毎日がスペシャル

2013年スコール誕生日記念小説

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涼しい部屋で目の前のテーブルの上にはアイスコーヒーと菓子が盛られた鉢が鎮座している。
ふかふかのクッションがいくつも置かれたソファーに座り、テレビを見ながら飲み食いするのは忙しい日々のささやかな贅沢である。
少なくとも今、そのソファーに座っているバッツ自身はそう思っている。
今は夏休みで授業もないし、バイトも入れていない。時間を気にせずのんびりできる。
・・・できるが、今日は一日ぐうたらするためにバイトを入れなかったのではない。

「なぁ・・・スコール」

ソファーに座りそれらを眺めながらバッツは洗濯したての衣類が山盛りになった籠を持ってベランダへ向かおうとする同居人のスコールに声を掛けた。
忙しそうにしていたスコールは怪訝そうな顔をして洗濯籠を床に降ろし、ソファーに座っているバッツの方へと体を向けた。

「なんだ?菓子が足りないのか?それとも飲み物はアイスティーの方がよかったか?」

呼ばれたのは、何か用があるからだろうと思っていたらしいスコールにバッツは首を横に振った。
そんなことのために声を掛けたのではないとバッツがため息を吐きながら壁に掛ってるカレンダーを指差した。

「あのさぁ、なんで今日が誕生日のお前が働いていて、おれがのんびりしているんだ?これって間違ってないか?」

バッツが指差した先は8月23日のマス。
大きな赤い花マルとともに少々元気がよすぎる文字で”スコールの誕生日”と書きなぐられていた。



事の発端は数日前。
来る8月23日スコールの誕生日を祝うため、バッツはスコール本人に今年は何をしたいのか、何が欲しいのかを直接本人に聞いたのだ。

「もうすぐスコールの誕生日だろ?何か欲しいものとかやりたいこととかないか?」

風呂上がりに涼みながらドリンクを飲んでいたスコールに目を輝かせながらバッツは問うた。
誕生日に出す予定の料理は料理が得意な幼馴染に色々と聞いておいた。
ケーキは予約済みだし、とっておきの酒も知人に頼んで入手済み。
あとはプレゼントだ。
スコールの誕生日のために普段よりもバイトを増やして資金を稼いでおいた。せっかく稼いだのだから本人が欲しいと思っているものを贈ってやり、やりたいことなどをさせてあげたい。

「記念すべき日だからな!サプライズも考えたんだけど本人に聞くのもありかなって思って。どう?何かないか?」
「欲しいものか、やりたいことか・・・」

問われたスコールはドリンクを口から離してテーブルに置くと、腕を組んで考えた。
誕生日のことなど今聞かれるまですっかり忘れていた。
欲しいものは自分の小遣いで事足りているし、もともとあまりものを欲しがる性格でもないし、活動的でもない。いきなり聞かれても返答に困る。
・・・困るのだが、バッツの期待に満ちているように見える笑顔と輝く瞳を目の当たりにすると「ない」とも言えない。

「すまない。すぐに思いつきそうには・・・」
「お前、そう言うなよーせっかくの誕生日だぞ?頑張って考えてくれよ」

後で考えようと取りあえずそう言ったが、バッツは不服そうに頬を膨らませた。
そうされても欲しいものなどすぐに思いつかない。
親から仕送りはあるものの、極力頼るのはよくないと考えているため、自分もバッツ同様にアルバイトをしている。その中から小遣いを捻出して自分が欲しいものを購入している。
だから特別に欲しいものは今のところない。
服やアクセサリー、本なども考えたがどれもいまいちぴんとこない。
また、やりたいことといわれてもせいぜい映画を見に行くなどといったことしか思いつかないし、その映画もいま特に見たい作品もないので困っていると唐突にある考えが浮かんだ。

「あ・・・」
「何?何か思いついた??」

何か思いついたことを察したバッツが再び瞳を輝かせる。
言ってくれとばかりにスコールの傍に寄ると、彼の口から予想もしていなかったことが告げられたのだった。



「なんでお前の誕生日におれがもてなされなければいけないわけ?」
「別にもてなしているわけではない。俺はただ自分の願いを言っただけだ。あんたも一度了承しただろう」

腰に手を当ててスコールはそう言い放つとバッツはソファーに座ったまま頭を掻きむしった。

「あのなー『あんたが一日ゆっくりしてくれればいい』ってのはわかったけどさ、やっぱり納得いかないよ。普通はおれが家事だのなんだのしてお前はのんびりくつろいで、一緒に出かけたりしてさ。そんで飯食ってケーキ食って、おれがお前にプレゼントを渡すのが普通だろ!?」

誕生日のことを聞いた時、スコール本人からそう言われてしまったのだ。
願いが"物"や"やりたいこと"ではなかったことに驚いたのだがまさかそれを本当に実行することになるとは思わなかった。最初は冗談だろうと笑い飛ばして再度聞いたのだが、スコール本人は本気だったらしく、バッツがいくら誕生日の願いを聞いても「もう言っただろう?」の一言で突っぱねられたのだ。
バッツとスコールの応酬は誕生日の前日まで続き、そしてとうとう本日スコールの誕生日を迎えてしまったため、バッツは渋々スコールの願いを聞き入れることとなったのだ。
そうと決めたスコールの行動は朝から完璧だった。バッツが目を覚ます前に起床し、ご丁寧に目覚ましを止めていたため、バッツが目覚めた時には朝のゴミ出しと朝食の準備までされていた。
流石に全部自分がやり直すわけにはいかないので大人しくスコールに従って朝食を食べたのだが、食後のコーヒーもスコールが淹れ、それが終わったら寛いでくれとソファーに座らせられて冒頭の待遇である。
プレゼント以外は色々とプランニングしていたらしいバッツに不満が生まれるのは当然であった。
しかし、スコール本人はさして気にしていないらしく、バッツの主張を軽く聞き流した。

「まぁ、一般的にはそうだな。けどよそはよそ、うちはうちというのもいいんじゃないか?」

これで話は終わり。さあ洗濯物を再開しようとスコールは籠を持ってベランダへ行こうとしたが、動かない。
いつの間にかソファーから立ち上がったバッツがスコールの腰のベルトをむんずと掴んでいたのだ。

「離してくれ」

子供っぽい言動が目立つが意外に中身は年相応の大人の男であるバッツがここまでムキになるのは珍しい。
本当に自分を祝おうと思っていたから納得がいっていないが故の行動なのだろう。
それも解るのだが、自分の誕生日なのだから自分の好きにさせて欲しいという気持ちもあるのでスコールはバッツを宥めるかのように彼の頭を軽く叩いたが彼は引かなかった。
今からでも遅くはない。なんとかスコールを説得しようとベルトを掴む手に力をいれた。

「だってよくないだろ?世間様の誕生日がどんなのかちゃんとわかってるならなんでこんな・・・」
「バッツ」

さらに言葉を続けようとするバッツにスコールは待ったをかけると、ぴたりと口を閉じた。
先程まで自分を流していた態度とは打って変わって、真面目な表情(・・・といってもあまり表情を崩すことはないが)と自分の言葉を両断させるかのように名前を呼ばれたら大人しくならないといけないと感じ取ったのだろう。

「・・・なんだよ?」

バッツは渋々とスコールのベルトから手を離し、話を続けるように促すと、スコールは「ありがとう」と小さく礼を言い、話し始めた。

「普段はあんたが家事をほとんどしてくれている」
「はあ?スコールもしてくれてるだろ?」
「俺よりも多いだろ?」
「・・・まぁ、お前の学部の方が忙しいからな。元々好きだし。それがなんだよ?」
「聞け。俺が勉学に勤しめるのもあんたが率先して家事をしてくれているからだ。あんたには感謝している」
「お前なぁ、だからといって今日じゃなくても・・・」
「俺がそうしたいと言ってもあんたは「別にいいよ」と言うだろう?誕生日の願いならいくらあんたでも聞いてくれると思ったからだ」
「・・・」

スコールの言う通りであった。
自分の性格を考えると、スコールがそう申し出てきたとしても、自分が特別忙しくなければ、むしろ忙しい学部に所属しているスコールに休めと言っていただろう。
もちろん、自分の勉学やバイトが忙しい時はスコールが行なっていてくれていたが、自分に比べると量は少ない。
気を遣っている自覚がなかったため、スコールがどう思っているかまではあまり考えてはいなかった。
もし、自分がスコールと同じ立場であったら、今日の彼のような行動を取っていたかもしれないし、取る心情もよくわかる。わかるのだが、やっぱりこの日でなくてもいいだろうと言いたくなる。
何とか反論しようとしたバッツだったが、その肩をスコールが軽く叩き、真剣な表情から少し困ったような柔らかく表情を崩してきた。

「だから今日くらい、俺がお返しをさせてくれ」

あまりお目にかかれないスコールの表情にどきりとする。
ずるい。わかっていてもいなくてもこれはずるい。そんな顔をされて、そう言われてしまったら言うことを聞かなければいけないじゃないかとバッツは心の中だけで文句を言った。
告白してきたのはスコールの方だったが、自分もスコールに惚れていた。そして付き合いを始めてからますます彼のことが好きになっていった。
惚れた相手のこのような表情とお願いをされてしまったら何も言えない。

バッツはがしがしと頭を掻くと、観念したかのように両手を上げて苦笑をした。
その様子からどうやら観念してくれたようだと察したスコールがほっと息を吐いた。

「・・・了解。ただし、夕飯はおれが準備する。今日は何を作ろうかと前々から考えていたんだからな。あと、ケーキも!」

これだけは譲れない、とばかりに片手を腰に当てて、もう片方の指先をスコールの鼻先に突き付ける。
前々から準備をしていたのであれば、意地を張るのは失礼だろうとスコールが小さく頷くとバッツは満足そうに笑った。

「わかった。今晩、楽しみにしておく」
「よしっ!あ、あと、プレゼントもやっぱり渡したいから欲しいものも考えてくれよな。この日のために頑張ってバイト増やしたんだからさ」
「ああ・・・」

そういえばそれもあったなとスコールは考えると、何か思いついたのかジーンズのポケットから紐のようなものを取り出すとバッツのてっぺんの髪の毛を一束手に取り、それを結んだ。
紐は包装に使われるような赤いリボンだった。

「・・・なにこれ?」

自分の頭の上に乗っているリボンを指差し首を傾げるバッツにスコールは少し意地の悪い笑みで答えた。

「この前買った菓子についていた紐だ。今朝捨てようと思っていて入れていたままだったんだ。あんたが頭にこれを結んで突っ立ってくれていたら俺は十分だ」
「元値ゼロじゃねーか!!」

つまり自分がプレゼントだからいらないということかとバッツが地団駄を踏んだ。
この日のために頑張ったのだからこれはないだろうと文句を言おうとするバッツにスコールはそれを遮るかのようにさらに言い放った。

「少し訂正だ。今日の夜はそのままベッドで寝そべってくれていればいい」
「なぁっ!?」

今夜の相手をしろということはいくらその手に疎くても嫌でもわかる。
スコールとはもう体の関係を結んでいるので、"プレゼント"となれば何を要求されるのだろうか。
金魚のように口をパクパクさせて顔を赤らめているバッツにスコールはふっと笑うと、硬直している彼に「冗談だ」と言い放った。
からかわれたのだとわかり、バッツは見る見るうちに眉を吊り上げ「か、からかうなよ」と文句を言ったがスコールは柔らかく笑うだけだった。
いつもはスコールの方が恥ずかしがったり照れることが多いのに、まさかここで遊ばれるとは思わなかったバッツは機嫌が悪そうにソファーに深くもたれ、目の前に置かれていた水滴が浮かんだアイスコーヒーのグラスと菓子鉢の中の菓子に手を伸ばした。
照れ隠しと怒りの発散のためなのだろう。一気にアイスコーヒーを半分近く一気飲みしている。
その姿にスコールは笑みを零すと今度こそ洗濯をしようと籠を持ち、ベランダへと向かった。
窓を開けると日差しはまだまだ強く、洗濯物がよく乾きそうないい天気だった。

「(祝ってもらう必要なんかないのにな)」

山盛りの洗濯物に手にとり、皺を伸ばしながら次々と干していく。柔軟剤のいい香りがし、乾けばフカフカになるだろう。
バッツと生活をし始めてから、今まで一人でしていたことが二人でするようになった。
一人の時は淡々と日々を過ごしていたが、彼が共にいるだけで淡色のようだった日々が急に色付いた。
起きてすぐに朝の挨拶をすることができるのは共に生活をしているからこそだ。
食事を一つのテーブルで誰かと摂るのは、父親と姉と生活をしていた頃ですら難しかったのに今ではほとんど毎日そうしている。
帰れば灯が点いた部屋で食事の準備をして待ってくれていたり、自分が帰りを待ちながら準備をする時もある。
朝を共にし、二人で夜を迎えて、明日もきっと同じように過ごすであろう日々はもう当たり前になっているからこそあまり意識はしないが幸せに満ち溢れていると思う。
バッツがいるからこそ他愛もなく、当たり前の毎日が特別になるのだ。

「(・・・なんてな)」

一人心の中で自己完結すると、洗濯物を終えて空になった籠を持ち、涼しい部屋の中へと戻る。
バッツの方を見ればボリボリと音を立てながらビスケットを貪っており、アイスコーヒーのグラスはすでに空になっていた。
菓子と冷たい飲み物のおかげか、何にせよ少し機嫌は落ち着いているようで、頭に結ばれた赤いリボンがリズミカルにゆらゆらと揺れている。律儀に結んだままにしているらしい。
その姿にスコールは内心笑いながらコーヒーのお替りでも準備しながら、欲しいものでも考えてみようかと決めたのだった。


♪Happy Birthday squall♪

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2013年8月23日
誕生日おめでとうスコール!!


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