Blaue RosenU -1-

陽光が燦燦としている。

夏の日差しは四季の中で一番明るく強い。

子供たちは汗だくになりながらも笑い声を上げて日が暮れるまで遊びまわり、大人たちは気温の高さに辟易しながらも自然と気分を高揚させてくれる季節に腕をまくりあげ、だらしないと自覚しつつもシャツの前を寛がせるなどして仕事に精を出している。

日差しだけではない。
陽炎と蝉の鳴く声、濃い緑の木々の影は一年で最も暑い季節の訪れを感じさせてくれる。
中でも夏の季節の代表である向日葵の花は、日差しが強くなればなるほど、鮮やかな濃い黄色の花を咲かせ、太陽を象ったかのような花に相応しく、明るく、華やかだ。

此処は向日葵畑。

大輪の黄色い向日葵が咲き乱れており、上空から見れば黄金色の絨毯が一面に広がっているような光景だろう。

その向日葵の群にまるで身を隠すかのように一人の少女が蹲っていた。
素肌に玉のような汗が吹き出し、白い肌が日光にさらされて火傷のような日焼けをしそうになっているにも関わらず、彼女はそこにとどまっていた。
流れる汗など今の少女には気にもならなかった。なぜなら、瞳から大粒の涙が零れている。

ぽろぽろ、ぽろぽろ。

水晶のように透き通った涙は頬を伝い、やがて地面に落ちて、吸い込まれるかのように消えてなくなっていく。
けれど彼女の嗚咽は止むことなく、続いている。
小さな体を丸め、震えている。止まらない涙とあふれ出る感情を少しでも落ち着かせようとしているのだろうが、効果はないようだった。

突然、しゃくりあげて一人で泣いている少女の肩に手が置かれる。
大人の手ではない。少女と同じ大きさの小さな手だった。

泣き腫らした瞳で少女が見上げると、咲き乱れている向日葵に負けない明るい笑顔の少年が少女を見下ろしていたのだった。









「そろそろ旅に出ようと思うんだ」

就寝前の談話中にバッツが突然切り出すと、彼の目の前に座っていたスコールとジタンは目を見開き、互いに顔を見合わせ、そしてバッツの方へと視線を戻した。
ジタンは手に持ったホットミルク入りのカップを口元に持っていく途中だったらしく中途半端にカップを傾けながら、スコールは手に持っていた本の次のページを開こうとした手を途中で止めてこちらを見ている。
目を丸くして自分を見ている二人にバッツは苦笑をしつつ、窓の外を一度見て、再度二人に視線を戻して話を続けた。

「もう春だろ?大分暖かくなってきたし、風も穏やかだ。そろそろさ、他の土地に行ってみたいかなって思ってさ」

バッツが此処に来たのは昨年の秋のことだった。
旅暮らしの途中、ある事情でスコールに連れてこられ、色々と事情が重なりに重なってしまい、この冬はスコールとジタンが住むこの屋敷に世話になった。
冬の旅は危険であるため、春先になったら此処を出て旅に出るつもりではいた。
スコールもジタンもそれは承知であったはずなのだが、数か月とはいえ、日常を共にするのは当たり前になりつつある存在の急な出発予告に二人とも驚きを隠せないようだった。

スコールは読んでいた本をテーブルへ、ジタンはホットミルクを一口飲み、カップを両手で包み込んで、話を聞こうとばかりに椅子に座りなおしている。
そんなに重大発表だろうかとかなりの心配性らしい二人の人外の者にバッツは話を続けた。

「ごめんな、寛いでる最中にさ。もう去年の傷も完治したし、リハビリがてら大体1ヶ月から半くらい出てみようと思ってて」

そのままお別れするつもりはないことを告げると、ジタンは安心したかのようにほっと息を吐き、スコールの方は表情は変わらなかったものの、伸ばしていた背筋を椅子の背もたれに預けた。

「・・・まあ、もともとお前、旅人だもんな。傷も完全に完治したし、いいんじゃねぇの?」

ジタンは尻尾を振りながら了承する。
どうやらまたここにやってくるのならどこに行ったとしても構わないらしい。
心配性ではあるが、割と意思を尊重してくれる彼らしい返答だった。

「スコールは?」

今度はもう一人の心配性と思われる青年にバッツは視線を移す。

「何故俺に聞くんだ・・・?」

相変わらずの無表情だったが、初対面の頃に比べてジタン程まではいかないものの大体何を考えているかは察することができる。
一定の調子で聞き返してきたものの、先ほどの様子から彼も恐らく自分が旅に出ることを多かれ少なかれ心配しているだろう。
その証拠に、先ほど座りなおした時に膝に置いた手の人差し指が膝を一定の間隔で落ち着きなくタップしている。
それを指摘すれば不機嫌になってしまうかもしれないことも、たった半年とはいえ、予想できたためバッツはそれには触れずに話を続けた。

「ジタン同様こんだけ世話になったんだし、聞いておいたほうがいいだろうって思って。それに、お前・・・」
「俺はよほどの怪我を負わない限り、動物の血でも事足りる。心配しなくていい」

バッツが言いたいことを先読みしたスコールが首を振る。

スコールは、一見すると普通の人間の青年のように見えるが、実は齢百年以上の吸血鬼であった。
尤も、ジタンからすると、人外の者からすればまだまだ若い部類ではあるのだが、それでも人間のバッツからすれば十分長く生きている。

吸血鬼である彼は人間であるバッツと人と同じ食事から栄養を摂取するジタンとは違い、栄養源が血液であるため、生物の血を定期的に摂取しなければ生きられない体である。

昨年、ある事情で命の危機に陥った際に、バッツは彼に血液を提供したことがあったため、血液を摂取する必要がないかどうか気になったのだがどうやらいらぬ心配のようだ。
動物の血で事足りると本人が言っているし、普段彼が自分の血液を求めてくることはないため、大丈夫だということにしておいていいだろう。

「そうか?それならいいけど」
「俺のことよりもあんたの方は大丈夫なのか?」
「へ?」
「傷のこともだが、行くアテとかは・・・あるのか?決まっているのなら、色々と準備しておくに越したことはない」

どうやらスコールの心配はそこだったらしい。
長く旅生活をしているのだが、そんなに頼りなさげにみえるのだろうかとバッツは苦笑すると、もともと行先を教えるつもりだったため予め用意していた地図をポケットから取り出して、二人に見えやすいように広げてある一点を指さした。

「アテというか、行きたい場所があるんだ。それがここ。今指さしてるところな」
「なんだぁ?ここは?」
「ベベルっていう結構大きな街なんだ。この街なんだけど、春になると花の祭りをするらしくて、それがすげー綺麗なんだとよ!祭りなら沢山の人や物も集まるし、街人も普段に比べて外の人を受け入れやすくなるからな。仕事をしながら滞在してみようと思うんだ」

バッツが説明するに、ベベルという街は豊かな土地柄からか、農業が特に盛んな大きな街とのことだった。特に農学や植物学に長けた学者達を多数輩出しているらしく珍しい農作物や植物の研究がされているらしい。
特に、花をふんだんに使った花祭りは遠方の人間も訪れるほど有名らしく、街自体もこの季節は多くの人、物を受け入れるため、旅人もこの時期に合わせて滞在する者も少なくはないとのことだった。

「大規模の祭りに合わせて行けば日雇いの仕事もしやすい上に祭り自体も楽しめるから行きたいと思っていたんだ。聞いた話によれば、花で飾った山車や綺麗な衣装を着た若い女の子が舞を披露したりするらしいんだ」
「へえ、楽しそうだなぁ!」
「祭りか・・・」
「お、興味あるのか?」

話に興味津々といった様子を見せる二人にバッツが聞き返すと、二人は顔を見合わせ、やがてジタンが口を開いた。

「オレは何十年か前に人のふりをして参加したことはあるけど、ここ最近は全然だからなぁ。スコールと一緒に暮らしてからはまったくだから、おもしろそうだなぁと思って」

「な?」とジタンが隣のスコールに同意を求めると、彼も小さく頷いた。

人とは違い、集落や村、街を作ることをしない、もしくはできないと思われる人外の者は決まった祝い事をしないのかもしれない。
スコールは元々人間だったため、人であった時は住んでいた村で参加していたこともあるかもしれないが、人でなくなった経緯が経緯なだけに、人から避けて暮らしていたためもう何十年と参加していないだろう。
おそらくジタンもスコールの気持ちを汲んで、スコールと一緒に暮らし始めてから参加していないのかもしれない。

少し無神経だったな、とバッツは心の中で二人に謝罪をする。

バッツの心の内など知らない二人は祭りのことについて色々と話している。ジタンが「酒や料理は美味いんだろうなぁ〜綺麗に着飾った女の子もいっぱいだろうな?」と聞くと、スコールが「知らん」とそっけなく答えていた。
話をしている様子から、少なからず二人とも興味はありそうなのだが、楽しいことが好きそうなジタンは兎も角、スコールはどうだろうか?

初めて会った時に比べて、人である自分に少しは話をしてくれたり、先ほど旅に出ることに対して気遣ってくれたりとしてくれるようになったものの、それでも人が沢山いる場所に行くのは嫌だろうか?
ジタンにあれこれと話をされているスコールの様子をこっそりと窺ったが、話をすることに関しては特に嫌そうな様子は見えない。

「(・・・いっそのこと、聞いてみるか?)」

話をするだけなら多分、問題ないだろう。
聞いてみるだけ、聞いてみようと、決心すると、話をしている二人に開口一番切り込みにかかった。

「・・・なんならお前らも来るか?」
「え?」

バッツからの提案にジタンも、スコールも目を丸くしている。
驚いてはいるが、嫌ではなさそうだと、内心ほっとしながらバッツは二人に旅の同行を提案した

「さっきも言ったけど一ヶ月から一ヶ月半くらいを目安にしているんだけどどうだ?気を付けていれば問題ないだろ?」

二人とも見た目はほぼ人であるため、そう易々とばれることはないだろう?とバッツ。

ジタンは尻尾が生えているが衣服で隠すこともできる。尻尾以外には目立った特徴はないため尻尾さえ隠してしまえばどこからどうみても普通の少年のように見える
スコールの場合は牙が生えていることと興奮時などに瞳の色が変わることではあるが、本人も意識しているのか、牙は大きく口を開けない限りほとんど目立たない上、瞳もそう簡単には変わらないため、問題ない。
身体的特徴から二人が人外の者であるとばれる可能性は低いだろう。

バッツの提案にジタンは尻尾をゆっくりと揺らしながら考えたが、スコールの方はすぐに小さく首を振った。

「すまないが、俺は遠慮しておく」
「え?」
「ここの庭の世話があるからだ。冬場の数日ならともかく、この時期に一ヶ月以上ここを空けるわけにはいかない」

きっぱりと言い放った彼は、庭仕事で一日の大半を過ごしている様な男だった。
広い庭の植物の一つ一つに水をやり、雑草や不要な枝葉を取り除き、倒れかけているもので補強が必要なら補強をし、弱っているものには肥料や栄養剤を混ぜた水などを与えている。
丹精込めて育てた花や木を放っておくことはできないのは明らかだった。

「あ〜確かになぁ。・・・悪い。考えなしだった」
「いや。誘ってもらってたのに、悪いな」

謝罪するべきは自分であるのに謝ってくるスコールに、バッツは「お前は謝らなくていいよ!」と慌てて首を振る。
共に旅に出ること自体は嫌がっていないだけに少し残念に思いながら、ジタンはどうだろうかとそちらを見遣ると、彼は自分達の顔を交互に見た後、挙手をしてきた。

「あのさぁ、オレが留守番しようか?」
「へ?」

思ってもいなかったジタンの提案に今度はバッツがスコールと共に目を丸くした。

「スコール、ここ何十年も遠出なんてしてないし行くこと自体は嫌じゃないんだろ?いい機会じゃないか。たまには外に出るのもいいもんだぜ?」
「しかし」
「花の世話ならオレにまかせておけよ。お前と何十年も一緒にいてたから大体のことはわかるからさ。あ、オレはちょこちょこ外に出てるから、また次の機会でもいいから気にしないでくれよ」

躊躇うスコールに捲くし立てるかのように提案するジタンの様子から、彼はもう留守番をすることを決め込んでいるようだった。
何十年もスコールと連れ立ってきた彼のこと。人と距離を置きたがるスコールが僅かでも興味を示したのなら・・・と思ってのことなのだとすぐにわかった。

ジタンなりの気遣いにバッツは感心すると同時に感じた自分と二人との距離感に僅かに疎外感を覚えたのだが、気にしてどうするとすぐに振り払い、問われたスコールの方に視線を移して自分も彼に問うた。

「・・・どうする?おれは一人でも大丈夫だけど、誰かと旅するのは久々だから一緒に来てくれるとうれしいぞ?」

黙っていたスコールはバッツに視線を向けると、今度はジタンに視線を向けた。
視線から、行ってきても大丈夫なのかと問うているかのようで、ジタンもそれを察したのか声を上げて笑いながら気にするなと首を振った。

「ははっ!お前、わかりやすいのな!ほら、バッツもああ言ってることだから行って来いよ!」
「・・・そこまで言うのなら・・・」

ジタンの最期の一押しが効いたのか、スコールはそう呟くとバッツの方に「よろしく」と、小さく頭を下げてきた。
その姿が、普段の無口で大人びた彼とは少し違い、可愛らしく見えてしまったためバッツとジタンは破顔する。

「一緒に行ってくれるなんて、ありがとな。嬉しいよ。あ、ジタンはまた次の機会に必ずな!」
「楽しみにしてるよ。そうなりゃ明日から準備だな。オレも手伝うよ。あ、けど土産はよろしくな!土産!」

留守番をすると決めたものの、ちゃっかり土産を要求する彼にバッツは「任せておいてくれよ!」と胸を叩くと、早速旅の準備や経路についての話を始めた。



数日後、朝靄の中ジタンに見送られながら、バッツとスコールは旅用の外套に身を包み、荷物を提げて出発した。
出発前にジタンからは何度も「スコールがバレそうになった抱えてもらって逃げろよ」と冗談なのか本気なのかわからない注意をされながら荷造りや必要物資の準備を手伝ってもらったため、思いの外に早く出発できることができた。

「もう少し準備に時間が掛かると思ってたけど、ジタンのおかげだな」
「ああ」

整えられた庭園内や屋敷内を歩くのとは違う、久方ぶりの手入れも何もされていない山道の土を踏みしめる感触を楽しみながらバッツが呟くとスコールも同意した。
そのまま道を進みながらバッツは隣を歩く青年を盗み見する。普段、簡素ではあるが小綺麗な服に身を包んでいるため旅人用の服を着ているのは些か新鮮だ。
全体的に黒を基調に纏められていることと本人の見目が良いためか旅装束であるのにどこか気品があることに少々吃驚しながらも、数日もすれば見慣れるだろうとバッツは自身に苦笑する。

数日前まではまさかスコールと共に旅をするとは思わなかったので少し擽ったいような気持ちになる。
ジタンも一緒ではないことは少々残念だが、それでも誰かが傍にいる旅に心が躍る。
しかもそれだけではない。草木が風に煽られてさわさわと葉擦れの音が耳に心地よい。木々の匂いは心を落ち着かせ、顔を出したばかりの太陽の光は優しく、体を温めてくれる。

「いい出発日和だな。」

柔らかな陽光に目を細めながら呟くと、隣の青年も同じように空を見上げている。
小難しい顔をしていることが常である彼が目を細めている。
言葉を発さずとも、穏やかな一日と旅の始まりにまんざらでもなさそうだ。

「スコール」

名を呼ぶと、自分に視線が向けられる。

「スコールが一緒に旅に出てくれて嬉しいよ。道中よろしくな」

握手をしようと差し出した手に、スコールは一瞬瞠目したが、やがて小さく「ああ」と呟くと手を握り返してきた。

握り返された手は、自分よりも体温が低く、少し大きかった。


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吸血鬼話の続編です。
またこのお話を、書けることをとても嬉しく思っています。
拙いお話ではありますが、最後までお付き合いしていただければとても嬉しいです。


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