おとぎ話のような恋のはじまり -1-

「あんたが好きだ」

スコールのたった一言で頭の中が真っ白になった。


クリスタルを見つけ、合流した仲間達と共にコスモスが待つ秩序の聖域に向かう旅路の途中の出来事であった。
夕餉を終えて就寝するまでのつかの間の休息時間に誰にも知られないように陣地から離れた場所に年下の少年に呼び出されたのはほんの少し前。彼の少々落ち着かない様子に何か相談事があるのだということは察することができた。気心が知れている…とまでは言わないがそれでも他の仲間達に比べれば共に過ごした時間が長いので彼がもし悩みを持っており、それを吐き出す相手に自分を選んだのであれば力になろう。
そう思っていたバッツだったが、彼が発した言葉は想像すらしていなかったものであった。
...スコールが自分に対して特別な好意を持っているなどと、微塵も思っていなかったのだ。

「……えーっと…おれもスコールのこと好きだよ?」

先ほどの言葉は愛の告白であることはいくら鈍感な部類であるバッツ自身も理解できる。
だが、それを自分に対して言っていることが理解できない。
一瞬スコールが自分をからかって嘘をついているのかと思ったが彼の性格を考えればそのような冗談や悪戯はしない男である。
本当に愛の告白であるのか…思わず解っていない風を装いつつ聞き返したのは彼からの告白はバッツにとってかなり衝撃的であり、信じられない出来事であったからである。
内心混乱しているのを誤魔化すかのように頭を掻きながら小首を傾げつつそう言ったバッツにスコールは小さくため息を吐くと首を横に振ってバッツを真っ直ぐ見つめた。

「あんたが今思っている"好き"ではない。友人とか、家族とか、仲間とか…そういう好きではないんだ…その…二人で寄り添いあったり、抱きしめあったり…そういう"好き"だ」

頬をうっすらと染め、熱い眼差しを向けてくるスコールから、ああ…やっぱり間違いじゃなかったと自身の頭の中でバッツはごちた。
真面目すぎるくらいのスコールが冗談なんていうはずなかった。
いつから自分に対してそんな想いを抱いていたのか。
そもそも整った外見をしていたら相手に困らないはずなのに何故自分を?
堅物と言えるくらいの性格だが根は優しく、そして真っ直ぐで…。
色々な思いが頭の中を交差し、バッツが固まっていると、返答に困っていると思ったスコールは小さくため息を吐いた。

「返事は急がない…ただ、どんな結果であっても…あんたの気持ちをきちんと聞きたい…」

勝手を言ってすまない。
最後に小さくそう漏らすとスコールは頭を下げ、背を向けて一足先に野営地へと戻っていた。
その背を見つめながら、バッツはへなへなとその場に座り込んだのだった。



そんな突然の告白から数日後、スコールは何事も無かったかのようにバッツに接してきている。他の仲間達に悟られないように、バッツを含む仲間達に気を遣われないようにしてのことだろう。その態度にあの時の告白は夢であったのではないかと錯覚しそうになるがこれは現実である。

「(返事は急がないと言われたものの…)」

スコールの性格上、余程待たせない限りは無理に答えを急がせるようなことはしてこないと思われる。誠実で心優しい彼のこと。気になってはいてもバッツが何も言わない限りは待ってくれるとは思うがあまり時間を掛けるのもよくない。
この旅は必ず別れが訪れる旅であるのに加え、いつ命が果てるかもわからないこの状況だからこそ早く返答しなければと思うのだが、実際バッツ自身がスコールをどのように思っているのかよく分かっていない。
仲間達の中では気心が知れた部類であり、彼を好きだとも思う。ただ、好意の種類が友人や仲間のそれなのか、それとも恋愛感情であるのか正直わからないのだ。
旅生活の人生で特定の相手と付き合ったことも、ましてや好意を持ったことも持たれたこともない。
ただ"好き"なだけはダメなのだろうかとバッツはぼんやりと空を眺めていると後ろから控えめに声を掛けられた。

「バッツ?」

呼ばれて後ろを振り返ると、カゴを手に持ったティナが立っていた。
彼女の姿からそういえば今は食料調達にきていたのだったと我に返り頭をぶんぶんと振る。沢山仲間達が居る中で一人で考え事をする時間は限られているとはいえ仕事中に考えることではなかったとバッツはこっそり反省すると、何事もなかったかのようにティナに笑いかけた。

「悪い、ちょっと考え事していてぼーっとしていた。どうだ?そっちは?」
「うん。みて…こんなに沢山」

ティナが差し出したカゴをよく見れば野いちごで山盛りになっていた。色鮮やかなそれは甘酸っぱい匂いを放っており瑞々しい。一生懸命探し、摘んでくれたのだろう彼女と成果に笑みを零した。

「お〜結構いっぱい見つけたな。そのまま食べてもいいけど、ジャムにしちまってもいいなぁ。この前オニオンとティーダが砂糖を大量に見つけてくれたし、拠点に戻ったら作ろうか」
「わぁ…ジャム、大好き」

そう言い、嬉しそうにふわりとティナは笑った。その笑顔はとても可愛らしく眩しい。
スコールもこういう可愛い女の子ではなく何故自分に告白してきたのかと思う。あれだけ顔立ちや体型が整っていて…性格は少々不器用であるが繊細で心優しい。まず異性に好意を抱かれやすい方であるとは思うのになぜ自分のような何も持っていない旅人でしかも男相手にと考えたところで心が痛んだ。
どうもスコールから気持ちをぶつけられてから調子を崩しがちだ。食料調達に来ておいてその仕事もせずぼんやりとして、ひとりで勝手に心をもやもやさせて... 。
急いではいるものの、今この場で考えることでもないだろうと心の中で頭を振ると、悩んでいるのを悟られないようにとティナに笑いかけて隠した。

「そっか。じゃあ戻ったらジャムづくりだな。手伝ってくれるか?」
「うん。もちろん」
「よーし、じゃあ戻るとするか。ジャムができたら作り置きのパンやビスケットを用意して紅茶と一緒におやつでも…!?」

そう言いかけた時に異変を感じ取った。
人の気配はない。殺気や自分達を狙う視線も感じられない。けれど自分達を…正確にはティナに対して向けられている何か…気がつけばティナの足下にうっすらと魔法陣が浮かび上がっていた。

「ティナ!?」
「え?…きゃあっ!!」

足下の魔法陣が発動する前に早くティナを遠ざけようとティナへと踏み込み、陣の外へと押し出したと同時に術が発動する。慌てて自分も抜け出そうとしたが既に術はバッツをとらえており、身体に蔓のようなものが巻き付き、身動きが取れないようにされてしまった。

「くそっ!!」
「バッツ!?」

突然の光景にティナは慌ててバッツを助け出そうとしたが、魔法陣がひときわ大きく輝き、光が収束すると共にバッツの姿も飲み込み、消えてしまった。残ったのはバッツが持っていた果実や木の実を入れるカゴだけで元々そこに居なかったかのように跡形もなく消え去ってしまっていた。
先ほどの様子からバッツが敵に攫われたのはあきらかで一刻も早く探し出さなければいけないとティナは慌てふためいた。

「み、みんなに知らせなきゃ…!!」

心臓が早鐘のごとく打っていたが今自分がすべきことを呟くとティナは仲間達の元へと走った。




「バッツがさらわれたぁ!?」

ティナからの知らせに大声を上げたのはジタンとティーダだった。
彼ら以外にもコスモスのメンバーは皆偵察や周辺の警備などから戻っており幸いバッツ以外の全員が揃っていた。慌てた様子でひとり戻ってきたティナと食料調達に同行したはずのバッツの姿が見あたらないことに異常事態を皆察し、訳を聞けば敵に攫われた。捕まるのは2度目だったため驚きとまたかという呆れが若干混じった二人の声にティナは捕まったのは自分のせいであると仲間達に頭を下げた。

「私をかばって捕まっちゃったみたいなの…ごめんなさい!!」

うっすらと涙を浮かべながら謝るティナは自分のせいでバッツが攫われてしまったと思い、相当こたえているようであった。その姿を見たオニオンナイトとクラウドが彼女を落ち着かせようと傍に寄る。

「いや、ティナは悪くない」
「そ、そうだよ!!悪いのはカオスの奴ら!!今はバッツを探すことだよ!!」

そう慰めつつ今するべき事を伝えると彼女は少し落ち着いたようでか細い声で「うん…」と答えると小さく頷いた。
二人が言ったように今は攫われてどのような目にあっているか…果たして無事かどうかもわからないバッツの捜索をどうするかである。
自分達に害を与える存在はカオス軍かイミテーションであるがティナの説明から高位の魔法を使っているようであったので間違いなくカオス軍の中にいる魔力の高い者達の誰かとなる。

「一体誰が…」
「危害を加えるのではなく捕獲目的…その対象をティナにする奴としたら…」
「ケフカかな…」

腕を組み、珍しく考えるティーダにフリオニールとセシルが犯人候補を推理する。ケフカの名前が挙がるとティナは何か気づくことがあったのかおずおずと手を挙げた。

「そ、そういえばバッツが攫われた時の魔法の魔力…今思えばケフカにとても似ていた…いいえ、ケフカ自身…」

混乱していて状況を把握し切れていなかったが、今思い返すと導き出された犯人に当てはまる点が多いことに気づく。
カオス軍の中で魔力が高く、それを戦術として扱うのは皇帝や時の魔女アルティミシアもだがティナ一人の捕獲目的だけで動くとは考えられなかった。
カオスのメンバーの中でも孤立しがちで自由気ままに自身の欲望に忠実に動くケフカの性格とティナの証言から向かうべき場所はケフカの根城であるガレキの搭であると予測し、誰を救出に向かわせるかの話になった。

「救出に向かうメンバーは敵に悟られないように、そしてバッツが負傷していた時のことを考えると二人、もしくは三人で向かうのがいいだろう。戦力バランスを考え...」
「…俺が行く」

光の戦士が救出メンバーを選出する前に、手を挙げたのはスコールだった。
普段寡黙で何よりも集団での行動を避けがちであると思っていた人物が申し出るとは思わず、光の戦士が目を丸くするとそれに続いてジタンも手を挙げた。

「オレも行くよ。オレ、スコールとバッツと普段三人で行動することが多いからスコールと一緒に戦うのは慣れてるし」

ジタンの意見に光の戦士は目を細めて二人を見た。スコールは元の世界では傭兵。ジタンも隠密行動に適したタイプの戦士であるので今回の救出作戦のメンバーに申し分ない。そしてなによりも普段からバッツと共にいることが多いからこそ救出に向かいたい気持ちが強いのは解っていたのでこの二人に任せようとしたところでおずおずとした様子で小さな手が挙がった。

「あの…私も行きたい。私のせいでバッツが…」

普段控えめなティナが自分もメンバーに入れて欲しいと申し出てきたのは意外だった。戦うことを恐れているようにさえも見える彼女がその恐れを振り切ったかのごとく手を挙げたのは自分を庇って攫われたバッツを助け出したい気持ちからだろう。
ただ、そんな彼女をナイト役であるオニオンナイトの少年が彼女が救出メンバーに加わることに少々難色を示した。

「ティナ!?そんなことないよ!!二人に任せて…」
「ううん。私もバッツを助けたいの」

オニオンナイトの意見にティナは小さく首を振ると「ありがとう」と礼を言い、光の戦士に自分も加わってもいいか許しを請うかのように真っ直ぐと見つめた。
普段大人しい彼女がここまで主張することはあまりない。武器を使用した接近戦はやや不得手ではあるものの魔法を操る能力はコスモス軍随一である。光の戦士が黙ってティナを見据えていると助け船を出すかのようにジタンが彼女の参加を許可してもらえないか頼み込んできた。

「オレとスコールだと火力が足りないし、バッツが怪我していた時に回復役がいた方がいいと思う。ティナちゃんが魔法で支援してくれたらありがたいんだけど」
「ふむ…」

ジタンの言うことはもっともであり、本人も向かうことを希望している。ティナを狙っているケフカの懐に彼女を送り込むのは少々心配ではあるが捕まったバッツの状況がわからない今、一刻も早く救出に向かうべきである。
彼ら三人は立派なコスモスの戦士である。戦力バランスを考えても申し分はないし希望をしているのならば・・・と光の戦士は了解したと頷いた。

「君たちに任せよう」

はっきりとそう言い放つとティナは小さく頭を下げ、ジタンはその肩を軽く叩いた。

「ティナちゃん、宜しく頼むよ」
「ジタン、ありがとう。スコールも…宜しくね」
「…これでメンバーは決まったな。準備ができ次第すぐに出発するからな」

少し離れたところでスコールはそう言うと、踵を返して歩いていった。どうやら準備とやらにむかったのだろうとジタンは苦笑する。

「一大事だけど…感情が見え見え過ぎてちょっと笑えるな」
「え?」

小さな呟きにティナはきょとんとしたがジタンは笑って首を振った。

「いや、なんでもないよ。それよりもオレ達も急ごう。スコールに置いてかれるかもしれないからな?」

ウィンクと共に言われた言葉にティナは小首を傾げたのだった。



「はぁ〜とんだハズレくじを引いてしまいましたねぇ…あの子を取り戻せるかと思っていたらやって来たのは小汚いネズミ…シンジラレナーイ!!」
「(くそー好き放題言いやがって。しかし…どうしようかな)」

コスモス陣営でバッツ救出隊が組まれている頃、バッツは口を猿ぐつわにされ、全身は縄で縛られた状態で巨大なビーカーの中に放り込まれていた。
ビーカーのガラス越しの目の前にはけばけばしい衣装と化粧の道化の男。
金属製の壁に時折噴き出す水蒸気、複数の巨大なビーカーが設置されている研究施設のような場所。
ケフカが根城にしているガレキの搭であることはすぐにわかった。
ケフカが絡んでいるとしたら先ほどの魔法はティナを捕まえようとして発動させたのだろう。もしティナが捕まっていたら彼女にどのようなことをするのか安易に想像できる。捕まったのが彼女ではなく自分でよかったと安堵したがそう余裕も言ってられない。
この男のこと。人形としてそばに置いておきたい少女ではなく要らない敵の男。気分一つですぐに亡き者にされる可能性は十分にある...そんな気を起こされる前になんとかこの場所から脱出しなければならないと考え巡らせた。

「つまらないですねーまったく」

スキップと共に文句を言うケフカ以外にカオスの仲間はいないようである。
悟られないように最低限瞳を動かして状況確認をする。巨大なビーカーは普段なら簡単に破壊して脱出することができるが能力を封じているのか武器を出すことができない。武器が駄目なら魔法はどうかと試しに魔力を手のひらに込めてみたが発動させることはできなかった

「(くそー体中ぐるぐる巻きにされている上に魔法が使えないようにまでしていやがる…どうすっかな〜)」

縄を解けないかちょっともがいてみたが緩ませることはできず、体力を消耗しただけであった。
仲間達が救出しにくるのを待つか…救出しにくるかは分からないが余程のことがないかぎりあのメンバーなら助けに来るだろう。
それまでにケフカが何か気まぐれを起こさなければ…刺激を与えさえしなければ時間を稼げるかもしれない。他のカオスのメンバーならすぐに始末に掛かるかもしれないが、ケフカが気まぐれで気分屋であることにこの時は少々感謝した。
しかし、そう思っていると上手くいかないのはセオリーである。
ケフカは何か楽しいことを思いついた子供のように無邪気で、そして容赦のなさそうな残忍な笑みをバッツに向けてきたのだ。

「…きーめたきめた」

猫なで声でバッツが中にいるビーカーをさすり出す。
大きく裂けた口でにんまりと浮かべる笑みに薄ら寒いものを感じながらバッツはケフカを挑発しないようじっとしていると、突然ビーカーの上部から水が入ってきた。

「(な!?ま、まさか…!!)」
「ネズミの水中息止めじっけーん」

どぼどぼとバケツをひっくり返したかのような水からの嫌な予感は的中した。
どうやらビーカーに水を注ぎ、じわじわと上がっていく水位にもがき苦しむ自身を見て楽しもうと寸法である。
苦しみ、少しずつ近づく死への恐怖味わいながら絶望の末の絶命する姿を見ようとするとは…残虐性と悪趣味の極みである。

「さてさーてどれくらいもちますかねぇ…」

ビーカー越しにほとんど身動きが取れず、芋虫のようにもがくしかできないバッツにケフカはますます笑みを浮かべたのだった。


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