泡沫の結晶 -1-

※注意
本作品はDFF バッツ(ノーマル)×<バッツ>(アナザー)のお話です。
作品内は設定のねつ造、死ネタと受け取れる描写があります。
以上ご了承の上、ご覧ください。





「ここ…どこだろ?」

気がつけば知らない場所にたった一人だけだった。


バッツ・クラウザーがコスモスの戦士として召喚されたのは今から数時間前のことである。
彼自身を含む十人の戦士達と共に調和を司る女神コスモスからこの不可不思議な世界に召喚され、対立する混沌の男神カオスとその軍勢と戦い、世界を救う鍵となるクリスタルを探すよう命じられたのだ。
美しい女神と異世界からきた戦士達、見たこともない真っ白な世界に最初は夢でも見ているのではないかと思ったほどであった。
何故自分達が選ばれ、召喚されたのか。敵対する混沌の神カオスとその軍勢、意志を持たぬ傀儡の戦士イミテーション、クリスタルとはどのようなものなのか。
最初は夢を見ているのだと思い、せっかく面白い夢を見ているのだからと湧き上がった疑問を聞こうとした直後に、カオスの軍勢が攻めてきたためこれは夢ではなく現実であることをすぐに理解した。構えた剣の重み、戦いの最中に負った傷、身体の疲労感は夢ではないのだと確信するには十分だった。
そんな状況下で話など当然聞くことはできず、その上戦っているうちにこれから互いに協力し合わなければいけない仲間達とは散り散りになってしまった。
世界を救うためにクリスタルを探し出す。ただそれだけの目的しか聞かされていない。
コスモスと散り散りになった他の仲間達は全員無事か?カオス軍にイミテーション、そしてクリスタル。
知りたいことは山程あるので一度秩序の聖域に戻った方がいいと判断したのだが戦っている最中に聖域とは異なる世界へと飛んでしまったようで今自分がどの辺りにいるのかすらわからない。
この世界は断片化された複数の世界が繋がっているためここが何処なのか、どの方向へ向かえば秩序の聖域に戻ることができるのか、戻るまでどのくらいの期間を要するのか全くわからない状態だった。

「(まぁ…進んでいけばそのうち秩序の聖域がある世界にたどり着くかもしれないから…気楽にいくしかないよな…)」

元々旅人であったバッツは見知らぬ土地を歩くことには人と比べてあまり抵抗がない。
元の世界では地図とコンパスなどを頼りにあちこち回っていたので一人での旅はお手の物である。お手の物であるのだがこの世界に召喚された時は必要最低限の物しか身につけていなかった上に方向を知る機器も無ければ地図もない。もっとも、複数の世界で繋がれたこの世界ではそんなものは無意味なのかもしれないが。
ないないづくしに途方に暮れそうになったがこれだけ清々しいともういっそのことここは自分の勘で進んでいくしかあるまいと開き直った。
その考えにバッツは我ながらいい加減だと自身を評した。どうやら何もわからない状態だからこそいつも以上に思い切りがよくなっているようである。進めば必ず何かしら情報を得られるかもしれないし、運が良ければ現段階での目的地である聖域へ到達することができるかもしれない。
すぐに決着がつく戦いでも、事態を急ぐものでもなさそうなら気楽にこの不思議な世界の旅を楽しもう。
バッツは改めてそう決めてしまうと、大きく伸びをし、首のこりを解すように二、三度回しながら暢気に歩き進んでいく。
たまたま歩いているこの世界は緑が溢れる森林の中で、気候も穏やかだ。流れる風は心地よく、深呼吸をすると新鮮な空気が肺に満ちていくのを感じた。
敵襲の気配も感じないし、安全且つ休憩に適している場所に出たら一休みといこうとブラブラ気楽に歩いていると不意に何か気配のようなものを感じた。
カオスの軍勢か…それともコスモスが言っていたイミテーションか…正体はわからないが長年の旅生活で培われた勘が警鐘を鳴らしている。

「(そう簡単に旅を続けられるってわけでもないか…)」

気楽な旅の開始早々の中断にバッツは内心ため息を吐きながらも、敵襲があればすぐに武器を取り出せるようにと油断している風を装って利き腕に力を込めておく。
異変の正体を探るべく耳を澄ませ、何か変わった音や敵の声などが聞こえてこないか確かめたが風が草木を揺らす音しか聞こえてこない。
敵が潜んでいると仮定し今度は視線を気付かれない程度に動かして様子を探ると進行方向から少し外れた森の中から鈍い光が僅かに漏れているのを発見した。

「…なんだ?」

首を傾げ、足音を立てないようにその光の発生元へと向かうと近付くにつれて光は徐々に弱まっていき、やがて消えてしまった。
仕方が無いので発生元の方向へ目を凝らすと少し開けた場所があり、そこに人が一人、木にもたれかかって座り込んでいた。
一瞬敵かと思い身構えたバッツだったがどうも様子がおかしかった。
木にもたれている不審者は顔を伏せ、手足を投げ出して力なく座り込んでいる。カオス軍であれば自分達の陣地以外で、ましてやこんな見晴らしのいい場所で自分の姿を無防備に曝け出すことはまずしない。
この世界に来てから生きている人間に出会ったのはコスモスの仲間達とカオス陣営ぐらいだが、もしかしたらあそこにいる人物は自分が知らないコスモスの仲間で怪我人かもしれない。
罠かもしれない可能性も考えはしたがそれ以上に容体がわからない怪我人を放ってはおけないとバッツはすぐさまその人物の傍へと駆け寄った。

「おい、大丈夫か?」

木にもたれている人物のすぐ傍へと屈み、肩に手を置いて軽く揺すってやったが意識を浮上させるどころか微動だにせず、顔を伏せたままであった。意識を回復させないその人物は見たところ外傷はなく、投げ出された手足や体つきは細身ではあるがしっかりと筋肉がついており、健康そうである。ただ眠っているだけだといいがとバッツはその人物の顔を覗き込んだところで硬直した。

「…おれ…!?」

覗き込んだ人物の顔は自分と瓜二つであることに心臓が止まりそうになった。
兄弟や親子の似ているというレベルではない。顔の輪郭、目や鼻などのパーツの大きさや配置も鏡を見ているかのようにまったく同じだったのだ。服装や髪の色など若干異なるところはあるものの、自分とまったく同じ顔の人間が目の前に存在することに驚きよりもうすら寒いものを感じた。
バッツは相手を起こさないようにそっと半歩身を引き、人物の全体を観察した。
顔はバッツと同じではあるものの、髪の色は茶ではなく銀に近い白色であった。服装や装備品も同じではあるが模様や色が若干異なる。全体的に青色の服装をしているバッツに対してこちらは黒や赤など強い色を使っている。

「(なんでおれそっくりの人間が?いやいや…髪の色や服がちょーっと違うけどさ、ほぼおれじゃん!やっぱりカスの罠か?けどあいつらも馬鹿じゃないからこんなあからさまなことしなさそうだし…いや、それもだけどこいつをどうするかだよな?敵に関係ない奴ならこのまま放っておくわけにはいかないし、一体どうしたら…)」

困惑し、自分そっくりの人間をどうしようかと頭を抱えそうになったその瞬間、すぐ傍に爆発音がし、思考が一気にそちらに切り替わった。
バッツはすぐさま立ちあがり、身構えると目の前に一体の、水晶でできたような自分によく似た人形が立っていた。
イミテーション。
カオス軍の刺客であり、心を持たない人形兵器。
なんて時に現れるとバッツは内心舌打ちをすると、此方へ一直線で走ってくるイミテーションを迎え撃つために剣を出現させて構え、横目で未だに起き上がろうとしない自分そっくりの男を見遣った。
このままイミテーションを迎え撃てばこの男は戦いのとばっちりを食らうかもしれない。それならこちらから向かって行き、なるべくここから離れなければ。そう判断すると、バッツは自分の姿を模ったイミテーションに向かって走り出した。手に持っているのは同じコスモスの仲間である光の戦士の物だ。コスモスの仲間はそれぞれ自分が得意としている戦い方があるのだが、その仲間の技を真似て戦う自分は得意としている戦い方はないものの、弱点と呼べるものはほとんどなかった。

「ウォーリアの技は攻撃と守りのバランスがいいからな!覚悟しやがれ!」

出会ってほんの僅かな間しか彼の戦い方を見ていないが、たった一体のイミテーション相手ならなんとかなるだろう。
バッツは光の戦士の盾をイミテーションに向かって投げつける。投げた盾はそのままイミテーションに当たり、動きが鈍くなったところで一気に間合いを詰めて剣を振り下ろす。イミテーションの体に剣が食い込んだ感触に少々嫌なものを感じたが構わずに下ろすと肉体がまるで結晶のように砕け始めた。
勝負は一瞬で決着がついたのだと悟った。
イミテーションが断末魔の叫び声を上げると、薄い霧のようなものが水晶の体を覆い、やがてその場に存在していなかったかのように跡形もなく消失してしまった。
それほど強くないイミテーション一体だけでよかったとバッツはほっと息を吐くと木にもたれ掛かっている自分と瓜二つの人物へと視線を移した。戦闘時間が短かったとはいえ、人が争っている気配があれば起きるものではあるがその人物は何事もなかったかのように瞳を閉じて眠ったままだった。
騒音にまったく動じないとは大したものだとバッツは感心と呆れが混じったようなため息を吐き、念のため無事を確認しておくかとその人物の元へと戻った。

「おい、大丈夫か?まぁ怪我はなさそうだけど…!?」

起きていないとわかってはいるが何となく声を掛けると、今まで全く起きる気配がなかったその人物が身をよじり、ゆっくりと瞳を開いてバッツの方へと視線を合わせてきた。

「…だれ?」

眠っていたためか掠れた、虫の羽音のような小さな声で目の前の相手はバッツが何者なのかを尋ねてきた。

「…おれは通りすがりの旅人だよ。たまたまお前を見つけたんだ…」
「たび、びと?」

まるで小さな子供のような話し方をする男にバッツは目を丸くした。
起きがけとはいえ、どうも様子がおかしい。ぼんやりとした表情と子供のような口調。身体は成熟しているはずなのにまるで何も知らない幼子のような様子を見せている。今まで出会ったカオスの軍勢やイミテーションとは直感ではあるが違う存在であると感じた。彼もまた自分と同じコスモスに召喚された仲間なのだろうか?
少し首を傾げ気味の目の前の男をバッツは黙ったままじっと見つめた。男は見つめられたことに動じていないのか瞳を逸らすことなくそのまま見つめ返してきた。瞳からその男の感情などは全く読み取れなかったが少なくとも自分に対して敵意などはなさそうだということは感じ取れた。

「(こいつが何者なのかは見当がつかないな…けど、もしカオス軍のやつらならこんな無防備でもないだろうし、れがどんぱちやらかしてる時に寝てるなんてこともしないだろう。連中の仲間にしてはよわっちそうだし…とりあえず悪い奴ではないということにしておくか)」

他のコスモスの戦士であれば正体不明の男に対して警戒心を持ちそうではあるが、今は自分一人だけである。判断できる材料がない今は自身の直感を信じることにした。それに、もし自分達の仲間だとしたらこのまま放っておけばカオスの軍勢に見つかり、やられてしまうかもしれない。それなら共に行動しつつ何かあった時はその時に判断しよう。そう決めると今だに呆けた表情をして自分を見ている男に声を掛けた。

「おい、このままここに留まるのは危ないからおれと一緒に安全なところまで行こう。っと、その前に聞きたいんだけどなんでここにいるんだ?」

移動の前に取りあえず素性を教えてもらえるか試してみようとバッツは目の前の男に聞いてみたが、男は小さく首を傾げた後、暫く何かを考え込むかのように目を伏せたが、やがてゆっくりと首を横に振った。わからないということだろうか?態と隠している様子には見えなかったので多分ではあるが。もしかして記憶喪失であるのならこの男のどこかぼんやりとした様子とわからないといった態度も納得できる。

「そっか…わからないのか。じゃあお前の名前はなんだ?名前くらいならわかるだろ?」
「…な、まえ?」
「そうだ。…おいおいまさか本当にまるまる全部記憶喪失とかじゃないよな?」

自分と同じ顔の男の顔をのぞき込むと彼は表情を変えずにまた小首を傾げた。表情の変わらない自分の顔を見つめるなんてそうそうできることではないなと思いながら彼の答えを待つと、彼は小さな声で名前を発した。

「…ば、っつ」

無表情だったが、なんとなく自信なさげに答えられる。見た目が同じなのでもしやと思っていたがまさか名前まで同じだとは…とバッツは苦笑し、<バッツ>の頭を少々乱暴に撫でた。

「おれもバッツって名前なんだ。そっかおれ達同じ名前同士だな。じゃあお前のこと<バッツ>って呼ぶよ。あ、でも普段自分の名前を連呼するのはなんかおかしいしちょっと恥ずかしいからおい、とかお前とか呼んじゃうかもしれないけど、勘弁な?」

<バッツ>は暫し沈黙すると了承したとばかりにこくりと頷いた。時間が掛かっているようだがバッツが言ったことをちゃんと理解はできるらしい。バッツは<バッツ>に笑いかけると手を差し伸べて<バッツ>を立ち上がらせた。

「(さて、ひとまずは安全な場所へ…だけど、今後どうするかも考えなきゃな。コスモスに見てもらったら何かわかるかもしれないけど、ここから秩序の聖域までどれくらいかかるのかわからないからなぁ。こんな状態のこいつを連れてだとおれひとりよりも日数がかかっちまうな)」

戦士同士の二人旅ならともかくとして、自身の身を守ることすらおぼつかなさそうな<バッツ>を守りながら進むとなるとなるべく目立たないように移動しなければならないため進行も自分一人より遅いだろう。これは仕方がないかとバッツは頭を掻いていると<バッツ>がその様子をじっと眺めていた。
表情は乏しいが、瞳からなんとなく不安そうであるように感じた。自分の名前以外わからない上にいきなり現れた自分によく似た見知らぬ者の存在…不安に思うことは沢山あるのだろう。

「…大丈夫、おれはおまえの味方だと思うよ。ひとりでほっぽったりしないから、安心しろな?」

黙ったままの<バッツ>にバッツは少しでも安心してもらえるように頭を撫でてやりながら答える。最初は頭に触れられた事に一瞬目を見開き、驚きを表した<バッツ>だったが、安心感を与えてもらっていると感じたのか目を閉じてそれを大人しく受けとめはじめた。
不安に思う誰かをこうして安心させてやるのはいつぶりだろうか?とバッツは目を細める。この世界にやって来てからの記憶は鮮明であるが自分が今まで生きてきた記憶は曖昧なものとなっているので思い出せなかった。記憶が曖昧な自身と記憶が抜け落ちた自分によく似た青年。そう思うとなんとなくではあるがこの青年を放っておけない気持ちが増した。

「…あんまり長いこととどまるのはよくないから進むとするか?歩けるよな?」

頭を撫でられたままの<バッツ>は閉じていた瞳を開くと、バッツの問いに小さく頷いた。それにバッツは「よし」と頷くと、彼の手を引いて歩き出した。目指すは秩序の聖域。そこを目指せば何かが開けるかとこの時バッツはそう信じていた。



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