Blaue RosenU -6-

「・・・いきなりなんなんだ」

そのまま土下座しそうな勢いで頭を下げて頼み込んでくるティーダを見下ろしながらスコールが眉根を寄せて呟くと、ティーダは勢いよく頭を上げてスコールの腰にすがり付いてさらに頼み込んできた。

「頼む!あんた、結構強そうだし、他を頼るアテが・・・」
「な!?は、離れろ!!」

頭を下げたと思ったら今度は腰に抱きついてきたティーダの忙しなさにスコールは珍しく狼狽え、ティーダを引き剥がそうと頭をグイグイと押したがティーダの方もスコールが頼みを聞いてくれるまで死んでも離さないと思っているのかさらに強くしがみつき、ほとんどびくともしなかった。
人外の者であるスコールの力は強い。バッツが初めてスコールと会った時にその力をその身をもって体験したことがある。力を加減していても人の骨を簡単にへし折れるくらいの力の持ち主であるスコールと張り合えているティーダも常人を軽く凌駕する力の持ち主なのだろう。
勿論、この部屋に窓から侵入できた時点で普通ではないのだが。未だに「離せ!」「離さない!」の問答を繰り返す二人は仲裁しないといつまでも続きそうなのでバッツはばりばりと頭を掻くと、二人の間に割って入った。

「えーっと、ティーダとか言ったな?おれはバッツ、こっちはスコール」
「へ?」
「おい・・・」

いきなり間に入ったバッツにティーダは目を丸くし、スコールは咎める様な目つきでバッツを見やった。
スコールの瞳と纏っている空気から厄介そうな相手に名前を教えるなといったところなのだろうと見て取れたが、相手が名乗っている上にティーダ本人がどんな形であれ真剣に頼み込んできているのでこちらが名乗らないわけにはいかないだろうとバッツは目で返すと、まだ離れようとしないティーダを諭すかのように話しかけた。

「えーっとさ、ユウナって女の子が危ないのはわかったんだけど、ちゃんと話をしてから頼まないとさ、訳も分からず頼まれてるスコールの方も困るんじゃないか?助けて欲しくて必死なのはわかるんだけど、こっちは力になれるかどうかもわからないわけだしさ」

話しかけられたことで冷静になったのか今まで頑として離れなかったティーダが力を緩め、スコールから離れた。

「・・・ごめん、ちょっと急ぎすぎたッス」

子供のように小さく頭を下げて謝るティーダにバッツは小さく笑みを零した。人外の者ではあるが、素直でいい奴そうだと安堵する。ティーダにしがみつかれて乱れた衣服を直すスコールにそう目配せしたがそれに気づいているはずなのに瞳を合わせてこなかった。
どうやら面倒ごとは御免らしくティーダの話を聞くのは乗り気ではないらしい。
ティーダの様子と話の断片から厄介事であるのは確実でありそうだが、こうなってしまった以上は聞かないわけにはいかないのでこの場を収拾させたバッツがティーダに「話してみろよ」と促すと彼は少し深めに息を吸い込んで吐くと、先ほどの勢いとは打って変わって落ち着いた様子で話し始めた。

「さっき言ったとおり、ユウナは夢魔に・・・エボンジュという夢魔に取り憑かれているッス」
「エボンジュ?」
「聞いたことがあるな・・・何百年も生きながらえている夢魔だとか・・・しかし、あんたも夢魔なら同族同士で話をつけて解決できなかったのか?」

聞いたこともない人外の者の名前を出され、バッツがオウム返しに聞き返すと、スコールは簡単に説明をしてやり、ティーダに自身での解決を試みなかったのかと問うたのだが、彼は肩を落として首を横に振った。

「そんなことができるようなやつじゃないッスよ。確かにオレと同族だけど、あいつは自我を失っている。人の精気を吸い取るだけのただの魔物ッス。話なんて通じない・・・有名な話ッスよ」

吐き出された言葉からは疲労感とも諦めともとれるものが滲み出ていた。ティーダはまた溜息を吐くとバッツと一応話に参加をしているスコールに話を続けた。

「昨日、あの子が倒れた時、ちょうどオレもあの場所にいたんだ。助けようとしたらあんたらが飛び出してきて、一人は人外の者ではない気を放っているから人ごみに隠れて詳しく様子を探っていたら、あの子の中からもわずかに人外の者の気が漏れていたんだ。それで調べてみたら、って訳ッス」

昨日の一件で偶然エボンジュの存在を知ったと同時に自分と同じく人外の者であるスコールの存在も感知したのだとティーダは説明した。
エボンジュに一人で挑むよりも、同じ人外の者と手を組んで協力すれば倒せる可能性が高くなると踏んでここにやって来たということなのだろう。

「ティーダの話はわかった。けど、なんでティーダが気づいてスコールはティーダやエボンジュとやらに気が付かなかったんだ?」
「あれだけ大勢の者がいたら気配を探るのは難しいからな。それに緊急事態だったから他に構っている余裕がなかった」
「人外の者同士は、大抵は人間には感じ取れない気配で人じゃないかを感じ取ることができるんだ。オレはその・・・恥ずかしいんだけど若いし半人前だから沢山人がいる場では感じ取りにくいとは思う。エボンジュもたまたま同族だったから感じ取りやすかったのかもしれない」

話の途中で沸いた素朴な疑問をスコールは淡々と、ティーダは少し頼りなさそうにそれぞれ説明すると、バッツは「そうなのか」と頷いた。
バッツ自身は人外の者ではないので知らないと言えば当然なのだが、短い間ではあるといえスコールとジタンの人外の者二人と共に暮らしてきたのに彼らのことについて知らないことが多すぎることを改めて感じると少々寂しいものを感じる。
一人でこっそり気持ちを少し下降させているバッツを余所にティーダはスコールの顔色を伺うかのようにやや頭を下げながら上目遣いで顔をのぞき込んでいた。ティーダの表情と仕草から「協力してくれないか?」と聞いているかのようであるのを感じ取ったスコールは小さく溜息を吐くと、首をゆっくりと横に振った。

「悪いが協力はできない」
「え?」

きっぱりとそう言い放つスコールにバッツがスコールの方へと顔を向けると、スコールはバッツにも「協力はしない」と言わんばかりに首を横に振った。
その様子にティーダはおろおろとしながらも自身の服から財布と思われる袋を取り出してそれをスコールに差し出し何とかならないかと食い下がってきた。

「そ、そんな・・・金なら少ないけどある程度は用意できるッス!今はこれだけしか用意できないけど、足りないないなら数年掛かってでも・・・」

ティーダの差し出した財布の大きさは大人の男の拳2つ分よりも大きく、結構な額の金が入っているのは見て取れた。しかしそれでもスコールは首を縦に振らなかった。

「金銭や個人的に面倒だからというわけではない。相手が夢魔エボンジュだからだ」
「・・・」

エボンジュの名前を出されるとティーダは黙りこくり、視線を自分のつま先に向けた。
二人のやりとりに「どういうことだ?」とバッツはスコールに問うとスコールは何故ティーダの頼みを引き受けられないのかを説明し始めた。

「夢魔は通常の人外の者とは違い、人の夢から生まれた者で実体が曖昧な存在なんだ。正攻法で戦える相手ではない上に一歩間違えればこちらが中に入り込まれて精神を乗っ取られて、生命力を吸い尽くされてしまう。それにエボンジュとやらの実体がそのユウナといった女性の中に居る以上・・・実体が外に出てこない限り俺はどうすることもできない。加えて夢魔は通常人の倍ほどの寿命であるはずなのに数百年も生きながらえているのはまともな奴ではない。だから協力はできない」
「ユウナの中にエボンジュがいるから殴る蹴るができないから倒せないしその上に返り討ちにあってしまう可能性があるからってことか?」

腕を組み、スコールの話を反芻しながら聞き返すバッツにスコールは「そうだ」と頷いた。
倒そうとする相手に攻撃ができない上にこちらの精神を乗っ取られて生ける屍になってしまうのならたまったものではない。スコールでなくとも話を断りたくなる。だからティーダはあれだけ必死にスコールに頼み込んだのだろう。金はあっても頼む内容がこれでは・・・とバッツが眉を八の字にした。バッツの表情から「これでわかっただろう?」とスコールは言葉を投げると、今度は俯いたままのティーダに口を開いた。

「夢魔を相手にした討伐は通常は同族である夢魔が相手をすることが多いと聞く。一人で不安なのはわかるが、俺は吸血鬼で夢魔ではないからな。悪いが他を当たってくれ」
「駄目なんだ」

他を探せと言い放ったスコールにティーダは俯いたまま暗い声で返してきた。
その声は藁にも縋るような思いと、絶望が入り交じったかのような声にバッツには聞こえた。

「・・・オレの見立てだとユウナは、あの子はおそらく保って一週間。その間に同族はおろか強い人外の者に出会えるとも限らないし依頼を引き受けてくれるかさえも・・・」
「・・・すまないが」

ティーダの頼みにスコールは再度首を横に振ると、ティーダは小さく肩を落とし、「今夜はひとまず帰るッス」と頭を下げ、入ってきた窓へと戻り、足を掛けて飛び出そうと体制を前屈みにすると、出ていく前にもう一度スコールの方へと視線を戻し、「また来るッス」と言い放った。
落胆はしているものの諦めきれないティーダの様子にスコールは「何度来られても同じだ」ときっぱりと断ったがそれでもティーダは「・・・来るッス」と言い返した。
時間が限られているので頼れる相手はもうスコールただ一人だと決めて、何としてでも協力してもらいたいのだろう。
ティーダ本人がユウナを助けたい気持ちは伝わったのだが、何故そこまで頼み込むのか気になったバッツは今にも窓から飛び出そうとするティーダの背に疑問を投げかけた。

「あのさ、一つ聞いていいか?」
「・・・何スか?」
「お前がユウナって子を助けてあげたい理由は?友達なのか?」

振り返りバッツを見ていたティーダの瞳が一瞬見開かれ少しの間無言になったが、すぐに柔らかな笑みを浮かべて首を振った。

「・・・友達じゃないッスよ。ただ、放っておけないと思っただけッス」

ティーダは苦笑混じりで小さく呟くと、体を前に倒して地を蹴り、外へと飛び出してしまった。
バッツは窓辺に近づき姿が見えないかと身を乗り出したものの、窓の外は街の灯りが煌々としていたがティーダの姿は確認することができなかった。夜とはいえまだ人が行き交う時間であるというのに一瞬で建物の影か路地裏の闇の中にとけ込んでしまったようだ。
閉じられなかった窓から春であるはずなのに冷たい夜風が部屋の中に静かに吹き込み、バッツは小さく身震いをした。
風の冷たさと煌々とした街の光さえも届かない影眺めていると先ほど出ていった時に見せたティーダの表情をみたときのようなもの悲しさを感じた。

「・・・いいのか?」

開け放たれた窓からスコールへと視線を移すと、スコールは小さく首を振った。

「あいつがユウナという名の女性を助けたい気持ちは伝わった。しかし、さっきもあいつに言った通り、その女性の身の中に夢魔が実体を潜ませている以上は俺にはどうすることもできない。身体を傷つけても夢魔本体は痛くも痒くもないからな。あれだけ強く助けたいと思っている相手に中途半端なことはできない上にそれに・・・」
「?」
「いや・・・なんでもない」

言いかけて話をやめてしまったスコールにバッツは小首を傾げたが、スコールに「話は終わりだ」と半ば無理矢理終了させられてしまった。スコールが中断したその先の話は気にはなったものの無理矢理聞くことでもないだろうと思い、もう一度ティーダが出ていった窓から夜の街の景色を眺めながら先ほどの出来事を反芻した。
スコールはティーダが真剣に少女を助けたいと思っているからこそ確実に倒せる相手ではない以上関わることはできないと言っていた。バッツが知っている限りのスコールの今までの言動などを考えれば無責任なことをしたくはないと言うのも性格からくるものだと理解できる。共に過ごした期間は短いが。
そしてもう一点、命を落とすどころか、エボンジュに精神を乗っ取られるなどの危険を回避したいと言ったことには少々驚いた。以前は吸血鬼である自身を忌み嫌い、死にたがってさえいたスコールが危機を回避しようとしたことは生きようとしていることなのだろう。僅かな心境の変化を感じ取り、ティーダには悪いが生に対して前向きになっているスコールに安堵した。ただ、安堵はしたものの、ティーダの方は未解決のままである。

「(スコールにはなるべく危険な目にあってほしくはないけど・・・・)」

少女を救いたい人外の少年の想いが伝わった以上中途半なことができないといったスコールが手を貸すことは恐らく、ない。
しかし、少年とともに助ける者が現れなければ少女がどのような結末を迎えるかは明白である。

「(本当にこれでいいのかな・・・)」

スコールが協力できないと言った以上はどうすることもできない。バッツ本人としては協力してやりたい気持ちはあるのだが、普通の人間ではティーダの力にはなれないだろう。
人と人外の者の力の差以前にそもそもバッツ自身は彼らと存在自体が異なるのだ。人の中ではそこそこ腕が立つ方ではあるがスコールの前では無力な赤子同然であった。エボンジュとやらを倒すことはできないし、むしろ足手纏いだろう。
死へと確実に近づく少女とそれを救わんとする人外の少年とそれを知っていて何もできない自身に胸が痛くなるのを感じながらバッツは開け放たれたままの窓を静かに閉じたのだった。



翌日、バッツは昨日と同じく寺院の工事現場の仕事へと向かった。
スコールは相変わらず窓からの景色を眺めながら絵を描いていたようだったが、気のせいかもしれないが昨日とは僅かに様子が違って見えた。
ティーダとの話を気にしているのだろうか、スケッチブックよりも窓の方へと視線を移している時間の方が長かったのだ。
ただ単に遠くの物を模写しようとているだけなのかもしれないのだが。
仕事に勤しみながらも頭の片隅にティーダとその少女のことが居座っており、なかなか集中できない。給金をもらうのにこれでは駄目だとバッツが頭を振って切り替えを行おうとしたその時、後ろの方で何人かのどよめきが聞こえてきた。一体何なんだと汗を拭いながら振り向くと一人の少女が立っていた。

「あ・・・」

肩まで伸ばしたほんの少し癖はあるがほぼ真っ直ぐの栗色の髪。
少女らしくふっくらとした頬と唇の愛らしい顔。
白い上衣と濃い紫の袴に黄色の帯を締めた特徴のある衣服を纏った少女。

バッツとスコールが危機から救い出した、ティーダが助けたいと頼んできた少女、ユウナであった。


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