夕暮れ染まる道

「スコールはさ、もう少し甘えてもいいんだぞ?」

夕暮れ染まるオレンジの中でバッツの顔がひどく優しげだった。


日が暮れかけているといっても夏は容赦なく暑い。
昼間に比べると多少はマシではあるが、それでも少し歩いただけで汗ばむし、体力を消耗する。

スコールは沢山の本が入った鞄を肩に掛けて日が暮れかけている道を歩いていた。
今は夏休みで学校はないが、それでも夏休みの課題はしっかりと出されているため、その調べ物をするために図書館に出かけた帰りであった。
インターネットさえあればそれなりに情報収集ができる時代なので家でできないこともないのだが、静かな空間で程よく人がいる方が集中力が増す場合もあるし、あまり出歩かない生活もよろしくはない。
先日の登校日に「せっかくの夏休みにそんな生活でいいのか?」と学友達に呻かれたがスコール自身はそれで満足しているし、油断して夏休み終了前後に宿題に追われたり、実力テストで悲惨な結果になるなどの困ったことになりたくはない。
今日もこのまま家に帰って一日が終わればそれでいい。
日が落ちかけてきている帰り道を歩きながら、さて今日の夕飯はどうすませようかと考えていたところで突然後ろから足音が聞こえてきたかと思えば何者かに肩を叩かれた。

「よっ!今帰りか?」

振り返れば、隣に住む高校生、バッツが満面の笑みで立っていた。
この青年とは家が隣同士であるので幼馴染の関係であった。
3歳年上のこの男に小さい頃はよく遊んでもらっていたため、兄のように慕っていたのだが、バッツが小学校を卒業した後は、共に過ごせる時間が極端に減ったためか少し距離が離れてしまっていた。
家の前で偶に挨拶はすることがあっても、こうして帰り道に会ったのは初めてだ。

「・・・何の用?」

久しぶりの幼馴染にどう接したらいいのか一瞬迷ったため、思っていたよりも無愛想な返事になってしまった。しかし、言ってしまった後にわざわざ「無愛想になった。ごめん」と謝るのもおかしい上に恥ずかしい気がしてスコールはそのまま黙るとバッツは二、三度瞬きをした後、困ったように笑いかけてきた。

「お前、会っていきなりそれはないだろ?」
「・・・・わざわざ走ってきたから何か用事があるのかと思った」
「用事がなければ話しかけたらいけないって思ってるのかよ?」
「・・・別に」

バッツとのやり取りに自分はまだまだ子供なんだとスコールは内心自身に腹が立った。
こんな風に返したいわけではないのだが、バッツの余裕のある態度に何故かもやもやしたものが心を渦巻く。
自分の態度の悪さに目に見えて怒るわけではなく、笑いながら諭すように話してくるバッツには余裕があって、幼い頃から知っている彼がすごく大人に見えたのが少し悔しかった。
スコールの心情に気付いていないバッツは頭を掻きながらスコールの態度の訳を勝手に結論付けた。

「ま、微妙なお年頃ってやつなんだな?スコールは」
「・・・何だよ、それ」
「ままま、わかるぞー。お前ももう少し大きくなったらわかるさ!」

バッツはうんうんと頷きながら、スコールの背を叩いた。
大きな手と叩かれる衝撃、そして勝手に自分を分析してくるバッツにもやもやしたものがさらに濃くなった。

「(腹立つ・・・)」

自分は同世代の学友に比べると大人びて、しっかりしている方だと思う。成績優秀もあってか、教師にも一目置かれていると感じていることがあるのに、そんな自分をバッツは子供扱いしてくる。
バッツの態度に対しても、子供扱いされていることにつまらない苛立ちを覚える自分に対しても少し腹立たしい。
眉間に皺を寄せるスコールにバッツは小さく笑うと、「立ち話もなんだから」とある方向を指差した。指差した方向にはコンビニがあった。

「せっかく久々に会ったんだからさ、丁度コンビニの前だしアイスでも買って一緒に帰ろうぜ」

つまりもう少し一緒にいる時間が長くなるフラグだとスコールは瞬時に理解した。

「俺は別に・・・」
「いいじゃないか。暑いし、たまには食べながら帰るのもいいもんだぜ?」
「いらない。一人で買いに行けばいいだろ?俺は先に帰る。」
「そう言うなよ。お兄さんが奢ってやるからさ!」

とんっと胸を叩いてそう言ってきたバッツにスコールはさらに眉間に皺を寄せた。
さり気なく回避しようとしてるのにそれに気づいているかいないかはわからないが自分のペースに引き込もうとしている態度と何よりもまた年下として扱われたことが気に入らない。
別に年長者にご馳走になることは珍しくもなんともない。けれど同年代の人間よりも大人になりたい気持ちが強い方であるスコールにとっては年が近いものに奢られるのはどうも許せないような気がしてしまう。そう感じると、考えるよりも前に口が開いてしまった。

「・・・自分の分くらい自分で払う」

アイスを食べる前提での言葉にスコールがしまったと思った時はすでに遅かった。バッツが満面の笑みを浮かべている。

「お!?アイス、やっぱり欲しかったんだな?」
「そういう意味じゃない」
「じゃあどういう意味だ?」

子供のように扱われるのが嫌なだけなのだが、それを言ったらこの男の事だ、「そんなの気にすんなよ」と軽く笑い飛ばされる。
スコールが押し黙り、大人しくなるとバッツはにっと歯を見せて笑った。
その笑顔がスコールには勝利の笑みを浮かべているように見えてしまう。

「まぁ、あんまり追求しないでおいてやるよ。さー行くとするか」
「お、おい!?」

バッツはスコールの返答を聞かずに少々強引に背を押してコンビニへと走っていく。
「やめろ」、「離せ」と何度も言ったが「まぁまぁ」と笑うだけで止まることはなかった。
こうなってしまっては止めることはほぼ不可能であることは彼の性格上容易に想像ができる。もし止めることができたとしてもかなりの労力を要するだろう。
スコールはそう判断すると渋々と言った表情で大人しくコンビニへと連れて行かれたのだった。


二人で棒アイスを舐りながら夕暮れ道を歩いていく。
なんでこんなことになったんだとスコールは心の中でため息を吐く。
昔は兄のように慕っていた存在なのに、彼が中学生に上がり、自分よりも年上であることを認識させられてからどうも存在が遠く感じてしまう。
大分前、自分がまだ小学生の時に制服を着て同世代の友人と談笑しながら帰っているバッツを見つけてしまったことがあるのだがその輪の中に自分は入ることがでいない気がして酷く寂しい思いをしたことがあった。
14歳と17歳。10代の3年の歳の差はとても大きい。
自分が知らない世界を確実に作っていくバッツを見て、それを寂しく思わないくらいに落ち着きたい。その思いが早く大きくなりたい、大人になりたいと思うようになったきっかけの一つだったとは思う。
複雑なようで単純な心境にまた眉間に皺が寄りそうになるのを抑えるためにアイスに齧りつくことに集中しようとすると半分近く平らげたバッツが話しかけてきた。

「ここ最近すごく暑いよなぁ。冷たいアイスやかき氷が美味く感じるよな」

何気なく話してきたバッツだったが恐らく会話の糸口を探っているのだろう。
こちらに視線は合わさず、あくまで自然に。
夕暮れにも関わらず肌を焦がすように熱い太陽の光に目を細めながらアイスを舐ることの方に集中しているように見えるバッツにスコールは何も言わずに頷いて返すと「だよなぁ」とすぐ返ってきた。
やはりちゃんと自分を見ている彼は食べ終えかけた当たり付きアイスの棒を凝視し、当たりかどうかを確認しながらも話すことを止めない。

「そういえば親父さんは相変わらず忙しいのか?ここ最近見てないけど」

どうやら棒ははずれだったのか軽く肩を落とすバッツに、スコールはアイスを齧って舌で転がしながら質問に答えた。

「・・・地方の仕事で週末しか帰ってこない」
「まじかよ?姉さんは?エルオーネと二人だけなのか?」
「姉さんは最近研究室に配属されたから夜帰ってくるのが遅い時がある」

父親も姉も家族を、自分を大事に思ってくれていることはわかっている。そして家族以外にも仕事や学業を優先させなければいけないこともあることもわかっている。それを少し寂しく思うことはあったがだからといって自分のために犠牲にして欲しいとは思っていない。
年齢的にはまだ子供でも、我慢や遠慮をしなければいけないことがわからないほど子供ではない。
自分を理由に二人を困らせたくはなかったからだ。
黙々とアイスを食べるスコールにバッツは「そっか」と小さく頷くと、食べ終えてゴミになったアイスの棒をコンビニの袋へ突っ込んだ。

「大変なんだな。親父さんもエルオーネも。二人がいないけど、家事は大変じゃないのか?」
「少しずつだけど姉さんの手伝いをして覚えたから平気だ」
「そっか。けど、晩飯とかは大変じゃないか?一人で食ってるのかよ?」
「食事は作り置きか弁当代を置いてもらっている。それくらい、今時普通だろ?」
「まぁ、そうだけどさ」

スコールはアイスを食べ終えると、バッツと同じようにコンビニの空き袋にゴミを突っ込んだ。
今時、一人で食事をするくらいは珍しくもなんともないだろうとスコールは内心呟いた。
小さい頃に母親を亡くしていることをバッツが知っていて心配しているのもあるからだろうが、それでも親が共働きなどで家事を手伝うことなんてざらにあるのだからいちいち気にしなくてもいいだろうとも思う。
バッツの方も父親と二人家族で、その父親も海外に飛び回っていると聞く。自分よりもむしろバッツの方が苦労をしただろうと思うのだが、こう心配されるのはやはり自分は心配されるくらい頼りなく見えているのだろうかとため息を吐きたくなった。

「じゃあさ、今日の晩飯は一人なのか?」
「今日は姉さんが遅い日だから一人で出前か外食で済ませる」
「なぁ、それなら一緒に食べないか?」
「は?」
「お隣さん同士なんだから別にいいだろ?おれ、こう見えても料理は得意だぜ?」

「何故そう話を決めてしまう」とスコールが言う前にもう勝手に決定してしまったのか、バッツはぶつぶつと冷蔵庫に残っている食材を呟き何を作ろうかと考え始めている。
自分の返答などお構いなしの少々強引なバッツにスコールは頭を抱えそうになった。

「一人で食べるから別にいい」
「そんな冷たいこというなよ。おれもおまえも一人だし、ふたりで飯を食うぐらいはいいだろ?」
「一人でも問題ない」

スコールの断りにバッツは「何故そんなことを言うんだよ」と言いたそうな表情をしてきた。

わかっていない。
心配され、気を遣われるほどもう子供ではない。
手を引かれなければ歩けもしない小さな子供ではないから気にせず放っておけばいい。

黙りこくるスコールにバッツは頭をばりばりと掻くと、うーんと唸りながら言葉を選ぶかのようにスコールに話しかけてきた。

「あのさ、問題あるとかないとかじゃなくて、スコールやおれの歳でぼっち飯なんて寂しいじゃないか。飯はさ、栄養摂取だけじゃなくてだな、同じもの食いながら話を楽しむことも大事だと思うぞ?おれもお前もひとりならなおさらだ」
「・・・別に、いつもほとんどひとりだし特別必要だとは思わな・・・!!??」

スコールが言い掛けた瞬間、バッツに両頬を摘ままれた。
むにむにと肉感を楽しむかのように伸ばしたり揉んだりされる。
いきなり何なんだとスコールは眉を吊り上げ「はにすんら(なにすんだ)!!」と抗議すると、ぱっと離された。
じんじんとする頬を押さえながらスコールがバッツを睨み付けると、バッツは少し意地の悪い笑みを浮かべてきたのでさらに怒りが増した。

「いきなりなにをするんだ!!」
「生意気なことを言うガキにおしおきだ」
「はぁ!??」

訳がわからないとスコールが頓狂な声を上げると、バッツはくすくすと笑い、頭をぐしゃぐしゃと撫でてきた。
頬をつねってきたと思えば今度は頭を撫でてくる。真意が全くはかれないバッツの行動にに「今度はなんだよ!?」とスコールが声を上げると先程の意地の悪そうな顔とは打って変わってひどく優しい笑顔でこちらをみていた。

夕暮れ染まるオレンジの中でその笑顔がひどく優しげだった。

「そんな生意気を言う必要なんかないぞ?」

優しく落ち着いた声で、まるで諭すかのように話しかけられる。

「スコールはさ、もう少し甘えてもいいんだぞ?親父さんの仕事のことや、エルオーネさんがもっと学業に勤しんで欲しいからなんでも一人でできるようになりたいと思っているのかもしれないけどさ、人は大きくなればなるほど甘えられなくなるんだ。だからお前くらいの歳は甘えておいた方がいいんだぞ?」

そう言い、バッツはスコールの頭から手を離し、視線が合わせやすいように少し屈んで、顔を覗き込んできた。

「お前が甘えた分、お前が大きくなった時、誰かを甘やかしたり、助けになってあげればいいんだよ。そのためにも、今は思う存分甘えておけよ?」

そう言われ、スコールは押し黙った。
バッツの言い方が、まるで体験談のように聞こえたからだ。
バッツは父親以外、家族がいない。その上その父親も海外に出て回り、一軒家でほとんど一人暮らしをしているような生活を送っている。
小さい頃はさすがに一人にしておけなかったからか、バッツの父親も家を空けることはほとんどしていなかったが、それでも仕事の都合がつかない時は、親同士が話をしたのか、バッツが家に泊まりに来たり、食事を摂りにやってきたりしていたことがあった。しかし、それもここ数年はそれがなかった。
バッツが自分の身の回りのことができるようになったからだろう。
幼い頃いつも頼りになる兄のようなバッツも、明るい笑顔の裏で孤独を抱え、自分と同じように誰にも頼ることなく早く大人になりたいと思っていたのかもしれない。
今のバッツの笑顔から彼が何を思っているのかは読むことができないため、あくまで想像であるがこうして自分に言い聞かせてくるということは多かれ少なかれ実体験からくるものがあるのだろう。
何事も器用にこなし、頼れる存在には見えていたが、それはあくまで表面上で自分の中のイメージを勝手に押し付けていたとすれば、彼は周りの人に頼ろうにも頼れなかったのだろうか?
そんな思いを自分にさせたくないために手を差し伸べているとしたら・・・

「バッツは・・・」
「ん?」
「子供っぽい言動が目立つし、何も考えていなさそうにみえるけどちゃんと考えているんだな」
「馬鹿にしてるのかよ?」
「別に」

スコールは鞄を持ち直すと、バッツが手に持っていたコンビニのゴミをひったくり、自分のものと纏めてるとそのまま前を歩き出した。

「おいおい、帰るのかよ?」

バッツが引き留めようと慌てて後ろから声を掛けてくる。
何か勘違いをしているらしいバッツにスコールは呆れたような表情で振り返った。

「・・・今日の夕飯、一緒にするんだろ?うちには食材がないから、スーパーに寄ろう」

そうバッツに言うと、また前を向いて歩き出す。
その後姿と先程とは打って変わって素直な態度にバッツは瞠目したが、やがて口元を緩めた。

「よし、じゃあお兄さんが何か作ってやろう。スーパーに寄って帰ろうぜ?」

バッツは小走りでスコールの元に駆け寄ると並んで歩き始めた。

早く子供から大人になりたいがため、スコールは同年代の子供と比べて聞き分けが良く、一人でなんでもこなそうとする。
その姿が自分の昔の姿と重なって見えた。
それに加えて、幼い頃は自分を兄のように慕って後ろをついてきていた彼がもうここにはいないことに少しの寂しさを覚えたのだ。
だからこそ、彼の機嫌を損ねてしまうかもしれないと思いつつも今日はしつこく接してしまった。

自分が煩わしいと思っていても、その煩わしさを与えてくれる存在はいつまでも一緒にいてくれない。それに気付いた時はもう遅いことに気付く前に彼には沢山の人と接してもらえたらと思う。
根は素直で優しい彼だからこそ、余計にそう思えた。

横目で顔を窺うと、年齢の割には大人びた雰囲気を纏い、少し小難しい顔をしている。
その姿に少し苦笑をするとそれに気づいたスコールが「何?」と言いたげな顔をしてきた。

「なんでもないさ。それよりもさ、何が食べたいか考えておいてくれよ」

まだ成長途中の背中を掌で叩くと、夕暮れの道を二人並んで歩いて行った。


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キリ番26000hitリクエスト『17歳のバッツと14歳のスコールで85』でした。

リクエストをいただいた時に一番しっくりくるのが現パロかと思いまして。
このお話のプチ設定ですが、ドルガンさんは考古学者で海外に行っている設定(生きています)。
ラグナさんは議員(若い層に人気がありそうですね・・・)でエルオーネさんは女子大生。
本編17歳のバッツさんはドルガンさんが亡くなっていたらもっと暗いと思うのですが、現代版で生きていたら多分スコール(14歳スコさんは少し生意気そうですね)と今回の話のようなやりとりが可能かと思っています。

パラレルすぎて申し訳ないのですが、これでよかったでしょうか??


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