Blaue RosenU -5-

次の日、バッツが目を覚ましたのは窓から差し込む朝日の眩しさでも小鳥の囀りが聞こえたからでもなかった。
規則正しく何かを引っかくような音で目を覚ましてしまったのだ。
大きな街の宿屋に相応しいふかふかの寝台から目を擦りながら寝返りを打つと窓辺にスコールが立っているのが目に入った。
この旅で彼がバッツよりも遅くに起きることも、早く眠ることもなかったのでスコールが起きていることに不自然を感じることはないのだが、違和感が一点。

彼の手には少し小ぶりのスケッチブックと鉛筆が握られている。

窓の外を暫く眺め、そしてスケッチブックに目を落として何かを描いていてはまた窓の外を眺めるという動作を繰り返している。
先ほどの引っかくような音はスケッチブックに何かを描いていたかららしい。
ここに来るまで彼が絵を描いていることなんてなかった。そもそも絵を描くことを嗜んでいたとは思わなかったとぼんやりとその光景を眺めているとスコールが振り返ってこちらを見つめてきた。

「・・・起こしてしまったか?」
「ん?ああ、起きてしまったけどもう起きる時間だから気にすんなよ」

表情は変わらないが、意外に気を遣う彼の事だ。本当に悪いと思っているのだろう。そこまで気にすることはないと思うのにとバッツは小さく笑うと身体を起こした。
春とはいえ早朝は少し肌寒い。温かな寝台から起き上がるのは少々名残惜しいが少し肌寒いくらいの方が目も身体も覚めるだろう。
寝間着の合わせ目に腕を差し入れ、胸を掻き、もう片方の空いた手で寝癖を手櫛で直しながらぺたぺたと裸足でスコールの傍に近付いた。

「お前、絵を描くんだな?」
「・・・たまに」

それだけ答えるスコールだったが、彼の手の中に修まっているスケッチブックの絵はたまに描く人間が描く絵とは思えないほど緻密であった。
スケッチブックに描かれた絵は窓から臨む街の風景そのものが寸分狂うことなく描かれている。

「へぇ、窓から望む街の風景か」

意外なスコールの特技にバッツは感心し、貸してくれよとばかりに手を差し出すとスコールは拒否することなくスケッチブックを渡した。

先程も中々の腕前だと思ってはいたが、いざスコールの絵を見るとその絵はただ上手いだけのものではないのだということを知った。

朝日のまぶしさも、建物の屋根の色の違いを立った一色の黒鉛筆の色の濃淡で違いを出している。
街道の傍に植えられた花壇の花の花びらや街路樹の葉までが命を吹き込まれたかのように生き生きとしている。

太陽、雲、建物、道、木々、花々・・・このスケッチブックの中に描きこまれているものすべてに命が、光が宿っているようにさえ思える。
これらのものがスコールの瞳にどのように映っているかこの一枚のスケッチを見れば手に取るようにわかる。
今スコールがこの窓から見える風景を、人の世界を慕情と羨望の眼差しで見つめているからこそ描かれた光景なのかもしれないと思うと心に苦いものが広がるのをバッツは感じた。

「・・・上手いもんだな。お前にこんな特技があるなんて知らなかったよ。」

いつまでも黙って絵を眺めているのもおかしいと思われるかもしれないので、手に取っていたスケッチブックをスコールに返して感想を述べると、スコールはスケッチブックを受け取り、それを閉じてしまった。

「・・・荷物を探ったら出てきたんだ。ジタンのやつが入れているとは思わなかったんだ」
「へぇ、ジタンがかぁ。画材はそれだけなのか?」
「絵の具やイーゼルなどの画材は邪魔になるだけだからな。だが、これでも十分だ」
「そっか」

閉じたスケッチブックをひと撫でし、近くのテーブルに鉛筆と共に置くと開いていた窓を閉じる。
どうやら窓からのスケッチは終わりにしてしまうようだった。

「(ジタンは、スコールが絵を描くことを知っていたんだな・・・)」

片づけをするスコールを目で追いながらバッツは自分達を送り出してくれたもう一人の友人を思い出す。彼がこの旅の準備を手伝ってくれたのだが、スコールのことを知っている上でのさり気ない気遣いに感心すると同時に少しの寂しさを覚える。
ジタンとスコールとの間に自分が知らないことなど沢山あって当たり前であるのにまた寂しくなってどうするとバッツはさっさとこの気持ちを切り替えるために身支度を整えてしまうことにした。
洗ったばかりのシャツを荷物袋から取り出して袖を通してすばやく身支度を整えながら今日の予定をどうするか考える。
路銀の関係で働き口を見つけないといけないので日雇い労働者を募集していそうなところを宿屋の主人に聞いてみるか、これほど大きな街なら職業案内所もあると思うのでそっちにでも行ってみようとかと決めた。

「朝飯が済んだら、おれは今日から仕事を探すけどお前はどうするんだ?」

服装を整え、ブーツを履きながら聞くバッツにスコールは少し考えた後、ゆっくりと首を振った。

「いや・・・今日一日は部屋でおとなしくしている」

昨夜は街を見て回るとっていたたスコールだったが、大きな街の大イベントの真っ最中に大勢の人間の注目を浴びてしまったから、なるべく人目を避けたいのだろうということがわかった。
どのくらい昨日の出来事が話題になっているかは知らないが、もともとスコールは目立つ容姿をしている方なので声を掛けてくる人ももしかしたらいるかもしれない。

「そっか。ちょうどスケッチブックもあるから退屈はしなさそうだよな」
「ああ。・・・気を遣わせてすまない」
「気にすんなよ。暫くはこの街にいるから、落ち着いたらのんびり色々見て回ろうぜ」

頭を下げるスコールにバッツは快活に笑い背中を叩く。
不安に思っているであろうスコールの様子からバッツは今日一日、自分が外に出て様子を見て外出が可能かどうか判断して安心させた方がよさそうだと思ったと同時に夜遅くまで働かなくて済むような働き口を探した方がいいだろうと決めたのだった。




バッツの働き口は思いのほかすぐに見つかった。
宿屋の掲示板をたまたま覗き込むと寺院の工事で日雇いの働き口を募集しているという張り紙を見つけ、朝食を済ませた後にすぐさまそちらに向かうと昨日バッツとスコールと共に柱を支えていた若人が数人おり、しかもバッツを覚えていたのだ。
若者大工数人が強面で屈強そうな大工頭に「細く若鹿のような見た目であるがそれ以上に怪力である」と説明し、バッツが何も言わなくても即採用となったのだった。
その日のうちに賃金を貰え、尚且つ勤務時間も朝から夕方に掛けてであることを再度確認し、街に滞在している間だけ世話になることを伝えると早速仕事に入ることにした。

「ひょろいのに人は見かけによらねぇなぁ!」

大工連中に豪快に笑われながら共に切り出した角材を運びながらバッツは苦笑する。
もともと見かけよりも力は強い方であるが、あの柱を支えたのは大部分はスコールの力であることにどうやら彼らは気付いていない。
正体が知れてしまうことを極端に恐れているスコールは兎も角、バッツももしやと少々不安を抱いていたのだが近くにいた彼らがこの調子だと安心だろうと人知れず胸を撫で下ろした。
こっそりと安心しているバッツにもちろん気付かない男たちはバッツからスコールへと話題を移す。

「お前さんが来るなら、もう一人のやつも連れてくりゃあよかったのになぁ!そいつも見かけによらず力が強いんだろ?」
「遠目からだけど、こいつよりもひょろ長い上品そうな兄さんだったからありゃだめだ!あの顔は角材や土嚢なんて持ったことがなさそうだったぜ?」
「女一人抱き上げるのが精いっぱいだろうよ!」
「がはははっ!!」

大声で笑う若い男衆に、実態を知っている上に以前軽く掻き抱かれたことがあるバッツは乾いた笑いを上げたのだった。
笑い声を上げる若者たちだったが、その話を聞いていた大工の頭ただ一人が少し険しい顔をしておりそれに気づいた男衆は笑うのをぴたりとやめてしまった。

「おいおいお前ら、ユウナ様の恩人に対してそう言うんじゃねぇ。力があるないにかかわらず、ユウナ様がご無事だったのはこいつとそのお仲間のおかげだろうが!」

見かけは粗暴そうに見える大工頭は意外にもそのあたりはきっちりとしているらしく、先程まで笑っていた者達は皆頭を下げてそそくさと仕事に戻っていった。それに合わせてバッツも慌てて角材を運んでいく。
頭の言葉から昨日の一件の少女はどうやら無事らしい。気にはなっていたが目立った外傷もなかったし、有名そうなので何かあったら噂ぐらいにはなるだろうと思っていたので確認はしていなかったのだが、無事なようでよかったとほっと息を吐いた。

「あの子・・・ユウナ様は無事だったんだな」

角材を運びながら呟いたバッツにすぐ傍にいた一人の大工の若者がそれに気づいて何となしに話しかけてきた。

「ああ。怪我もなくご無事だったよ。その日のうちに退院したそうだ」
「そうか。よかった」

昨日の内に退院できたのならよかった。巫女であると聞いているが、この寺院のどこかで元気にいるのだろうかとぼんやりと考えていると先程の若者が頭の目を盗んでこっそりとバッツに近付いてきた。
見かけによらず噂話が好きらしい男はバッツが何も質問していないのに作業の手を止めずに勝手にべらべらと話しだした。

「ここだけの話なんだけどよ、ユウナ様、最近お体がすぐれないらしいぜ?」
「え?」
「噂なんだけどよ。ここ最近よく自室で休まれたり、突然体調を崩されて寝込まれることが多いそうなんだ。病の原因は不明だそうだ」
「へぇ・・・見たところそんな風には見えなかったけどなぁ」
「ご無理をされて昨日の舞を踊ったらしいぜ?偉大なるブラスカ様の娘で優秀な巫女であるユウナ様でないとあの舞は踊れな・・・」

言い掛けた男の背後から大男の影が現れ、大きな拳骨が炸裂した。

「無駄話はそれぐらいにして仕事に励め!新入り!おめぇさんはそこの石を荷車で捨ててきてくれ!」

真面目に働けと頭から角を出す勢いで怒鳴る大工頭にバッツは自分も被害にあっては堪らないとそそくさと仕事を再開した。
無事なのはよかったが体調を崩しているとは知らなかった。
遠目からではあるが、舞を踊っていた少女はとても持病などの類を抱えているようには見えなかった。美しく、淑やかそうな少女でははあったが弱々しい印象はなく、むしろ健康そうに見えたが、見かけにはよらないのだろう。
ただ、心配ではあるが、自分にはどうすることもできないとバッツは首を振る。

「(おれには関係ないか。噂が本当なら良くはなって欲しいけど・・・ん?)」

此処にいるであろう少女が良くなってくれますようにとバッツが心の中で祈ろうとした時に、突然背中に視線を感じた。
感じたと同時に素早く振り返り、視線の先を探ったが、見る限り視線の主の姿は見当たらなかった。

「・・・気のせいか?」

長い旅生活で身についた直感はここ最近外れてはいないのだがと首を傾げるが、どんなに目を凝らしても人の姿は見当たらない。
人の多い街であるから偶々通りかかった者の気配でも感じたのだろうと結論付ける。
これ以上油を売っていると、自分も大工の頭にどやされるかもしれないし、勤務時間の夕刻に仕事を終わらせられるように今は精一杯働くのが先決であるだろうとバッツはさっさと仕事に戻ったのだった。




今日一日の仕事が終わり、食料を買い込んでバッツが宿に戻るとスコールが出迎えてくれた。
備え付けのテーブルの上に絵が描かれたスケッチが何枚か乗っているのが見えたので朝言った通り今日一日を部屋の中で絵を描きながらのんびりと過ごしていたらしい。

宿の部屋で食事を摂り終え、食後の茶を啜りながら昼間の大工達の話をするバッツにスコールは黙って話を聞いていた。

「・・・そんな風には見えなかったがな」

バッツの話にスコールが少し小難しい顔で感想を漏らす。
スコールも自分と同様にユウナが持病を持っている人間のようには見えていなかったらしい。
もう一口と茶を啜りながらバッツはさらに話を続けた。

「まぁ、あくまで噂らしいけどさ。あの子の体調不良が噂ですんでくれればいいんだけど」
「ああ」
「あとそうだ。大工の連中の中におれ達と一緒になって柱を支えてくれた奴が数人いてさ、スコールのことを怪しんでいるようじゃなかったよ。近くにいた人間がそうだったんだからお前の正体がばれていることはなさそうだぞ」
「ああ」
「だから気が向いたら外に出てみたらどうだ?おれは明日も仕事だけどさ」
「・・・ああ」
「・・・どうした?さっきから「ああ」しか言ってないけど、調子悪いのか?」


相槌は打ってくれるものの、スコールは心此処に在らずで眉間に皺を寄せている。
元々無口なほうであるが、どうも様子がおかしい。何か気に障ることでもしたのだろうかと少し不安になっていると、今まで椅子に座って話を聞いていたスコールが突然立ち上がった。
スコールの行動に訳がわからずバッツが首を傾げていると、スコールは少し険しい顔をして窓の外に視線を向けた。

「おい、何処の誰だか知らないがそこの窓に隠れているアンタ。出てこい」
「へ?」

突然何を言いだすんだとバッツが目を丸くすると、窓が突然開き、一人の少年が部屋の中に入ってきた。
やや癖の強そうな金色の髪に褐色の肌と動きやすそうな服装をした少年だった。
瞳は澄んだ青い色をしており、人懐っこそうな、どこにでもいそうな少年だったが、この少年が普通ではないのは明らかだった。

この部屋は宿屋の最上階に位置しており、窓側は通りに面している上に壁にはほとんど突起物やパイプなど手を使って登れるようなものがないため壁伝いに登るのはまず不可能な造りをしている。

スコールやジタンと同様に彼も恐らく人外の者なのだろうということは安易に予想できた。

「まさか気付かれているとは思わなかったっす。オレ、気配隠すの上手いんだけどなぁ」

そう言った少年だったがスコールに気付かれたことに特に驚いた様子もなく、少し照れ臭そうに頭を掻きながらにこやかに笑いかけてきた。

「最初は気のせいかとは思ったが・・・つけられていたようだな」

スコールが渋い顔をしてバッツに視線を移したのでバッツは思わず「えっ!?」と驚いた声を上げた。
外に出ていた時から帰ってくるまでこの少年につけられていたということなのだろうか?
そう言えば昼間一度仕事の最中に視線を感じたがそれはこの少年だったのだろうかとバッツが問うと、少年はご丁寧にも入ってきた窓を閉じ、笑いながら首肯した。

「御名答。さすが同胞とそのお仲間だ!オレはティーダ。そこにいるお兄さんと同じく、人外の者だよ」

あっさりと人外の者であることを白状し、ティーダと名乗った少年はつかつかとバッツとスコールの方へと歩み寄ってきた。
見たところティーダはスコールやジタンのように牙や尻尾など人外の者の身体的特徴は見られない。
一見すると人間の普通の少年にしか見えない容姿をしているのでどこかに特徴はないかとバッツがもっと近くで見ようと近づこうとしたがスコールがそれを阻んだ。スコールは小声で「少し下がっていろ」とバッツに注意をすると、盾になるかのようにバッツを背に隠してティーダの前に立った。
スコールとジタンと暮らしてきたため人外の者に抵抗が薄れてきているバッツだったが、どんなに人懐っこそうに見えても得体がしれないから注意しろと言うことなのだろう。

「・・・何故バッツをつけていた?」

理由を応えろとばかりにスコールがティーダに静かに問いかけた。
背後に隠れているバッツからではスコールの表情は見えないが、声に刺々しいものが含まれている。
普段から無表情で淡々と話すことが多いスコールだが自分やジタンと話している時とは全く違う。スコールの声や放っている空気からティーダの返答次第ではどういった行動にでるかわからないようにも思えバッツは少々恐ろしく感じていると、問われている当人であるティーダはそう恐ろしいとは思っていないらしく、眉を八の字に頭を掻いていた。

「いや、こっちのお兄さんよりもアンタの方に用があったんだ」

追跡したのはバッツだが、目的はスコールだと言うティーダに2人は思わず顔を見合わせた。

「・・・どういうことだ?」

2人して問いかけると、ティーダは先程とは打って変わって神妙な面持ちになり、深々と頭を下げてきた。

「頼む。オレと一緒にある女の子を・・・ユウナを救って欲しいんだ」

ティーダの口から出たのは先ほど話題にしていた少女の名だった。


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