?ケフカがこっちに気をとられている間に頼む!」
「ええ!」

頷くティナにジタンは任せたとばかりにウィンクを送ってよこすとスコールとケフカの元へと飛び込んでいった。
くるくると舞うようにケフカはスコールの攻撃を避け、時折スキップして逃げるような素振りを見せたと思ったら巨大な氷柱を発生させたり電撃を向けたりと予測をつけづらい動きをしてスコールを苛立たせていた。ただでさえ仲間の危機に不安定になっているところのこの動きであるので冷静さを欠いた戦い方をしているのは明らかであった。ジタンは内心ため息を吐きつつ、戦局変えねばとケフカの頭上めがけて武器を振り下ろした。

「おーっと!!ほほーっっ!!ぼくちんのがピンチ!?」

ジタンの攻撃を後ろへとくるくると回転しながらケフカが避ける。人を小馬鹿にした話し方とこの動き。第三者がみていても少々苛つかせていたが、対峙している者はもっとむかむかしたものがこみ上げてくる。
これがケフカの戦い方なのだろう。ジタンは自身の心をなんとか落ち着かせながら小声でスコールに話しかけた。

「いらいら焦るのはわかるけど、お前らしくないぞ…バッツはティナちゃんに任せたけどあいつをおっぱらって助けないとだろ?」

だから落ち着いて普段の戦い方をしろとジタンは諭すようにいうと、スコールは数回頭を振り、小さく「すまない」と詫びてきた。
ようやく本来の姿に戻り掛けたかとジタンは安堵しつつ笑い返すと二人で剣を構えた。

「ありゃりゃ、作戦会議しちゃってる?やっぱり二人同時はきついですね〜」

ケフカは指揮棒を振るかのように指先をゆらゆらと揺らすと、ニタニタ笑いながら後ろにくるりと回転して姿を消した。

「なんだぁ!?」

戦闘の途中にも関わらず突然消えてしまったケフカにジタンは驚き、声を上げるとガレキの塔内に甲高い声が響き渡った。

「ホワーホッホッホ!!ツマランお遊びだと思ってましたけど、最後はちょっーとは楽しめましたよー♪」
「あ、あのやろっ!!あっさり逃げやがったのかっ!?」

最後まで人を食った態度のケフカに仕留められなかった悔しさと軽くあしらわれたことへの怒りがこみ上げてきたとジタンは髪と尻尾の毛を逆立ててて悪態をついたが、それを今度はスコールが諌める。

「怒る気持ちは分かるが先にバッツだ!!行くぞ!!」
「あ、そうだ!!ティナちゃんに任せていたんだ!!」

今度は注意をされる側に回ってしまい、ジタンは頭を掻くと、スコールと共にバッツが捕らわれているビーカーへと急いだ。



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