星の丘

無数の星の中に、大切な人達を想う。

パチパチと炎が爆ぜる音がする。
その音で微睡より目覚めたバッツは一度伸びをすると既に夢の世界に旅立った傍らの相棒に視線を向け、くすりと笑った。
今日は自分にも相棒にとっても最悪な日だった。
順調に行けば今日の夜は街に着いて酒場で美味い料理と酒で腹を満たし、宿屋のふかふかベッドで夢の中に旅立っていたはずだ。隣の相棒も好物の野菜をたっぷりと盛られた桶に顔を突っ込みながら食事をし、寝台で眠らないものの雨風を防いでくれる場所でぐっすり眠っていただろう。

「途中に大きな川さえなければな・・・ごめんな、ボコ」

大きな目を閉じて体を丸めて眠っている相棒に小さく謝罪をする。
旅の遅れの原因は、道の途中にあった大きな川だった。
つい数日前に大雨が降り、増水している川の中に入って渡るのが危険だったため、回り道をするはめになったのだ。
長い旅暮らしでこのような障害は幾度となく経験してきたので今回も過ぎたことだと諦めてさっさと体を休めるのが得策だろう。
バッツは毛布に包まり、背負っていた荷物袋を枕にして夜空を仰いだ。

夜の空を彩るのは大小様々な星の大群。
街灯も家庭の明かりもなく、焚き火の炎ぐらいしか明かりが無いこの場所は小さな丘の上で星がよく見えた。
何百、何千、何万あるかわからない星の大群は果てしなく流れる大きな川のようにみえた。
夜空に浮かぶ星の大群を川に例えるなんて、まるで吟遊詩人にでもなったみたいだなと自分自身に苦笑をしながら、寝転んで星を眺めた。

野宿をすることなんて珍しくもないが、こうやって星をのんびりと意識して眺めるのはいつ振りだろうか?
何か月、何年、それすらも思い出せない。思い出せないが、何故か小さい頃の思い出が蘇る。

父親と母親が生きていた時の頃だ。

その日は久しぶりに旅から帰ってきた父親に「星を見に行こう」と夜の散歩に連れ出された。
父と母が幼く、歩くのも危なっかしい自分を真ん中にして手を引いて歩いてくれたのだ。
小さな自分が転ばないようにと、ゆっくり、そして歩幅を合わせてくれたことを覚えている。
両親を見上げると、それに気づいた二人が笑いかけてくれた。
その両親よりもさらに上。光り輝く星々。満天の星の下を大好きな二人と歩いている。
その幸せがかけがえのないものだとまだ気づいていない、当たり前であった日々が幸せだと気付くもう何年も前の事だ。

小さな子供にとって夜の散歩はちょっとした冒険で高揚する気分が抑えられずに、足が駆け出しそうになる。それを諌める両親の優しい声が自分の耳を愛撫する。

--転ぶといけないわ

--だいじょうぶ!はやくはやく!

--はは、慌てなくても逃げないからゆっくり歩け

行先は家の近くにある小さな丘だったから、幼い自分でも歩いてすぐだった。
両親と3人で丘の上から空を見上げる。見上げた空を照らす星々が普段窓から見上げるよりも近く見えて、零れ落ちるのではないかと思った。

大小様々な星を指差しながら星座の見方や簡単な占いを教えてもらった。
幼い子供にはすべて覚えられなかったが、それでも知らない世界を知ったようで熱心に話を聞いたことを覚えている。
はしゃぐ自分に母が微笑み、父が大きな手で頭を撫でた。

暫く3人で星を眺めていたが、普段ならもう眠っている時間のため大きな欠伸をしてしまい、それを見た母親がそろそろ帰ろうと促した。
眠いのに眠くないと言い張り、まだ星を見ていたいと駄々を捏ねたが、父親が苦笑をして自分を背負った。

--また、3人で来よう

窘められ、不満で頬を膨らますと二人に笑われた。
広い背中でおぶさられ、優しく髪を撫でられるとすぐにうとうとし、いつの間にか眠ってしまっていたことを憶えている。
眠りにつくまでの間も「またきたい」、「みにいこう」とむにゃむにゃと何度も繰り返したがその約束は果たされることはなかった。

もともと体が弱かった母親がこの世を去ったからだ。

母親が亡くなってからは父親と二人で旅生活を送ることになった。母親が眠る故郷を離れることにはもちろん抵抗はあった。父親が四六時中傍にいたとしても、ふとした瞬間、母と、その母と共に過ごした故郷を思い出し、涙を流した。
父親を困らせているのはわかっていたが幼い自分に流した涙を止める術は持ち合わせていなかった。そんな時は決まって父親は自分を背負って歩いてくれた。
寂しさと旅と涙を流した疲れでぐすぐすとしていると唐突に父親が上を見上げながら話しかけてきた。

--バッツ、見上げてごらん?

父親に促され、上を見上げると、暗い夜空に幾千、幾奥の星が輝いていた。
旅生活で夜は星を見る余裕がないほど疲れて眠っていたため久しぶりに見た星だった。
星を眺めると、先ほどまでぐずついていたことなど忘れその輝きに魅せられてしまった。

--きれいだね・・

ぼんやりと呟くと父の背中が揺れた。笑ったのだとわかった。

--だろう?暗い夜空が星の輝きを際立たせてくれている

--うん

父親の背に乗り、揺られながら上を見上げていると父親は穏やかに話を続けた。

--空の星は、亡くなった人達が天に昇って灯を灯してくれているからだ。ここにいて見守っているってわかるようにな

--みんなそうなの?

--ああ、そうだ

--・・・母さんも?

--もちろん

優しさとほんのわずかに寂しさを感じさせる父の声に改めて空を見上げる。
父親の温かな背と輝く星を見ていると寂しさはいつの間にか薄らいでいた。

人は皆、死んだら星になると父が教えてくれたその日から、旅の途中で空を眺めることが多くなった。
父親と、多くの輝きの中にいる大切な人が見守ってくれているのだと思うようになってからは涙を流すことが少しづつなくなっていった。
涙を流すことが少なくなっていくにつれて、寂しさを紛らわせるために夜空を眺めることも自然となくなっていった。
幼かった自分も成長して少年になり、いつの間にか青年と呼ばれる年齢になっていた。
旅生活が当たり前になり、少しずつ年老いていく父親と共に旅を続けていた。
成長していく自分を見た父親が幼い頃が懐かしいと苦笑をすると、自分はまだまだだよと笑い返す。
そんな日々が続くと思っていたが、その父親も3年前にこの世を去った。

母も父もここにはいない。

幼い頃はただ純粋に辛くなったら星を眺めればいいのだと思っていた。
父親が亡くなった後、幼い頃のことなど忘れて意識をして夜空を眺めたことなどなかった。
幼い頃とは違い、涙を流すことはないが、それでもどこか孤独を抱え、寂しさを感じないことなどなかった。


「(すっかり忘れていたな・・・)」

バッツは星を眺めると、ほうっと息を吐いた。
もう一人と一匹で旅をすることが当たり前になったこの時に思い出すとは思わなかった。
星を眺めることで亡き人々を思い出し、寂しさを紛らわせるほど自分はもう子供ではない。けれど子供ではないからこそ孤独を抱えて生きていくことができるのだ。

「(・・・まぁ、完全に孤独とはいえないけど)」

隣で眠る相棒を見ると、器用に丸く眠っていてまるで黄色のクッションのように見えて苦笑する。
その相棒ともいつかは別れがくるだろう。

生きとし生ける者はいつまでも共に居られるわけではない。
その別れが来るのは明日かもしれないし、何年、何十年先かわからない。

星空の下で幼い頃の思い出と言葉を思いだしながら、僅かに疼く胸を押さえる。
もう子供ではないけれど、見守るかのように輝いているように見える星の下で一時の優しい時を・・・。


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8月2日バッツさんの日にて(実際アップしたのは8月3日ですが・・・遅刻してすみません;)
良く笑い、子供っぽく見えるバッツさんですがその裏で孤独を抱えて生きていると思っています。


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