上空からのNew Year

轟々と飛行機のエンジンが唸る音が響いている。
ゆったりとしてそれでいてふかふかとした皮張りの高級シートに座り、ブランケット代わりに上着を膝に掛けながらスコールはすぐそばの小さな小窓から外を見た。
まだ薄暗いものの空が漆黒の闇から乳白色を帯びた灰色に変化しつつある。そろそろ夜明けが近い。冬の空は四季の中で冷水のような冷たさを感じるものの透き通っており、澄んだ水晶のようにさえも感じて眺めていて気持ちがよかった。この風景は何者にも返られない。そう思うからこそ、隣にいる空の旅の仲間とこの思いを共有したかったのだが・・・

「もうすぐ日の出の時間だ・・・ほら」
「・・・高い・・・」

隣に座っている旅の仲間は高所恐怖症であるため、スコールは溜息を吐き、片手で顔を覆ったのだった。


一月前、スコールはバッツから新年を共に過ごさないかと誘われた。
年末年始は実家に帰省することを知っているはずなのに彼がスコールにそのような誘いを持ちかけてくるのは珍しかった。
家族と過ごす時間を大事にしろと普段から口うるさく言ってくる彼が何故新年の誘いをしてきたのかを聞き返すと、彼は一枚の書類をスコールに突きつけてきた。
書類は懸賞の当選のお知らせ。
中身はよく確認しなかったが懸賞に当たることなんてそんなにあるものではないのでスコールは素直に「すごいな」と彼の強運を褒めたのだが、肝心のラッキーボーイであるバッツはふるふると首を振り、書類をよく見ろとスコールの目の前にさらに突きつけた。よく読めるように書類を受け取り、スコールが懸賞の内容を読むと彼が首を振った訳を瞬時に理解した。

懸賞品は「新年初日の出フライトペア一組」と書かれていたからだった。

バッツは高所恐怖症であることはスコールは勿論、彼の友人知人誰しもが知っているほどである。
旅行好きで乗り物好きなバッツだが彼がもっぱら移動に利用をするのは船と電車、バスで飛行機はほとんど利用しないと聞いている。
だが移動先によっては飛行機を利用しないと不便なところもあるため、その際は嫌々ながらも使っているようだった。ただし、高いところを意識したくないために夜の便を利用し、前日は徹夜をして飛行機が飛んでいる間はアイマスクをして眠っている間に到着をするという作戦を立てて乗るようにするという徹底ぶりであったが。
ツアーは日が昇っていない早朝かららしいが、初日の出を拝むためのツアーであるので嫌でも上空が見えてしまう。
何故高所恐怖症なのにそんな懸賞に応募したのだとスコールが問うと旅行関係の懸賞を応募した時に懸賞のハガキを間違って他のものにマルをつけてしまったようだとのことだった。なんとそそっかしいと思ったもののそうしたからこそこの懸賞に当たったのだ。普通なら運がよかったと喜ぶべきところだろうがバッツの顔は複雑そうだった。
高所恐怖症ではあるが初日の出を拝めるツアーなんて貴重である。内容もよく見ればファーストクラスの席に食事はおせち風の懐石弁当とお屠蘇に紅白もち、日付が入った記念の搭乗証明書にさらにおまけに帰りにお土産まで貰えるという至れり尽くせりっぷりである。
これを逃すなんて勿体ないと思っているのだろう。

「おれひとりじゃなんだからさ・・・す、スコールも一緒に行かないか?」
「・・・つまり、一人で乗るのがいやだからなんだろう?」
「うっ!だ、だってこんな貴重な体験のペアチケットなのにおれ一人でなんてもったいないだろ!?ま、窓側はスコールに譲ってやるからさ!」
「俺は別に窓側じゃなくても・・・」
「だ、ダメだ!これに乗りたいけどおれが窓側に座ると上空数千メートルの空がダイレクトに見えてしまってパニック起こしちまうかもしれないだろ!?」

おれの宥め役として傍にいてくれとバッツはスコールに頼み込んできた。恐怖と好奇心で言っていることが色々と滅茶苦茶な気がしなくもないが乗ることはバッツの中では決定しているようである。
ツアーは一年に一度のもので内容も豪華である。ファーストクラスの席に座ったことがないスコールにとっても魅力であったことと何よりももうへっぴり腰になりかけているバッツが心配であったので返事はもう決まっていた。


バッツの誘いに乗ることになったスコールは年末は帰省しないことを父親と姉に伝えた。
訳を伝えると二人とも「滅多にないことだから」と快く了承してくれた。
ただし、ツアーが終わった後は父親が車で空港まで迎えにくるので三が日くらいは過ごすこと。ついでに普段息子が世話になっている同居人のバッツも連れてくることが条件となった。
もともとバッツは年末年始は故郷に帰省しないのでバッツの方もこれを了承した。
実は付き合っている相手を実家に招くのは少々照れ臭いものではあるが年末年始ずっと一緒に過ごせるのは嬉しいし、父親も姉も家がにぎやかになると喜んでくれるのでそれもまた親孝行姉孝行になるだろう。そして気になる点がもう一点・・・

「(・・・ツアーが終わった後にバッツが腰を抜かして帰りづらくなるかもしれないからラグナが迎えに来てくれるのはむしろありがたいか・・・)」

そんな失礼極まりないことをスコールが考えながら父親と姉に連絡をしていたことには無論バッツは気付いていない。
スコールがツアーに同行してくれることに安堵したのか、壁に掛けられたカレンダーにスケジュールを書きこんでいる。
高所恐怖症ではあるが旅好きで好奇心旺盛であるのでそれなりに楽しもうとしているのだろう。ただ、一か月前からこの調子なので当日心変わりするかもしれないとスコールはその時そう思っていた。

そしてツアー当日。
バッツは多少怖がってはいたものの心変わりすることもなく早朝の出発時間に間に合うように準備を済ませ、初日の出を拝めるように仮眠までして準備を整えていただけではなく日付が変わり、新年となったにも関わらず「新年の挨拶は初日の出を迎えたときにしよう」と言い出すこだわりと徹底ぷりを見せてきた。
そのため二人は新年らしいことは一切せずにどっぷりと夜の闇に包まれている時間に帰省用の荷物も抱えて航空会社が指定した集合場所の空港へ時間通りにやってきた。ツアーは人気があるだけあって客が思っていたよりも多く、空港内は賑やかであった。ただ、ひとりをのぞいて・・・。
今回は恐怖をまぎらわせるためにわざと睡眠不足になることもアイマスクをすることもできないバッツは始終落ち着かない様子であった。
航空会社の職員が本日搭乗する機体を丁寧に説明してくれたのだがそれを聞いているのかいないのかバッツの瞳は泳ぎっぱなしであった。
途中スコールが何度か「まだ飛んでないぞ・・・」と脇腹を肘で小突いたがもちろん効果はなかった。
そしていよいよ搭乗手続きを済ませて出発。座席は体が平均よりも大きいスコールにとっても快適であった。しかも機体は最新のものであるため内装も綺麗で居心地がよい。約2時間ほどの空の旅も快適そうだと内心喜んだ。

「あ、新しいな・・・この飛行機」
「ああ。席も快適で中々いいな」
「お、おお。チケット当たってよかったよな・・・」
「・・・」

冷や汗を掻きながら「よかった」と言われてもあまり説得力がないぞとスコールは突っ込みを入れそうになったがバッツが自分自身にも言い聞かせているように思えたので言わないでおいた。ここに着席していることに後悔したくないからなんだろう。ただ、言っていることと体の反応は真逆である。成人男性がまだ機体の扉が閉じられてもいないのに小刻みに震えているのでブランケットやイヤホンを配って回っているキャビンアテンダントの女性に「具合が悪いのですか?」と心配そうに聞かれる始末だった。上手く答えられそうにないバッツにスコールが代わって「緊張しているだけで大丈夫です」と答えてこの場を離れてもらうと、鞄からアイマスクと耳栓を取り出した。

「離陸して機体が安定するまでこれをつけてろ。安定し始めたら教えてやるから」

パニックになられては困るとばかりにそう言うと本人もそれを避けたいのか素直にスコール言うことを聞き、すぐさま耳栓とアイマスクを装着して席に深くもたれ込んだ。
これが功を制したのか、機体の扉が閉まり、地上から離陸して機体が安定するまでの間、バッツは小刻みに震えてはいたものの大人しかった。
飛行機はいくら最新の機体とはいえ天候や突風などで大きく揺れることがあるが幸い今日は天気が良かった。もう大丈夫だろうとバッツに耳栓とアイマスクを外すように促すと彼は恐る恐るといった様子で取り外して情けない声を上げた。

「ま、まだ降りないのかな・・・」

離陸したばかりでそれはないだろうとスコールは呆れてため息を吐いた。

「初日の出もまだなのにもう降りる話をしてどうする?」
「うぅ・・・」
「・・・そんなに嫌なら他の誰かに譲ったよかったのに・・・」
「そんな!?このツアー、人気があるらしいんだぞ!?初日の出を空から拝めてしかも富士山が見れるんだぞ!?一富士二鷹三茄子だぞ!!」

一富士はともかく残り二つは見ないだろうと思ったが上空からの初日の出という好奇心揺さぶられる貴重な体験を逃したくない気持ちと唯一苦手である高いところに数時間耐えられるかという恐怖心がバッツの中で戦っているらしく本人はおかしな発言をしていることに気づいていない。
とりあえず自分達の名前で申し込んでおいて土壇場でやっぱり怖くて無理だとバッツが言い出したら友人の誰かに譲ろうかとスコールは思っていたが本人は怖がりながらも行く気はあったのでそうせず今日を迎えたのだがやっぱり譲った方がよかったかもしれないと思った。

「う〜・・・」

唸りながら膝にかけている上着を掴んで強張り、唸るバッツにスコールは少しでも落ち着いてもらおうとバッツの膝の上着に手を入れ、ガチガチの握り拳の上から手を重ねた。
上着に隠れているとはいえ、機内には乗客は沢山いる上に座席周りを巡回している乗務員もいる。どこの誰が見ているかわからない状況でスコールがこのような行動をとることは珍しく、バッツは驚いたようにスコールを見つめると彼はバッツの握り拳を解き、指を絡ませて手を繋いできた。

「スコール?」
「少しは落ち着いたか?」

ほかの人間に聞かれないようにするためか、少し小声で話しかけるスコールにバッツ小さく頷いた。落ち着いたと言うよりもスコールの行動に吃驚して不安や緊張がほんの一瞬吹っ飛んだのが正しいのだがそれでもスコールの行動が安定剤になってくれたのに変わりはない。
頷くバッツにスコールはほっと小さく息を吐くと絡めた手を強く握ってきた。

「不安がなくなるまでこうしてやる」
「・・・お、おう」

スコールの優しさは心が温まる。手をつなぐ行為は滅多にすることもないので嬉しいのだが・・・小さい子供のようで少々情けない気がする。
行きたい旅ではあったが新年早々にこのような姿を見せてしまい一人こっそりと消沈気味になるバッツだったがスコールはそれに気付くことなく窓の外を見ていた。高所恐怖症のバッツのために外の様子見をしているので気がつくのは無理と言うものである。
徐々に暗闇から白みがかった灰色に空が変化しつつある。スコールは腕時計で時刻を確認するとバッツに窓の外を見るよう勧めた。

「もうすぐ日の出の時間だ・・・ほら」
「・・・高い・・・」

ここまできてまだ躊躇するバッツにスコールはバッツの席の位置から外がよく見えるようにと体をシートに深くもたれて密着させて頷いた。

「大丈夫だ。見ないと後悔するぞ」
「う、うん・・・」

スコールに励まされるように言われ、心を奮い立たせるとバッツはおそるおそる窓の外を見た。

「・・・おぉっ!」

乳白色がかった灰色の空が日の光で満ちていく。
大きく、強い光を放つ太陽が放つ光がまるで大波のように空を一気に夜から朝へと瞬く間に塗り替えていった。
思わず瞳を閉じたくなるほどの強い光が洪水のように急速に押し寄せてきたにも関わらず、バッツは微動だにせず見続けていた。
この光景は今日という日にしか見られない。気温、天候、季節などありとあらゆる要因が重なり今この光景を生み出している。日の出に照らされた山と一面に広がる雲海は別世界のようで一秒でも目を逸らしてはいけないようにすら感じた。

「・・・すごいな」
「ああ・・・綺麗なもんだな」

高所恐怖所であることを忘れ、景色を食い入るように見つめているバッツが呟いた小さな言葉にスコールも頷く。
新しい年の日の光が差し込む機内の所々で歓声が上がる。きっと自分達と同じ気持ちであるのだろう。
地上に比べて近い太陽の光はあたたかく、そして力強い。窓から差し込む日の光を浴びるバッツの薄茶色の髪が光を反射し、金色に近い光を放っていた。
陽の光と共に光り輝く愛おしい存在にスコールが目を細めると、バッツがゆっくりと振り返ってきた。
口元に緩やかな孤を描き、目を細めている。

「スコール」
「なんだ?」
「明けましておめでとう。今年もよろしくな」

新年の挨拶は陽の光にすら負けない笑顔であった。その眩しさにスコールもまた目を細め、柔らかな表情が自然と浮かんだ。

「ああ。俺も、今年もよろしく」

上空からの新年の挨拶は明るい一年を暗示するかのような光と眩しい笑顔と共に交わされた。


Happy New Year!!


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2014年おめでとうバッツ!スコール!
今年も仲良しでいてくださいと思いつつ・・・。
けど、高所恐怖症なのに飛行機での新年でごめんね;バッツ!!


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