おとなと子供 -8-

颯爽と現れたバッツは元の体に戻っていた。
座り込むスコールを守るかのように武器を構えて敵二人の前に立ちはだかる彼がとても頼もしい。頼もしいのだが・・・

「・・・あんた、その恰好」
「し、しかたないだろ!?いきなり戻ったから着替えてる暇なんてなかったし・・・」

体は元に戻ったものの、衣服が少年の姿の時に纏っていたものを着ているため、手足の丈が明らかに短く、体にぴっちりとフィットしている。胸のボタンを留められないのか、前がはだけており、その上肩幅も広くなったために肩の部分は服が悲鳴を上げているかのように、つっぱっている。腕をあげることができそうになさそうなくらいだ。
身長が20cm近く違ったために無理もないのだが、さらにそれを越えて可笑しいのが手に持っている武器だった。

「あんた、それは・・・」
「しょ、しょうがないだろ!?短剣以外何も持っていないかったから、釣竿のがリーチあるし・・・んな指さして言うことないだろ!?」

バッツが手に持っていたのはフリオニール手製の釣竿だった。よく見れば赤くて丸い浮きや釣り針もついたままである。
いくらリーチがあっても木の枝を削って作られたそれでどうやって攻撃をするのだろうかと思う。敵に当たったとしても殺傷能力はほぼ皆無なそれは痛みこそは与えることはできるかもしれないが決定打にはならないだろう。
よほど慌てていたと見て取れるバッツの姿にスコールはもちろん、アルティミシアも目を丸くしており、ケフカにいたっては腹を抱えて大笑いをしていた。
ちぐはぐな格好で大真面目にスコールを守っている姿が滑稽に見えて仕方がないのだろう。
バッツの方も3人の態度に流石に恥ずかしくなってきたのか、赤くなってきている顔を誤魔化すかのように軽く咳払いをし、釣竿を剣に見立てて敵二人に向けて構えた。

「さあ、何はともあれ、これで2対2だ。スコールを痛めつけてくれた分、きっちりお返しさせてもらうぜ?」

びしりと釣竿を向け、表情以外締まりのない姿のバッツにケフカは地に転がりながらさらにケタケタと大声を上げて笑いだし、アルティミシアは頭痛がするのか片手で頭を押さえて首を振った。

「・・・あなたのその姿を見ていましたら、戦う気が削がれました・・・」
「楽しそうだねぇ!!本当に君はっ!!あー可笑しい!!シンジラレナーイ!!」

アルティミシアはよろけながら佇まいを直すと「今度は身なりをきちんと整えてからになさい」とバッツに注意のような呟きを零すとすっ・・と姿を消した。
その後を追うかのように、ケフカもまた「楽しかったよ〜まったね〜ん」と手をひらひらと振りながら姿を消した。
後に残ったのはアルティミシアの黒い羽根が舞い散ったものだけだった。
二人が戻ってくる気配がないのを確認すると、バッツは釣り竿を落とし、尻餅をつくかのように座り込んだ。

「おい!大丈夫か!?」

いきなりのことでスコールが慌てると、バッツが手を突出し大丈夫だと首を振った。
元に戻って休む間もなく動いたためか、笑ってはいるが顔色が悪い。浅い呼吸を繰り返している。体に触れると若干熱っぽい気がする。
一人残った自分を心配して、無理をしたのだろうと思うと、申し訳なさと、自分の力が足りないことへの悔しさで一杯になる。
眉間に皺を寄せ、歯を食いしばるスコールにバッツは苦笑し、そっと肩を撫でた。

「大丈夫。いきなり戻って動いちまったから、少し疲れただけだよ。おれはなんともないから。・・・スコールが無事でよかったよ」

へへ、と声に出して笑い、体をスコールの方へと預けると、抱きしめられた。
先ほどまでは広いと感じていた腕の中も、少し狭く感じる。元々スコールとバッツはそれほど体格差はないので当たり前なのだが、久々の元の体での抱擁が少し懐かしく、そして何故か照れくさく思えた。

「(そうだスコールの腕ん中ってこんなだったんだよなぁ・・・)」

少年の姿の時はノリと、小さくなった身体をいいことに甘え放題だったのだが、いざ元に戻ると普段はどう接していたのか勝手がわからないから恥ずかしいのかもしれない。振る舞いを修正しないといけないなぁと一人頭のなかでごちているとスコールが耳元に口を寄せてきた。低音の声が鼓膜を刺激する。

「あんたのおかげで俺はここにいる。・・・ありがとう」
「・・・どういたしまして」
「元に、戻れたみたいで本当によかったな」
「おう」

照れを隠すために頭を掻きつつ頷くバッツの表情は青年に戻っても変わりはしなかった。柔らかく笑う彼に愛おしさがこみ上げてくる。
このまま抱きしめ合い、口づけし合いたいと思うが、敵は去ったとはいえ、ここは敵陣。さっさと退散をした方が賢明だろう。

「・・・魚どころではなくなったから、ひとまず拠点に戻るとしよう。あんたの体も心配だからな」

立てるか、とバッツの肩を支えて体を起こそうとしたが、重い。どうやらよほど無理をしていたようだった。

「ごめん、いきなり戻って体動かしたからか、ちょっと歩けそうにないんだ・・・」

だから戻るまで肩を貸して欲しい。そう言おうとしたバッツの体がふわりと浮き上がる。スコールが抱き上げたのだ。
想い合っている同士とはいえ、流石にこのままで帰り、仲間達にこの姿を見られるのは恥ずかしい。
ここまでしなくても・・・と言いかけた時にスコールがあきれ顔で呟いた。

「陣地の近くに来たら、降ろす。・・・恥ずかしがっても、ほんの少し前まで抱きついてきたり、添い寝を堂々と求めてきたのは何処の誰だ?」

痛いところを突かれてしまい、押し黙るとよし、とばかりに頷かれる。
体が小さくなった時は、仲間達も自分の姿故にまるで兄弟のようなやりとりに見えていたのか、皆何も言わなかったが元に戻った姿に置き換えると居た堪れなくなる。
大きくなった体を縮こませ、大人しく抱き上げられながら、暫くの間は自分の言動が周りの仲間達に年齢相応に見えるかどうか気をつけようと心に決めたのだった。



魚釣りどころではなくなったため拠点に戻ると、帰りを待っていた仲間達が二人の有様をみて驚いたものの、元に戻ったバッツに皆喜び、安堵した。
何故少年の姿になり、そして元に戻ったのか。仲間達、特に魔法に長けたティナやオニオン、セシルが元に戻ったバッツの身体に残る魔力を探ったが結局詳しい原因はわからずじまいだった。
元の姿に戻った反動で体をうまく動かせないバッツは、身体を癒し、本来の体力に戻して元通り動けるようになってから復帰することになった。

数日後、拠点の日当たりのいい場所で洗濯物を片付けながらバッツが鼻歌を歌う。
元通りの体になってから雑務がしやすい。高いところに手が届き、重いものを軽々と持てるようになった。やはり元の勝手のわかる体だとやりやすい。少年の姿も悪くはなかったが元の身体が一番だ。
自分の目線の高さで結ばれている洗濯ロープに次々と洗った衣類を皺を伸ばしながら掛けていくと背後に人の気配を感じた。
振り返るとスコールが立っていた。

「明日から復帰だそうだな」

体も体力も元通りになったと判断したウォーリアから明日から通常通り討伐や探索の任についてもいいと許されたのだ。
バッツは手早く洗濯物を片付けながら、顔だけをスコールに向けて頷いた。

「ああ。ウォーリアから許可が出たからな!これで何もかも元通りだぜ」
「そうだな」

談笑しながら洗濯を終えると午後の休憩とばかりに二人で草の上に座り、洗濯された衣類が風にはためくのを眺める。
今日は天気が良くて日差しが暖かく、風も気持ちいい。洗濯物のすぐ乾くだろうとバッツが笑った。
笑うバッツの横顔を眺めながら、スコールは少年の時の彼を思い出す。
つい先日まではバッツは洗濯物を乾かそうとしていた時は手を伸ばしながらこなしていた。今スコールの横にいるバッツは目線の高さはほとんど変わらない。
子供特有の丸かった顔は少し細くなっており、首も腕もしっかりとしたものになっている。どこがどう変わったかとスコールが記憶の中の少年の姿の彼と比べていると、バッツと視線が合った。

彼は笑っていたが、ほんの少しだけ、笑顔がぎこちなく感じた。何かを隠しているかのような、そんな笑顔だった。
何かあったのだろうかと、スコールが小さく首を傾げると、バッツは視線を前に向けて、話し始めた。

「元に戻った後にさ、ケフカが言っていたことを考えていたんだ・・・」

ケフカが言っていたこと。バッツが少年の姿になってしまった原因のことなのだろう。
バッツ自身が望んで変化したのだとケフカは言っていたが、本人にその意識はなかった。元に戻ってしまった今、原因が何なのか探ることはできない。戻った後、念のため仲間達にバッツの体に宿っていた魔力を探ってもらったが誰も何も感じ取ることができなかった。
原因がわからないが故にケフカが言っていたことが真実なのかどうかは今となっては知る術はない。
バッツの肩に手を回し、引き寄せる。彼は、されるがままそれを受け止めた。
少し癖のある髪が、スコールの頬を撫でて少しくすぐったい。少年の時と変わらないところを一つ見つけた。

「あれは、可能性としてあり得なくはないが、何の根拠もない出鱈目かもしれだろう?」
「・・・うん、まあ、そうかもしれないけどさ、わりと当たってるんじゃないかな〜って思ってたんだ」

バッツは苦笑すると、手近にある草花を弄びながら、話を続けた。

「子供の頃のおれってさ、わりと恵まれていたんだと思うんだよ」
「・・・何故だ?」
「いや、ここに集まった仲間達ってさ、親兄弟がいなかったり、大切な人を亡くしていたり、戦争かなんかで子供のうちから戦う術を身につけているやつらが多いだろ?」

バッツの言う通り、セシルやフリオニールは国同士の争いが絶えない世界で育ったと言っていた。ティナとクラウドは大国や大きな組織に属した兵士であったと聞いたことがある。
オニオンもジタンも本当の親に育てられたわけではないらしい。ティーダもまた、両親の愛情が必要な年頃に父親は行方不明になり、母親は後を追うかのように死んだと聞く。
自分もまた、孤児院で育ち、一人で生きる術を身につけるために・・・傭兵になった。

「・・・言われてみれば、そうだな」
「だろ?今回なったくらいの年の頃のおれってさ、親父と一緒に旅をしていたんだ。一つの場所に留まることはなかったけど、常に近くには親父がいたんだ。おふくろは小さい頃に死んじまったけど、ちゃんと思い出はあるし年に一回は二人で故郷に帰って墓参りして会っていた。古い知り合いにも、知らない土地でも沢山の人によくしてもらった。何の心配もなく、充実した日々を過ごしていた」

弄んでいた草花を手折るとそれを目の前に持ってきてくるくると回す。

「けど、親父が死んでから、自分一人で旅をしていた時期に、ああ、おれって親父やおふくろ、沢山の人に守られて、大事に育てられたんだなぁって、二人が生きていた時以上に感じるようになったんだ。旅暮らしは正直楽ではなかったけど、誰かが傍にいてくれていることは温かくて、幸せなことだったんだって痛感した」

くるくると回した花を回転させて放つと、放たれた花は回転をしながら地に落ちる。

「・・・もしかして、自分でも気が付かないうちに心の何処かで子供に戻ることで何の心配もなくなるんじゃないかなーって思っていたのかもしれないな。失うことの不安や心配もなく生きていた時に戻りたいっ!!・・・てな具合にな」

まっすぐ前を見ながら淡々と話しているバッツの横顔をどこか寂しさを湛えているようにスコールには見えた。
どんなに辛く、厳しい状況が続いても明るく笑いとばし、仲間達を励まし、気遣う彼とはまた違って見える。
もしかしたら、バッツはバッツで仲間達に心配を掛けさせまいと不安や心配、寂しさなどの負の感情を笑顔の裏で隠していたのかもしれない。
大切な人の、家族の思い出が残っていればいるほど、別れの時は辛かったに違いないだろうに。だからこそ、失うことの怖さを誰よりも強く持っているのかもしれない。

「言っていることはわからなくもないが・・・それが原因かどうかは今となってはわからない」

だからこれ以上話さなくてもいい、とばかりに強く肩を抱く。話をすることで、彼の心を曇らせたくなかった。
こんな時だけ吐露するのではなくて、心中を隠すことなく、もっと自分に頼ってくれればいいのではないかと少し不満に思いながらも彼の心の中にある暗いものを少しでも取り除ければ・・・と思う。難しいことではあるが。

「・・・うん、スコールの言う通り、おれもそう思うよ。ただ感じたこと、思ったことを思いつくままに吐き出させてもらった。聞いてくれてありがとな」

頬を掻きながら礼を言い、バッツは笑いながらスコールを見つめた。
眉間に皺をよせ、何か考えているかのような、難しい表情をしている。心優しい彼のこと。無茶苦茶な自分の見解を真面目に受け取り、心配してくれているのだろう。
言う必要がないことを言うべきではなかったかもしれないな、と少し後悔していると、突然スコールがごろりと横になり、胡座をかいて座っていたバッツの腿に頭を乗せてきた。

「うぉ!?」

驚き、狼狽えるバッツにスコールは気にもとめず、頭の位置をいい具合に直すと、目を閉じた。
どうやらこのまま午睡に入るらしいようだった。

「子供の時の手間賃だ。今日はこのままゆっくりさせてくれ」
「・・・夜に返さなきゃいけないんじゃなかったか?」
「今ここでされたいのか?」
「・・・とんでもございません」

冗談とわかってはいるものの真顔で言われ、ぶんぶんと首を振ると、スコールが一瞬表情を崩した。大人びた少年が一瞬年相応に見える。
先日までとは逆・・・元の状態に戻ったということなのだろうかと苦笑する。

先程の話にもあったように、いつまでも共にいられるわけではない。数か月か、何年、何十年後だとしても。
なら、せめて今このひと時だけ不安を忘れ、甘え、甘えさせてあげたい気持ちになる。
バッツは柔らかい笑みのまま、指でスコールの髪を梳き始めた。

子供の頃のように、素直な気持ちのままに、誰かに寄り添い、そして触れ合う心地の良さを感じながら二人は瞳を閉じたのだった。


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