モルヒネ

頭がくらくらとする。
体が気怠く、寝返りするのも億劫で、傷と節々が痛い。
目が潤んで、視界が少し揺れているかのようにも思える。

「・・・やっちまったなぁ〜・・・。」

少しぬるくなった絞ったタオルを頭に載せ、横になっていたバッツは天井に向かって呟いたのだった。


戦いの日々の中、戦士である以上たとえ小さな傷でも、体の僅かな変化も油断せず、気を付けるように心掛けなければならない。
兵法の基本中の基本であることは、年若い者が多いコスモス軍の全員が言われなくとも分かっていたため、自分と、そして仲間達の体調管理には常日頃から気を遣っていた。

しかし、どんなに気を遣っていても、元いた世界とは違う生活環境と長い戦いの中、不調を訴える者は少なくはなかった。
そんな時は、他の者達で倒れた仲間の不足分を補い、支える。
そこで力になったのは軍人であるセシルやフリオニールではなく旅人であるバッツであった。
長い旅暮らしの生活を送っていたためか、彼は外での怪我の治療、熱や風邪によく効く野草などに詳しくそれを煎じて作る薬はよく効いた。
普段は子供っぽい振る舞いをしている彼の意外な一面に驚いた仲間も少なくはなかった。
誰かが負傷すれば手際よく傷の手当てをし、誰かが熱を出せば、薬と療養食をすぐに用意してくれるバッツは仲間の中で頼れる存在の一人として何かあれば彼に頼る者も少なくはなかった。

しかし、そんな彼も他の仲間と同様に怪我もすれば疲労もする。

そんな当たり前のことに、他人には気を付けるが、自分のことについては比較的大雑把になるためバッツはそのことに全くと言っていいほど気が付いていなかった。
ある日の戦闘中に仲間に気を取られていたがために自分に向けられた攻撃に気付くのが遅れて負傷し、追い打ちをかけるかの如く、その翌日目覚めたら自身の体が鉛のように重く、ぐらぐらとする頭と関節痛から初めて己が油断していたのだと後悔した。
体調万全のままで戦いの日々を乗り越えるなど困難であることに気が付かず、知らず知らずのうちに疲労を蓄積し、それが一気に溢れだしてしまってこの有様だ。
体が丈夫であると自信とまではいかないが、心配をしたことがない。
普段看病をする側になっても、まさか看病される側に回るとはバッツ自身も、仲間達も思ってもいなかった。

熱が高い上の負傷に、リーダー格のウォーリアに絶対安静一歩も動くなと強く言われてしまったため、今日一日は自分に割り当てられた個室で養生することになった。
先程までジタンが傍についていてくれたのだが、その彼も任務のため今はいない。
常駐している仲間は何人かいるため、何かあっても呼べば来てくれるだろうがさすがに自分のためだけに来てもらうのは忍びない。

バッツは熱い吐息を吐くと、もう一度天井を見つめた。
普段は感じないが、熱から瞳が潤んで天井がぼやけて見えて、遠く感じた。焦点が定まらないためかゆらゆら揺れる舟の中にいるような錯覚に陥ってしまう。

自分がこんな状態のため、他の仲間達の仕事を増やしてしまった。
若いとはいえ、仲間内の中では自分は年長者である。自分の体調一つも管理できないとは情けないのと申し訳なさで珍しく気分が落ち込みそうだった。

「早く治さないといけないな・・・。」

掠れた声で呟き、眠ろうと瞳を閉じようとした時だった。
控えめにノックする音がしたため、閉じかけていた瞳を開き、視線だけ扉の方へ向けた。
間があって、静かにドアが開かれると、椀を持ったスコールが中に入ってきた。視線が交差すると、彼は少々瞠目し、小さく詫びてきた。

「すまない。眠っているのかと思って・・・。」

確認もなく入ってきたことに詫びているのだろう。
控えめにドアを開いたのも眠っていては悪いと思って起こさないように確認するためにそうしたのだろということが分かった。

「謝らなくていいよ。ちょうど眠ろうとして反応が遅れた。」

横になったままバッツが答えると、スコールはほっと息を吐き、バッツのすぐそばにあった椅子に座ると、手に持っていた椀を差し出した。

「フリオニールが薬草を煎じて作ってくれた薬だ。起きていたら飲ませてくれと頼まれたんだ。苦いがよく効くらしい。飲め。」
「おお・・・。」

できたばかりで湯気が立つ薬湯。

スコールは椀をサイドテーブルに一旦置くと、バッツの上体を補助して起こしてやり、再び薬湯の椀を持って彼の口元に運んだ。
口元に近づいたことで薬湯がダイレクトに香る。
離れていた時は気が付かなかったが香りがかなりひどい。思わず顔を顰めると、察したスコールが首を横に振った。

「凄い香りで驚いたと思うが・・・それ以上に味が苦いとのことだ。良薬は口に苦しと言うだろう?すまないが我慢してくれ。」

諭すように言うスコールにバッツは小さく頷くと薬湯を受け取る。少々躊躇ったものの、椀を傾け一気に飲み干した。
どのみち飲まなければいけないのならさっさと飲んでしまった方がいいだろう。捨てることはしないが、自分が飲み干す姿をみせなければスコールもこの場から動かないだろう。

どろりとした薬湯がゆっくりと喉を通り、胃に流れ込む。薬湯とはいうが湯よりも泥に近い。
あまり言いたくはないが沼の水を飲み込んだらこんな感じだろうかと想像してしまう。
苦みときつい香りに噎せながらバッツは薬を飲みきると空になった椀をスコールに押しつけた。

「す、すごい・・・味だな。けど、効きそうだ・・・ありがと。」
「いや。俺は運んできただけだから。熱以外にどこか悪いところはあるか?」
「ん・・・傷もだけど、節々が痛い・・かな。骨にじわじわ来る感じで気持ちの悪い痛さだ。しかたないとはわかってはいるんだけど・・・。」

ぜいぜいと荒い息を吐きながら呟くバッツは酷く苦しそうだった。
熱のため上気した肌と潤んだ瞳。
病人特有の表情のバッツを心配すると同時に普段見られない弱々しい彼に自分の中の何かが彼に触れたいと訴えてきた。

ふぅと息を吐くバッツに、スコールはそっと額に手を当ててやる。
触れた額は当然熱く、少し汗ばんでいる。
自分の熱を計ろうとしてくれているのだと思ったバッツがやわらかく微笑んできた。

スコールは額の手をのけると、そのまま口付けた。

額から唇に伝わる熱は当然熱い。

そのまま潤んだ瞼へ、眉間、頬へと口づけていく。
そして次は唇へと口付けようとしたところで、バッツが弱々しくスコールの胸に手を当てて突っぱねてきた。

「うつる・・・だろ?」

潤んだ瞳で見つめて制してきた彼は普段の彼とは違い、弱々しく儚げにさえ見えた。
陽炎の先にいるかの如く存在が揺れて、不確かに見えてしまい、そのままゆらゆらと消えてしまうのではないのだろうかと不安にもなった。

「あんたが楽になるなら・・・うつってもいい。」

存在を確かめ合えるのなら、安いものだ。それに、自分に移ることで彼が楽になるのなら、それはそれで都合がいい。

バッツが何か言いかけたが、自分の唇でそれを塞いだ。
少しかさついているが、柔らかい。
油っぽくなった髪に指を差し入れて、混ぜるかのように髪を梳く。
その動作を続けたまま唇をはむようにキスをするとバッツが身じろいだので腕の中に閉じこめて繰り返す。

息苦しいのだろう、半開きに開いた口に熱い吐息が小刻みに漏れている。
それに構わずスコールは自分の舌を差し入れ、バッツのそれと絡めさせると、びくりと彼の体が跳ねた。
熱い口内には先ほど飲んだ薬湯が残っていたが苦いはずの味が甘ったるく感じる。
病人特有のどこか淀んだ香りを感じながら、熱を吸い取るかのように舌を吸うと、唇を離す。互いの舌と舌を結ぶ銀糸がつう・・とのびてやがて切れた。

「は・・、はっ。」

荒く息を吐くバッツの上体が崩れて倒れないように支え、額に口づける。

「すまない。押さえられなかった。」

スコールは詫びると、バッツは首を振り、胸を押さえて制した。
顔を伏せたままなので表情が窺えず、スコールが訝るとバッツは顔を上げ、荒い息づかいのまま小さな声で水が欲しいと頼んできた。
見つめてくるバッツの瞳がいつもの澄んだものではなく、濁りを含んでいる。情欲に溺れた時のような奥底に熱いものを秘め、それを悟られまいと靄が掛かったような瞳だった。

ただ、水が欲しいわけではない。

そう察したスコールはサイドテーブルに置かれていた水差しを手に取り一緒に置かれていたカップに水を注ぎ、それを口に含む。
そのままバッツ横抱きにして支えると、口づけて少しずつ口に含んでいた水を飲ませるために流し込んだ。少しぬるい。
流し込まれる水を飲みながら、まるで薬物中毒者のようだと朦朧とした意識の中でバッツは思う。
スコールから口移しで水を飲まされて飲み干すと、そのまま何度も貪るように彼の唇を、舌を堪能した。

風邪を拗らせ、傷と関節が痛く、起きあがるのもやっとの体だったはずなのにどこからそんな気力が湧いて出てくるのかが不思議だ。
薄暗く、決して広いとは言えない空間は淀んだ空気と水音と荒い呼吸音で満たされている。

自分の風邪を移してしまうかもしれないのにやめられない。
彼の方も自分を受け入れて包み込むように包容をしながら自分の舌を吸っている。
体の痛みや気怠さよりもただ、ただ、気持ちがいい。

もっと、もっと欲しい。

スコールの背に腕を回し、堅く抱きつくと、彼はそのまま自分に覆い被さってきた。
狭い寝台の上でもつれ合うかのように抱きしめあい、何度も角度を変え、舌を絡ませて息をつく暇もないくらい深い口づけを交わす。

普段なら自制できるはずなのに、欲求に忠実になってしまった思考と体はただ目の前の愛おしい少年を求めたのだった。




「・・・大丈夫か。」

あの後、しつこいくらい彼を求め、自分が満足いくまで口付けを繰り返した後、発熱の体を無理矢理起こしたために無理がたたったのか、知らないうちに眠ってしまった。
スコールの声にバッツがゆっくり視線を向けると、スコールは額の熱冷まし用のタオルを取り、桶に張っていた冷水に浸して絞った。
冷やしたタオルをバッツの額に乗せる前に、手を当ててみる。先ほどに比べて少しは熱が下がったようだとほっと息を吐いた。

「フリオニールの薬が効いたみたいだな。大分楽になっただろう。」
「ああ。ありがとな。体も痛くなくなったし、熱も引いてきたよ。助かった。」
「俺は何もしていないのだが。」
「そんなこと・・・ないよ・・・。」

バッツは僅かに顔を赤らめ、口ごもる。彼の頬の赤みから、彼が何が言いたいのかを悟り、今更だったが自分のしでかしたことにスコールもまた頬が熱くなった。
病人相手に唇が腫れそうになるくらい深い口づけを交わし、夢中になってしまった。
強請ってきたのは彼の方だったが、最初にしてきたのは自分の方だったし、最後の方は彼が意識を飛ばすぐらいに無理をさせてしまった。

スコールがばつの悪そうな顔をすると、バッツは手を伸ばし、頬に触れた。

「お前、病人に無理させたとか思ってるだろ?・・・おれもお前と同じように、お前に触れたくてたまらなかったんだ。・・・・むしろおれが謝るほうだよ。」

浅ましい自分の欲をスコールにぶつけて、自分の欲望に忠実になってしまい、此方の方がいたたまれない。
小さく熱が移ったらごめんと詫び、看病の約束をする。

「おれにとってはどんな薬もお前からのキスにはかないそうになかった・・・ほんとにごめん。」

掠れた声で殺し文句のような科白を吐く彼にスコールは一瞬大きく目を見開くと、そのままバッツの額に口付けた。

「あんたが謝ることではない。抵抗してきたあんたに俺も我慢できそうになかった。」

そう言い、もう横になれとばかりにシーツをバッツの胸まで掛けて整えると、母親が子供にするように優しく胸を数度叩いた。

「そろそろ戻らないと、他の仲間に悪い。安静にしていてくれ。また、様子を見に来るから。」
「ああ。ほんとに、ごめんな。」
「そう思うならさっさと休むことだ。」

空になった薬湯の椀を持ち、部屋を後にするスコールをバッツはまだ僅かに潤んだ瞳で見送る。ドアに手を掛け、扉を開いたところでスコールはバッツに背を向けたまま声を掛けた。

「・・治ったら、続きをしよう。」

言った後でスコールは振り返ることなくそのまま扉を閉めて部屋を出て行ってしまった。

スコールのセリフを理解すること僅か数秒。
バッツは枕に深々と頭を埋めた。頬がかなり熱い。この熱さは風邪からのものではない。
普段生真面目と言っていいほどの彼が、このような科白を吐くことは稀だ。先程の濃密な口づけが効いているのだろうか。

スコールのたった一言の科白でこれほどまでに熱くなるとは。

「はやく・・・治そう。」

仲間達に迷惑を掛けたこともだが、普段とどうも勝手が違う彼とのやり取りか、はたまた彼が言った”続き”を期待しているのか。
バッツは再び自身の熱を感じながら深くため息を吐き、頭からシーツを被ったのだった。

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キスはモルヒネの10倍の効果があるそうです。

そんなお話を聞いてモルヒネのようなキスを〜と思いまして書いている途中で「モルヒネって・・・鎮痛効果はあるけど解熱効果ってあったっけ?」と思い、調べましたら・・・;
ちゃんと調べなさいよ、自分;と思いつつほとんど話の骨組みができた後だったので後の祭り;
そ、そうだ、バッツさん関節痛がってたよ!怪我もしてるから鎮痛だよ!!と無理やりぶっこみました;
普通に怪我して痛いよーな状況にしておけばよかったです;


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