Blaue RosenU -2-

ベベルまでの道のりは川を渡るための渡し船以外は徒歩であった。
馬などの移動手段もあることにはあるが金がかかることと、旅慣れたバッツと人並み外れた体力があるスコールは端からその選択肢はなかった。
訪れる土地の風景や気候を五感すべてで感じながら歩くのも旅の醍醐味だろうとバッツが笑うと、あまり表情は変えなかったがスコールも小さく頷いたのでバッツはさらに笑顔になった。

ただ、体力はあるが、長く屋敷を空ける遠出は久しぶりだったスコールにとってこの旅は戸惑いの連発であった。
天気を予想し、その日の行程を地図を見ながら決めて進むこと。野宿でもどうすれば体に負担が掛からずに休むことができるか。手早く野営の準備を行うことや荷物を纏める方法に武器の手入れの仕方。縄の結び方に大きな風呂敷の活用方法。星と四季の関係と星座の見方。
これらの知識は昼間は屋敷で過ごし、夜に住んでいる土地を脅かす者がいないか見回りをする生活では得られるものではないので、そのひとつひとつを教わることは楽しいとさえ思った。
対するバッツも真面目に話を聞き、吸収が早いスコールに教えるのが面白くなり、自分が知っていることを話して聞かせ、彼の質問の一つ一つを丁寧に答えた。
屋敷ではジタンと自分が話すのがほとんどなので、スコールは話は聞くものの、会話に熱心に参加する方ではなかった。だが、こう二人で一日を過ごせば話す相手は互いしかいないため平常に比べて話す量は自然と多くなる。
話しかければスコールは話をしてくれる。他愛もない話をすることが楽しかった。


屋敷を出発してから数日後、山道を歩いていた時に、バッツは何かを見つけたらしく、小走りに先を走ると、やがて小さな歓声を上げて遠くを指差した。指を指した先に何かを見つけたことに喜んでいるようだ。

「街が見えてきたぞ!ほら、見てみろよ」

バッツに手招きで誘われ、スコールは歩いて傍に寄り、指差す先に視線を向ける。彼が言った通り、壁に囲まれた街が見えた。

「あれぐらいの大きさなら、物資の補給にも困らないし、宿もありそうだな・・・」
「ああ。それほど大きくは無いけど小さくもない。あともう少し歩けば大きな街道にもでるから、そこそこの宿屋はあるだろうなぁ」

久しぶりに寝台の上で横になってぐっすり眠れそうだとスコールに笑いかけようとしたところで、彼が複雑な表情で街を見下ろしているのに気がついた。
元々人ではあるが、人からすれば魔物であるためスコールは余程のことがないかぎり人や人がいる場所には近付かないとジタンから聞いたことがある。元人間である自分が人に恐れられ、人を傷つけてしまうかもしれないことを恐れているようだった。
そして、何よりも人外の者の手によって目の前で家族を失うという痛ましい過去が自身を縛り付け、満たされていた時をなるべく思い出さないようにするためにも人が集まる場所になるべく近づかないようにしていたのだろうか?
旅に出ることを嫌がってはいなかったものの、いざ人の集まる場所に赴くという行為は彼にとってはかなり勇気がいることなのだろう。

「・・・緊張するか?」

無言で街を眺めているスコールにバッツは声を掛けると、彼は数秒後「まあな・・・」と小さく頷いてきた。
補給したいものもあるので街には立ち寄らなければいけないが、無理に泊まる必要はない。用事だけ済ませて、さっさと離れても問題はないだろうと、今回は通り過ぎるだけにしておこうかと提案したが、スコールは首を横に振った

「・・・ベベルという街に入るなら、少しは慣れておいた方がいいだろう。姿がほぼ人だから気付かれることもない。・・・あんたも言っていただろう?」

確かに出発前にそういったものの、スコール自身が不安に思っているのなら別に無理をする必要はないとは思うのだが。
だが、スコールはスコールでバッツを気遣ってか、それとも過去と対人の恐れを克服するためなのか街を通過するという選択肢はなさそうだった。
それなら、避けようと言い続けるのもよくはないだろう。

「・・・そうだったな。正直屋敷の生活に慣れちまったから、そろそろふかふかベッドで眠りたいと思っていたんだ」

彼の気持ちを少しで解そうと努めて明るく言い放つと、スコールは出発しようとばかりに背負っていた荷物を持ち直した。

「なら、答えはひとつだ。寝心地のいい寝台がある部屋もいいが風呂か、せめて温かい湯で体の汚れをゆっくりふき取りたい」

背負った荷物と服の埃を払い落としながらつぶやくスコールにバッツは破顔した。
身なりをきちんとしている彼だから、沐浴や固く絞ったタオルなどで体の汚れを取るだけでは耐えられないのだろう。
今の言葉から彼は休むことよりも身体を清潔にしたいと心底願っているようだ。先程街に入ることを躊躇っていた者が言うセリフではないなと大笑いした。

「はは、そうだな!たしかに温かい湯に浸かりたいよな。よし、じゃあ行くとするかな」

荷物を抱え直すと、スコールはなるべく口元が目立たないように服の襟を直して頷き返した。
どうやら牙を気にしているのか口元を少しでも目立たないようにするためらしい。
大きく口を開かない限り見えない牙にそこまで気をつけなくてもいいと思うのだけどなぁとバッツは思うが、それでも当人は不安なのだろう。バッツは苦笑をすると、「行くか」と声を掛け、彼が歩みやすいように導くかのように一歩先を歩き出したのだった。



街道から近い街は、立ち寄る人の数が多いのか、旅籠や酒場などが何軒かあった。
最初は身を守るかのように身を固くしていたスコールも、旅人が珍しくもない街のため自分が怪しまれてじろじろと見られる心配がないとわかると、話はしないものの少しは慣れてくれたようだった。
二人でその日の宿を求めて探し、数件の旅籠を見て回った後にその内の一軒に決め、番頭に人数と予算を伝えると寝台が2つある部屋へと案内された。
簡素ではあるが、洗濯されて清潔なシーツと柔らかな寝台にバッツは外套を脱ぎ捨てると勢いよくそこに飛び込んだ。
弾む体とさらさらのシーツに目を細め、ごろりと横になりながら、旅の疲れを癒した。

「久しぶりにベッドで眠る気持ち良さを感じることができるのも旅の醍醐味だよな〜。今日はゆっくり眠れそうだ」

普通に暮らしているとその有難味がわからないと笑う。
そう笑ってはいるものの、数日間共に旅をしてきて、目の前の男は眠りは浅いがしっかり休んでいたと思うのだが、とスコールは心の中で突っ込みを入れる。
人ではないため、多少のことではあまり疲れることは無い自身はともかく、いくら旅慣れているとはいえ、久しぶりの旅生活にも関わらずバッツは歩みを止めることはなかった。見かけは普通の青年だが意外に人並みはずれた体力の持ち主なのだろう・・・とスコールはベッドに横になっている彼を改めて見据えた。
どうやら枕のいい位置を見つけようとしているらしく、寝ころびながら何度も頭をうずめてはずらしてみたりして確認するのに夢中のようだ。
どのような状況でも楽しみ、すぐに順応してしまう逞しさに感心しながらスコールはバッツが投げ出した荷物を彼の寝台の脇に置くと、その横の寝台のすぐ傍に自分の荷物を置き、外套や衣服の埃を払ってから寝台に腰かけた。

「スコールはきっちりしてんなぁ。羽目外してもいいんだぞー?」

寝台に寝ころんでいた体を起こし、今度は枕をクッションにしながら声を掛けてくるバッツに、スコールは溜息をついて首を横に振った。

「横になるのは体の汚れを落としてからだろう・・・」
「まあ、その方が清潔だけど、ふかふかベッドを久しぶりに見たらこうしたくなるだろ?」
「・・・俺は別に後でいい」
「そう?・・・あ、そうだ、晩飯だけど、ここの宿屋は食堂で食べるか部屋に運んでくれるってさ。スコール、飯食わないから部屋に運んでもらって、おれがもらおうと思うけど、どうする?」

たった一日とはいえ、スコールが怪しまれないようにと本当は外食で誤魔化そうと思っていたのだが、部屋を取った後にそう言われてしまい、どうにも断りづらかったので、部屋で食べると伝えたのだ。
スコールは埃を落とした上着をハンガーに掛けながら、「ああ」とそっけなく返してきた。

「俺は食事を口にすることができても消化ができないんだ。あんたは細い割にはよく食べるからな。そうしてくれ」
「おう。・・・口にすることはできるってことは少しは食べれるのか?」

以前、ジタンから食べはしないが、少しならいけるのではないかと聞いたことはあるのだが、水などの飲み物を飲むことはあっても、食べているところを見たことがなかった。
消化ができなくとも少しは口にしてもいいのだろうかと思い、元人である彼に少々聞きづらいことだと思ってはいたが問いかけると、スコールは少し眉根を寄せてバッツの問いに答えた。

「先ほども言ったが消化ができないから量が多い場合は吐きださないといけないんだ。それに、人でなくなってから、味がわからなくなくなってしまった。どうしても人前で食べないといけない場合は誤魔化すためにそうするが・・・できるだけそうしたくはない」

少し口にすることができるなら、今日の食事もどうだろうかと思ったのだが、食事を摂ることは、スコールの先程の表情から少々辛いことのようなので、自分が頂いた方がよさそうだ。

「わかった。少しは食べれるなら、晩飯も少しくらいなら一緒にって思ってさ。聞いちまってごめんな?」
「気にするな。仕方がないことだ。共に食事を楽しむことができなくてすまない」

スコールはそう言い、首を振ると、寝台から立ち上がり窓辺へと歩いていく。
宿からの景色でも眺めるのだろうか?そろそろ日が沈むから、黄昏色に染まる街を見るのもオツだろうと、自分も寝台から降りると、スコールは景色を見るのではなく、窓の開閉を確かめただけで景色を眺めず、振り返ってきた。

「・・・夜になったら少し外に出ていく」

どうやら窓辺に寄ったのは、窓から外に出れるかを確かめるためだったようだ。
屋敷にいた時は、数日に一回、夜の見回りとしていたから、その習慣が抜けないのだろうかと首を傾げる。

「見回り代わりの散歩でもするのか?」

怪しまれないように気をつけろよ、と言おうとしたところで、スコールは言いにくそうに瞳を逸らした。

「・・・そろそろ摂取しておきたいんだ」

急に言われたため最初は何を言っているのかわからなかったバッツだったが、すぐに彼が言いたいことを悟った。"摂取"とは、血を吸うことなのだろう。
吸血鬼であるスコールは定期的に生物の血を吸血しないと生きていけない。
だが、それ以上に彼は生きていけないということよりも、血への渇望や飢餓状態から見境なしに人を襲うことを避けるために血を摂取しているようにも見えていた。
思い出せば、旅を開始して、彼は自分の傍を片時も離れたことはなかったため、少なくとも出発してからの数日間は吸血をしていないのだろう。

「そういうことか」
「すまない。この街は出てすぐが森だから・・・一時間もかからないうちに戻れるとは思う。疲れているなら先に休んでいてくれても構わないが、窓の鍵だけ開けておいてくれ」

昼間歩いた街へと続く道のすぐ傍は森なので、野兎か鹿などから血を頂こうと思っているのだろう。人を軽く凌駕するスコールなら、道を外れれば見つけるのはそうは難しくないだろう。そう思うのだが・・・。

「・・・あのさ」
「なんだ?」

話は終いだと思っていたのか、窓からの景色を眺めようとしていたスコールにバッツは声を掛け、少々躊躇った後にある提案を持ちかけた。

「おれのでよければ、吸血してくれてもいいぜ?・・・ジタンから、お前は普通なら"小食"だって聞いたから」

スコールから今まで二回血を提供したことがあるので、吸血がどのようなものなのかはわかっている。
ジタンからも、スコールは余程の事がない限り、人の血を吸うこともないし、少量で事足りると聞いていた。
二回目は、スコールが飢餓状態だったため、生死をさ迷うところまで血を吸われたが、一度目はある程度加減をしてくれていた。
ジタンの話と経験から、彼が正気なら、血を吸い尽くされることはまずない。
噛まれた箇所に傷はできるが、服で隠せるところにすればいいだけなので、他人に怪しまれることはないだろう。
ただ、吸血中の酒に酔ったかのような、やたら気分が良くなるのは困りものだが、一晩眠れば元に戻っていたので、血を吸われている時限定と思えばなんてことはない。

こちらを窺うかのようにそう言ってきたバッツにスコールは一瞬大きく目を見開くと、すぐに首を横に振った。

「悪いが、本当に動物でも大丈夫だ。これから旅をするのに、あんたの身体に支障をきたすかもしれないことはしたくはない。・・・必要でない限りは人の血を吸いたくないんだ」

真っ直ぐ見つめながらスコールは断りと入れると、バッツは「そっか」と小さく呟いて笑いかけた。

「わかった。けど、お前も無理はしないでくれよ」

多少の事なら何でもないのだからとバッツは笑うと、スコールは視線を逸らし扉へと歩いていく。何処へ行くのかと問うと、体の汚れを落とすために湯を調達してくると答えた。
街に入る前は人と接するかもしれないことに躊躇いを見せていたが、少しは慣れたのだろうか、それともこの場を少し離れたいのか・・・恐らく後者だと思われる。
スコールは背を向けたまま、部屋を出ていくと、バッツは小さく溜息をついて、寝台に再び横になった。
自然と天井を見上げる体制になる。星空ではない、部屋の天井を見上げながら就寝するのは久々だ。

昨日まで星空の下でスコールと話をしながら過ごしていたのに、何故かそのことが急に懐かしく感じる。
原因はわかっていた。スコールに、吸血を断られたことだ。
スコールが少しでも助かるのなら、そうしてもらっても構わない。少しでもスコールの力になれればと思っている自分がいることをバッツは自覚していた。
先日のジタンとスコールとのやり取りに、少し疎外感を感じたからだろうか?スコールの気持ちを汲み取り、背を押して明るく送り出したジタンが少し、羨ましいとさえ思う。数十年も共に暮らしてきたからこそできることなのだろう。
旅暮らしの自分からすれば、二人は共にいる時間が長い部類に入るのだが、それでも、一年にも満たない。
数日前から共に旅をしていて、彼が知らないことを教え、話をすることがとても楽しかった。けれど、先ほどの彼の避けるかのような態度に、その思い出が少し、萎んでしまったような気がしてしまう。
彼が自分を気遣っていることも、元は人であるからなるべく人から外れたことを、人を糧としたくはないのだということもわかっている。わかっているのにあんなことを言ってしまったのは、自分でもわからなかった。
そして、それを断られたことに、少し苦いような、残念なような、気分が落ち込んでしまった。

「(・・・断ってくるとわかることなのに、なんであんなこと言っちまったんだろ・・・)」

断られると分かっているのに、断られて落ち込んでしまっている自分自身に、なんて馬鹿なんだと呆れてしまう。
旅暮らしで、他人との距離の取り方は上手い方だとは思っていたのだが、他人と長い時間を共に過ごすことはなかったためだろうか?それならジタンも該当するのだが、何故だろうか?

答えが出そうにもない、疼きを押さえようと、また一つ溜息を吐いた。


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