あたたかな毛布

しんしんと雪が降っている。
月明かりに反射するそれはまるで空からこぼれ落ちる宝石か水晶の欠片のようで神秘的で美しい。これが吹雪などの大雪であれば、このように例える余裕もなかっただろう。
スコールは着ていた外套の首元から冷気が入らないように整え直すとほうっと息を吐いた。
今夜の雪は積もるほどではないものの、それでも雪が降るほどなので気温はかなり低い。吐く息は白く、素肌を撫でる風は冷たく、刺すように痛い。
それなのに外にいるのは敵からの奇襲がないともいえないため見張りを行う必要があるからだ。
今夜の見張り当番の一人であるスコールは寒い夜空の下で焚き火に当たり、時折薪をくべながら見張りを続けている。
ちらちらと小さな火花が弾けて舞う焚き火はとても穏やかな気持ちにさせてくれる。暖かな色合いの炎を眺めながら、数日前から今日までのことを思い出す。
つい先日まで、スコールはバッツとジタンの3人で春を思わせる気候の世界を旅していた。ぽかぽか陽気に咲き乱れる花。時折吹く強い風。厳しい旅路の途中とはいえ、その光景は心を和ませ、ひとときの穏やかな時間を与えてくれた。
しかし、そんな世界に浸っているわけにもいかないため、別の空間へと移動しようと偶々見つけた歪みの中に飛び込んだ途端、180度変わって冬の季節。
すぐさま上着を閉じ、持っていた毛布や途中偶然見つけた厚めの外套を身に纏って何とか堪えたものの、重い装備と厳しい天候に進む足はお世辞にも速いとは言えず。唯一の救いは、この環境下のためかイミテーションに未だに遭遇していないことであった。戦うことで体を疲労させ、傷を負わなかったことは不幸中の幸いだった。ただ、欲を言うならばもっとましな世界に降り立つことができればとは思ってはいるが。
複数あるパズルをばらばらにし、一つの箱にまぜこぜにしたようなこの世界で、落ち着けたことなんてあまりなかったな、とスコールは心の中で一人呟くと、後ろに控えていた天幕が開き、中から金の髪を揺らした少年が柔らかい笑みで交代すると告げてきた。

「・・・ジタン」
「そろそろ見張り、交代しようぜ。」
「もう、そんな時間か?」

首を傾げつつ呟くスコールにジタンは苦笑しながら頷き、自分の分の外套とさらにその上に毛布を羽織りながら天幕の外へと出、スコールの傍へとやってきた。

「もう日付が変わるくらいの頃合いだぞ?働き者なのはいいことだけど、自分の体を休めるためにも、きちっと確認しろよな」
「ああ・・・すまないな」

この世界に来てから敵が向かってこなかったためか少し気が抜けて、時間を確認するのを忘れていた。どうやら思っていたよりも時間が経つのが早かったようだ。
ジタンはスコールが座っていている場所を開けるようにと片手を振るとスコールもそれに従い、立ち上がる。スコールが開けてくれた場所には椅子代わりしていた丸太あり、ジタンは「お、天然の椅子か?」とにっこりと笑うと迷わずに座り込んだ。

「寒空の中、お疲れさん。あとはオレに任せてゆっくり休んでくれよ」
「そうさせてもらう」
「んじゃ、おやすみなー」

ひらひらと手を振るジタンにスコールは小さく頷くと、天蓋を開き、中へと入った。
天蓋の中は風が当たらない分外よりも幾分かマシではあるがやはり冷える。スコールは小さく身震いをすると、天蓋の開きを閉じ、風で開かないようにと紐で固定をしておいた。
建物の中ならドアを閉め、鍵をかけるところなのだが、天蓋なので紐で結ぶことくらいしかできない。外にいるジタンが入るかもしれないことを考え、軽く結ぶ程度にしておくと、布擦れの音がしたためか、中で先に休んでいたもう一人の仲間であるバッツがもぞもぞと毛布から顔を出してスコールの方へと視線を移してきた。

「お〜お疲れさん」
「ああ。すまない、起こしてしまったか?」

音をあまり立てないように気を遣ったつもりだったのだが、起こしてしまったのなら申し訳ないとばかりにスコールが謝るとバッツは小さく笑みを零し「いや・・」と首を振ってきた。

「今日はちょっと眠りが浅かったんだ。気にすんなよ。」
「それならいいが・・・」
「そんなことよりも、外、寒かったし、疲れただろ?さっさと着替えて毛布に潜り込めよ?」
「ああ、じゃあそうさせてもらおう」

頷き、着ていた外套を脱ぐと寒さで背筋がぞくぞくとした。バッツの言う通り、早く毛布に潜り込んだ方がよさそうだ。
スコールは毛布に潜り込むと、なるべく暖かくなるようにと自分が着ていた外套を毛布の上にさらに重ねた。
入ったばかりの毛布は少し冷えるが、じきに温まるだろうと言い聞かせて体を丸めるとバッツは小さく笑い、スコールの方へ体を横に向けてきた。どうやら話がしやすいように体勢を変えたようだ。

「今日は冷えるよなぁ・・・毛布を二枚掛けても少し寒いし」

まるで蓑虫のように毛布を体に巻き込ませながらバッツが呟くとスコールも頷き返す。

「そうだな。上着を着て、焚火をしていても寒かったからな」
「雪がそんなに降らなかっただけましだけどな。降りすぎたらこのテントじゃ耐えられないよ」
「ああ・・・明日はこの断片を抜けられるといいな。もう少し、暖かいところがいい」
「だな」
「・・・」
「・・・」

これ以上話すことが無くなってしまいお互い無言になる。
始終一緒にいるため一日どのようなことがあったのか大体わかるため話すことなど限られている。その上、体を休めなければいけない時にわざわざ話し込む話題なんてほぼない。
今夜はさっさと休み、明け方にジタンに仮眠を取らせられるように、自分の体を休めなければとスコールはもう寝ることを告げようとしたところで、バッツがおずおずといった様子で先にスコールに話しかけてきた。

「・・・なあ」
「なんだ?」
「・・・スコールはまだ、寒いか?」
「さっきまで外にいたから少し、な」

バッツが聞いた通り、先ほどまで外にいたためまだ毛布の中は少し寒い。
元いた世界なら電気やガスなどのエネルギーを使って室内や衣類、毛布類を温めることができるが、今いる世界はあまり文明が発達していない世界でましてやここは外である。贅沢など言っていられる状況ではないので自分の体温と重ねた毛布と外套などで何とかするしかないのだが、これが中々温かくならない。
いきなりなんだ?とスコールが眉を顰めると、バッツは目を少し泳がせながらさらに問いかけてきた。

「なぁ」
「今度はなんだ?」
「・・・こっちこない?」
「は?」

バッツが何を意図していっているのかわからず、頓狂な声で聞き返すと、バッツはもぞもぞと体を動かしながら更にスコールの傍に寄ってきた。

「いや、だからさ、その・・・おれの毛布に入って温め合わない?」
「・・・あんた・・・」

若干顔を赤くして、呆れたような恥ずかしがっているような表情と声で聞き返したスコールに今度はバッツが首を傾げたが、すぐさま彼が何を考え、そして勘違いしているのかを察し、慌てた様子で首を横に振った。

「・・・あ、あやしい意味じゃなくてさ、もうちょいくっついて一緒に寝たらどうかなって。おれ、見張りがなかったから結構な時間毛布に包まっていたから十分温まってるし、この毛布、結構大きいから男二人でも・・・」

少し頬を紅潮させ、照れからなのかあれこれと理由付けをしながらスコールに説明していくと、どんどん恥ずかしさが増してきた。
自分は一体何がしたいのか、何が言いたいのかわからなくなってきてしまい、言うんじゃなかったかと後悔さえしてきた。
言い訳がましく話す自分をまじまじと見つめてくるスコールの視線が痛い。居た堪れない。
スコールとは想いを通わせあっており、関係もそれなりに進んではいるものの、大抵はその場の雰囲気や言葉に出さずにお互い察して行動することが多いため、言葉にすると普段以上に恥ずかしくなってきた。

「・・・ごめん、いきなりびっくりしたよな?嫌ならはっきり」

言い掛けた時にいきなり影が落ちたかと思ったら、スコールが体を起こしてきたようだった。スコールは無言でバッツが包まっている毛布を掴んで開くとその中に体をすべり込ませてきた。
開いたことで一瞬外気が入って体が震えたが、すぐさまスコールは自身が使っていた毛布をお互いの体に被さるようにと掛け直して外気が入らないようにし、そのまま横になって身を落ち着けた。

「甘えさせてもらう」
「あ、お、おう」

普段大人しいスコールがいきなり体と体が密着するほどまで寄ってくるとは思わなかったので吃驚はしたが、素直に甘えてきたと思われる行動に自然と笑みが零れた。
寂しがりで弱いところを隠したいが故に他者に接することなく一人で居たがることが多い彼が多少ぎこちないとはいえ自分にだけにそのような姿を見せてくれるのは正直嬉しい。
もっと温かくなるように額と額が合わさるくらい、互いの吐息がかかるくらいに密着をすると、体以上に内側が温かくなっていくように思えた。

「な、あったかいか?」
「・・・ああ、あったかいな」
「だろー?お前が見張りしてる間もこれに包まってたからな。って、お前、手、すごく冷たいじゃないか?」
「・・・手袋はしていたのだが」
「こんなに冷えたら痛いだろ?」

偶然触れた手を取り、両手で包み込む。
包み込んだバッツの手は、スコールのものよりわずかに小さいが、少しごつごつとして、指が太かった。
旅生活を送っていたと言っていたのでその生活によるものなのだろう。とても温かく、安心させてくれる手だった。

「・・・あんたの手は、温かいな」
「はは。ならよかったよ」

柔らかく微笑みながら手を、身体を温めてくれるバッツに心にほんのりと炎が灯る。
冷えた体を温めようとしてくれる想い人が愛おしい。
温かな毛布の中に二つの体と心が寄り添うとこれほどまで温かくなるのだろうか。
この世界に召喚され、一人だった自分にいつの間にかここまで近くいてくれる人と出会えたことは奇跡ではないかと思う。
ただ嬉しい。ただ愛おしい。
今だ自分の手を包み込んでいるバッツにスコールは「もういい」と言うと、そのまま彼の身体を組み敷いた。
どうやら、灯った炎がどんどんと燃え上ってきたことを自覚しながら、スコールはきょとんとした表情を浮かべるバッツの頬に軽く口付ると、そのまま耳元で囁いてきた。

「バッツ」

バッツの方は両手共に指を絡め、熱っぽい瞳で自分を見下ろしてきたスコールに驚いたものの、すぐに何を言わんとしているのかが察することができた。

「もう少し、温まらないか?」

頬に口づけされるかされないかまで顔を耳元に近づけ、深みのある声で囁いてきたその言葉に「やっぱり」と心の中で苦笑する。
スコールの誘いも中々魅力的であるし、その願いを叶えてやりたいとも思うのだが、ここは野外でテントの中。それに、外には不寝番に徹している大切な仲間もいるのだ。そんな状況で事に及ぶのはよろしくはないだろう。
バッツは小さく笑うと、スコールの指が絡んだ手を解き、指先で唇に触れた。
スコールの方もバッツが何を思っているのか読み取ったらしく、不満そうな顔をして彼を見つめいている。
まるで玩具を取り上げられた子供のようだとバッツは心の中で笑うと、声を潜めてスコールからの誘いを断った。

「だめだ。外に聞こえる」
「声・・・」
「だめだ」

声を我慢をすれば大丈夫だろうと言いたかったのだろうスコールの言葉を言い終わらせる前に両断した。
そう言われても途中で我慢をさせることを忘れて攻めてくることが安易に予想できる上にどんなに頑張ったところで声を完全に抑えることなど不可能であることは承知していた。
眉間に皺を寄せて、さらに不満顔になったスコールの背を優しく叩くと、さっさと横で大人しく寝ろとばかりに体を自分の横に押して促した。
スコールの方も無理やりとまでは思っていなかったのだろうが、それでも渋々といった様子でバッツの横に戻ると、バッツはすかさずスコールの懐にすり寄り、胴体に腕を回して、まるで抱き枕でも抱くかのようにぴったりと身体を密着させた。

「今日はこれで我慢な?もう少し、落ち着いた場所で建物にでも当たったら、な」

そう言い聞かせ、少しだけ皺が寄った眉間に意外に柔らかい頬、そして唇と口付けていくと、頬に手を添えられてお返しをされた。
仏頂面で何度も繰り返される口付けからどうやらかなり不満であることが見て取れる。
他の仲間達の前では聞き分けがいい、大人びた少年の彼が見せる子供っぽい姿に笑いそうになりながら、口付けの雨を素直に受け止めたのだった。



「(全部丸聞こえなんだけどなぁ〜・・・)」

バッツとスコールの会話が止むとジタンは小さく喉を鳴らして笑った。当人たちは気付いていないようだが、自分が出て行ってからの会話がすべて聞こえていた。盗賊で、大人数での旅暮らしをしていたため、会話を聞き取る能力に長けていたためだからだろう。今回自分の能力が厄介なものだと初めて思った。
恋人同士の会話を盗み聞きするつもりはなかったが、敵襲がないか見張りをしている状況で耳を塞ぐわけにもいかず、仕方がなくそのまま聞き流していたのだ。

「(・・・よろしくし始めたら、聞こえないところまで離れるつもりだったけど・・・いやいや、甘いねぇ・・・)」

甘い空気が流れ始めた時、さすがに二人の営みを聴くのはまずかろうと思い、席を外そうとしたら、バッツがそれを窘め、スコールも渋々のようだったがそれに従っていた。
二人の会話からどうやら自分に聞こえたらまずいと思ってのことだったようだが、「もう遅いんだよ」と笑いそうになった。

「(オレもちょーっとひと肌恋しくなっちまうかもと思ったけど、ここまで仲良くされたら笑うしかねぇな・・・)」

苦笑をしつつ、焚火にあたる。
炎が揺らめき、指先がじんわりと温かくなる。しかし、それ以上に束の間の世界で出会った大切な友人達のささやかな時間が心を温かくしてくれる。
互いに想い合う同士が、愛し、愛されることはいいことだと思う。いつか別れが来るのなら、後悔しないように、限られた時だとしてもでなるべく心穏やかに過ごしてもらいたい。
不確かな世界の中で数少ない確かなるものは当人同士にとっても、第三者である自分にとっても不安を忘れさせ、張りつめた心に一時の安らぎを与えて優しい気持ちにさせてくれるものであると思っているから。

耳を澄ませると、二人の会話が聞こえなくなっている。どうやら大人しく眠ったようだとジタンは柔らかく笑みを浮かべた。

「(おやすみ、お二人さん)」

むず痒くて、呆れそうになるくらい純粋に愛し合い、そしてほんの少し不器用な二人に優しい眠りの時間をと祈りつつ、ジタンは自分の身体に巻きつけた毛布を整えたのだった。

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25000hitリクエスト『天幕外にいる9に気付かずにいちゃこいている85』
天蓋の中でぬくぬくとしている85を想像してしまいまして。
翌朝、ジタンにからかわれるといいかと思います。


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