Blaue RosenU -7-

「こんにちは」

ユウナはバッツと目が合うと、口元に綺麗な孤を描いて微笑みかけてきた。
見かけからすると間違いなくまだ成人していない、10代の少女ではあるが巫女であるためか見かけ以上に言動は落ち着いており、大人びている。
祭りの大舞台での舞を舞うことを許されている巫女であることを自覚しているのだろうと振る舞いから見て取れた。

「ユウナと申します。先日は助けていただいたそうで、ありがとうございました」

礼と共にゆっくりと頭を下げると肩まで伸ばした髪がさらりと流れ日の光に反射して艶やかな光を放った。
先日舞を舞っている時にも思ったのだが、目の前にいる少女は外見は普通の少女ではあるがどこか神々しいような、気軽に話しかけてはいけないような存在に何故か思えてしまう。旅生活を送っているが故に人と接するのが得意であると思ってはいたのだがまさか少女の域を出ていない、女の子にそう思うとは思わなかったとバッツは自身に苦笑する。ゆっくりと顔を上げたユウナと再び目が合うと今度こそとばかりに自己紹介をした。

「おれはバッツ。そんなに畏まらなくてもいいよ。おれまで緊張しちまうよ」

だから楽にしてくれよとバッツが困ったように眉を八の時にして笑うとユウナはきょとんとした表情をした後に手で口元を小さく隠し、くすりと微笑んだ。先程の様子とは違い今度は年相応の笑顔だった。お互いの間にあった緊張が解れた瞬間だった。

「ごめんなさい。緊張させてしまって。そんなつもりはなかったのですが・・・」
「や、おれの方もごめんな。堅苦しく話すのは苦手なんだ・・・それよりもよくおれが此処にいるってわかったな」
「ここの寺院で働いている方から教えていただいたんです。こちらで助けていただいた方のお一人が働いていると」
「へぇ・・・」

ユウナ背後から少し離れた大工連中がこちらの様子を窺っていた。ニヤニヤとこちらのやり取りを見ている者、屈強な体躯に似合わず頬を染めてユウナを見つめている者・・・様々であった。

「(こいつらがか)」

話し好きが故に興味本位で噂を流したのか、それとも街の有名人であるユウナのため近しい者から話をしたのかはわからないがどうやら彼らの噂が寺院の僧侶か巫女、中で働いている者を経由してユウナの耳に入ったのは明白であった。おしゃべりでお節介な奴らばかりだなとバッツが内心苦笑した。

「それで直接お礼が言いたくて・・・今わたしがここにいるのは貴方のおかげです。本当にありがとうございました。」
「あーそんなに何度も頭を下げなくてもいいって。助かったのなら何よりだ」

別にいいと手を振るとユウナは少々困った顔で笑うと、「もうひとつ・・・」とバッツに問いかけてきた。

「あの・・・もう一人の方は?助けてくださった方はお二人とお聞きしたのですが」

スコールの事だ。そこまで知っているのかとバッツは対応に困った。わざわざ礼を言いにくるほどなのでまず間違いなくスコールにも礼をしたいと言ってくるだろう。彼女がそうしたくても相手であるスコールは正体がばれるのを恐れなるべく人に会いたがらない。ここでユウナが直接礼を言いにくる事態は避けておいた方がいいだろう。それに加えてユウナは巫女である。聖職者は凡人とは違い特殊な能力を持っている者も中にはいると聞いたことがある。ユウナが巫女としてどれほどの能力があるかは知らないがスコールのような魔の物を見破ってしまう能力がもしあるとしたらと思うと簡単に合わせる約束はしない方がいい。

「あいつはおれと別行動なんだ。だからごめん。ここにはいない」
「そうなんですか・・・是非お礼がしたいのですが」

やっぱりな。とバッツは内心頭を掻いた。ユウナの気持ちはよくわかるが無用なトラブルをここは避けたいので彼女には申し訳ないが何とか諦めてもらわなければいけない。

「お礼なんていいよ。あいつは人と接するのが苦手な奴でさ。ユウナが元気でいてくれたらあいつはそれだけでいいと思うし・・・」

だからその気持ちだけで十分だとバッツはユウナに伝えたが、真面目できっちりとしているからか「それではいけません」と食い下がってきた。

「どうしても駄目でしょうか?・・・できることは限られてはいますが何か」
「けどなぁ・・・」

簡単に引き下がりそうにもないユウナにどうしたものかとバッツは腕を組んだ。スコールに会わせずに尚かつユウナに礼をしてもらえるには。

「・・・あ、そうだ」
「何かありますか?」

何かを思いついたらしいバッツの素振りにユウナの表情が明るくなる。

「ああ!おれの仕事が終わったらちょっと案内してほしいところがあるんだけど、いいかな?」

穏やかな笑顔で問うてくるバッツにユウナは小首を傾げたのだった。



バッツが出かけた後、スコールは窓際に椅子を置き、昨日と同じくスケッチをしようとしていたところで突然窓が開いた。
昨晩いきなりやってきたティーダが転がり込むように室内に入ってきたのだ。夜とは違い、昼間は人通りが多い上に明るいので見られないようにと急いでいたのだろう。着地に失敗しごろごろと床に転がった後服についた埃を払って立ち上がった。

「よーッス!」

昨晩のことがリセットされたかのような元気の良さで挨拶をしてくるティーダにスコールは溜息を吐き、開きかけていたスケッチブックを閉じた。

「またアンタか」
「また来るって言ったッス」

確かにティーダは昨夜の去り際にそう言ったが早すぎないかとスコールは眉間に皺を寄せた。そんなスコールにお構いなしにティーダは部屋をきょろきょろと見渡し首を傾げた。

「バッツは仕事ッスか?」
「昼間路銀稼ぎに勤しんでいる」
「ああ〜そういえば昨日寺院で働いていたッスね!・・・で、スコールは?何をしてるッスか?」
「・・・別に」

風景をスケッチしようとしていたところだが、よく喋り騒がしそうなティーダに話したら色々とやっかいそうなのでスコールは黙っておくことにした。
素っ気ないスコールの態度にティーダは特に気にもせず「ふ〜ん」とだけ答えると、スコールの顔から足の先へと視線を動かす。品定めをされているようなその瞳が気に入らずスコールが眉間に皺を寄せたのだがティーダはお構いなしにじろじろと見るとにっと歯を見せて笑った。輝くような笑顔だったが嫌な予感しかしなかった。

「じゃ、暇なんすね!」
「は?」
「せっかくいい天気なんだから外に出たらどうッスか?ここの街、とっても綺麗だし活気あるから歩いているだけでも楽しいッスよ!一緒にいこう!」

決まりとばかりにティーダは両手を叩くと、スコールの腕を掴み、部屋のドアへと歩いていく。気乗りがしないというよりも外に出ることを避けているスコールはティーダの突然の提案に戸惑い、足を踏ん張って抵抗をしたのだがティーダはどうやら力が強いらしくスコールはずるずると引きずられる形で部屋の前まで移動させられた。

「俺は外には・・・」
「さぁさぁ!遠慮はなしなし!この街は食べ物が美味いから食べ歩きに付き合うッスよ!」
「おい・・・!!」

遠慮なんかしていないし行かないと言おうとしたスコールの言葉を遮り、ティーダは扉を開けると今度はスコールの後ろに回って力一杯背を押して走り出した。体が前に転倒することを避けるためかその勢いに押されてスコールも前へと無理矢理走り出してしまう。
静かだった宿屋に二人分の騒がしい足音が響き、宿屋の主人らしき男が困った顔で「静かにしてください」と注意をしてきたがティーダが「すんません!」と反省の色が見えていない明るい声で謝罪をすると勢いを落とすことなく外へと飛び出したのだった。



明るい太陽に見守られた街はとても活気づいており、人々の表情や声はとても明るい。日々を豊かに過ごしている証拠であった。その人々に負けないくらいの笑顔のティーダと、それとは対照的にスコールは視線を地に落として歩いていた。
ティーダに腕を引っ張られた時、抵抗しようと一瞬思ったのだがどれほどの力の持ち主かわからない相手に本気で抵抗すればどうなるかわかったものではなかったので勢いに押されるがままに外に出てきてしまった。今までの旅は素顔を、特に牙が生えた口元を見られないように外套やスカーフなどを巻いて歩いていたのだが、そのような装備品を持たずに出てきてしまった。服の襟を立てて見えづらくはしているものの正面はどうしても隠れない。人が多い市場で自分はどのように見られているのかスコールは終始不安だった。

「うーん!この街の屋台のレベルは高いッスね!このチキンの足!皮はぱりぱりだけど中はスゲー柔らかいし、肉汁が口の中にじゅわーっと広がるッス!」
「・・・」

黙りこくるスコールにお構いなしにティーダは屋台で買った朝食のチキンレッグを口いっぱいに頬張り笑顔である。よほど人間社会にとけ込んだ生活をしてるのだろう。ティーダは魔の物ではあるが元は人間であるスコールの目から見ても人間らしく普通の人間であれば彼の正体を見破るのは困難だと思えるくらいだった。その姿を見て、元々は人である自分の今の状況を思うと心に暗い影が落ち込みますますスコールは首を落とした。
そんなスコールの様子にチキンを食べ終えて落ち着いたティーダが困ったような笑顔を見せると、「ちょっとまってるっす」といいすぐ近くの飲み物を販売している屋台へと足を向けた。

「おやっさん!シーソルトソーダとミネラルウォーター一本ずつ!」

元気のいい声と笑顔で注文し、主人からボトルを受け取ると駆け足でスコールの元へと戻ってきてミネラルウォーターのボトルをスコールに差し出した。

「ほい」
「・・・」
「ほら、スコールは水がいいんだろ?ここじゃ少し落ち着かないから少し行ったところに休憩しやすい場所があるからそこで飲むッスよ」

ティーダは屈託のない笑顔でスコールにミネラルウォーターのボトルを押しつけ、小走りで前を走り、振り向いて手招きをしてきた。ついてこいと言うことなのだろう。朝からどうもこの少年に振り回されっぱなしであることは腑に落ちないが慣れない人混みに神経をすり減らして疲れていたのでスコールは大人しくティーダに従うことした。


ティーダについていくと市場からそれほど離れていない少し開けた場所にたどり着いた。そこには少し大きめの木が一本と古びた木のベンチがあったが人は誰もいないので使わせてもらうことにした。スコールがベンチに腰掛け、ティーダは木にもたれ掛かってごくごくと喉を鳴らしながらソーダ水を流しこむ。春先の日の光は暖かく、気持ちいい。スコールはミネラルウォーターのボトルを両手で転がしながらティーダに話しかけた。

「・・・よく知っていたな」
「何がッスか?」

ソーダ水から口を離し、きょとんとした表情のティーダにスコールは自分の手に持っていたボトルに視線を落とした。

「水・・・」
「ああ。育ての親が人外の者相手に仕事をしていたんス。色んな種族のことを教えてくれたんだ。生き方も。スコールの種族は味覚が・・・って」
「・・・親はいないのか?」
「うん。二人とも子供の時に・・・10年前かな」

人の気配はないが念のためか魔の物を連想させる単語を避けつつティーダは話した。年若く無邪気ともとらえられる彼の言動からは少し想像できない過去だった。夢魔の寿命は人の倍ほどで通常の人外の者に比べて寿命がかなり短いがそれでも十年前はまだ子供であったのならティーダはかなり若い部類に入る。育ての親とやらが一人でも生きていけるように彼を育てたのだろう。そうでなければ人の社会に疎くなりがちな人外の者が街にとけ込み、日々を過ごすのは難しい。昨晩彼が出していた財布の金の量からも自分で食い扶持を稼ぐぐらいの頭と力はあるのだろう。ティーダは自分自身を半人前と評していたが自身が思っているよりも年の割にはしっかりしているの方なのかもしれない。しかし、その彼が何故危険とわかっていながら一人の少女を救おうとしているのだろうか。スコールは視線を落としたまま考えていると、何か勘違いをしたティーダがスコールの肩に手を置き、話しかけてきた。

「スコール、そんなに怯えることないッスよ?オレもスコールも一見すると、ね?」

スコールが俯いたまま何もしゃべらないのを人に人外の者であることをばれるのをおそれているのだと思ったらしい。ティーダは笑うと最後の一口のソーダ水を一気に流し込み、塗れた口元を拭った。

「街の人がたまーにスコールを見るのはユウナを助けた一人で今有名だし、何より美形だからッスよ。大丈夫ッス。それに・・・」

言いかけたところでティーダはさっとあたりを見渡し、誰もいないかと気配を探るとスコールにしか聞こえない小さな声で話した。

「スコール・・・元は人なんッスよね?」

ティーダのその一言にスコールは瞳を丸くし「なぜわかった」と問うとティーダは頭を掻き、小声で話し始めた。

「やっぱそうッスか。きゅう・・・じゃなかった。スコールの"種族"自体はかなり少ないけどその大部分が元人間だって聞いたことがあるッス。望まない変化を遂げた人も多いって・・・」
「・・・知っていたのか」
「ああ。だから、その、出たがらないのかなって思ったんだ。余計なお世話かもしれないけど」

聞かれたくなかったことを聞いてしまったのだったら申し訳ないとティーダは小さく謝ると空になったソーダ水の瓶を指先でくるくるとまわしながら話を続けた。

「けどさ、勿体ないだろ?せっかくいい街に来て何であれ出会えたのに。・・・オレもスコールも、ここにいる人たちと変わらないっすよ。ちょーっと体の構造とかが違うだけでさ」

だから不安に思うことはないんだと言うティーダにスコールは片手で顔を覆い、頭を振った。

「・・・違わなくないだろう・・・」
「え?」
「俺は、俺達は・・・人からしたら化け物だ」

この青年は自分とは違い、人の暮らしに簡単に溶け込めているからそう言えるのだ。自分と人は変わらない・・・と。物事はそんなに単純ではない。自分達がそう思っていても、人からすれば自分達はどう見えるか。一見人には見えるが正体が知られた時にどんな反応をされるのか考えたことはないのだろうか。人からすれば自分もティーダも人を脅かす化け物に変わりはない。

「(バッツのような人間の方が稀で・・・本来は・・・)」

スコールは溜息を吐くと、少し困惑気味の表情のティーダの顔を真っ直ぐ見つめた。

「・・・あんたは何故ユウナという女性を助けたい?」
「え?」

射抜くような視線で見つめられながらのいきなりの問いにティーダは目を丸くする。

「どうしたッスか?そんないきなり」
「さっきも言った通り、人外の者は人から恐れられる存在だ。殆どの人外の者はトラブルを避けるため人と接触をしない。夢魔エボンジュを相手にしてまで何故助けたいと思う?」
「うーん・・・」

スコールの問いかけにティーダは「弱ったなぁ」と呟きながら腕を組んで空を仰いだ。どう返答したものか悩んでいるかのようだったが二、三度頭を上下に動かすとスコールの方へと視線を戻した。

「まぁいいか。話をしても」

話すことにしたらしいティーダは手に持っていたソーダ水の瓶をゴミ箱に投げ入れると、少し歩いて正面を指さした。
指を指している方向には建物が建っているが、それを越えると緑色の広大な土地が広がっている。

「オレの指差してる方向。この季節だと分からないけど夏になれば一面の向日葵畑になるんス。夏になったらあそこら一面は黄金色のカーペットのように見えてすごく綺麗なんだ」

そう説明するティーダの表情は後ろに控えているスコールには見えなかったが、声色が明るく快活な彼とは思えないほど穏やかで静かであった。まるで遠い日の思い出を大切にしまっていた宝箱から取り出すかのように思え、遠い故郷の思い出を持つ自身と一瞬重なったかのようにスコールは感じた。

「10年前のあの場所で、オレはユウナと会ったんス」

前を向き、思い出の地へと視線を向けたままのティーダはここではなく、遠い過去の世界へと降り立っているかのようだった。


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