Blaue Rosen -15-

夢を見た。

幼い頃の自分の夢だった。
花が咲き乱れる花畑に一人で座り、顔を伏せていた。
傍らには泥で汚れたスケッチブックと折れた色鉛筆が無造作に置かれている。

鼻をすすり、瞳が涙で潤んでくる。
嗚咽を堪え、涙を流すまいと立てた膝に顔を埋めていると突然自分の肩に重みを感じた。


--だーれだ?
--・・・お姉ちゃん。


声だけで誰かすぐにわかった。
肩に置かれた手が離れると、姉が大声で誰かを呼んだ。


--見つかったよ!!


二人分の足音が近づき、自分の傍で止まる。
よく聞いた足音だった。恐らく父親と母親だろう。
頭上から二人の優しい声が響く。


--エルはスコールを見つけるのが上手いなぁ。
--本当にね。


自分の頭と背に大きな、あたたかな手が触れた。
大好きな手にいつもならすぐに二人に飛び込むがそれができなかった。


--どうしたんだ?ひとりでこんなところで。ん?


穏やかに問いかける父親に言おうか言わまいか迷ったが、心配して探しにきてくれたためこれ以上困らせてはいけないと幼心に思った。
言いたくない気持ちを抑え、俯いたまま小さな声で訳を話した。


--・・・えをかいていたらわらわれた・・・。


泥だらけのスケッチブックと折れた鉛筆。

大人しい自分は近所の同年代の子供の攻撃の的になることがあった。
喧嘩をしてしまったことを怒られるよりも、贈ってくれたものを汚し、壊してしまったことが二人に申し訳なくて、そして悔しくて仕方がなかった。

両親は何も言わず自分から手を離す。
暫くすると、紙が擦れた音がした。スケッチブックが開かれたのだ。


--スコール、絵が上手くなったなぁ。花の絵で沢山だ。
--ええ。新しいスケッチブックがすぐに必要になるわね。
--将来は画家かな?


元気づけようと両親が誉めてくれているのだとわかった。
自分は誉めてもらえるような子じゃない。そう思うと顔を上げられなかった。
そんな態度の自分に対してか姉のため息が聞こえてくる。
顔を上げず、伏せたままでいると、大きな手が背に触れた。


--スコール、顔を上げてみろよ。


優しく背を撫でる父親に促され、ゆっくりと顔を上げた。

沢山の花が咲き乱れる大地の先に夕日が見えた。
黄昏時の花畑を黄金色に照らし、赤にも金にも見える夕日。
色とりどりの花の色と夕日の色。

沢山の色が自分の目の前に広がっていた。


--きれいだね・・・。
--だろ?下を向いてばかりだと、見逃してたぞ?
--お父さんの言うと通りよ。辛いことがあって、ずっと下を向いていると今みたいに素敵な宝物を沢山見逃してしまうわよ。
--・・・うん。


小さく頷くと姉が笑い、父親が自分を抱きしめ、母親が頭を撫でた。


--気分も綺麗さっぱりになっただろ?さぁ、日も暮れるし帰ろう。スケッチブックと色鉛筆を直さなきゃな。喧嘩した子とは明日仲直りしような?
--うん・・・。
--よし、いい子だ。いい子だな、スコール。

抱きしめていた腕から自分を解放すると、スケッチブックを父が、色鉛筆を母が手に持つ。両親は一歩前を歩き、帰ろうと姉と自分を手招いた。



--スコール、行こう!!


前を歩く両親を追いかけようと姉が自分に手を差し出してくる。
俯いていた顔をしっかりと上げて、涙で濡れていた目を擦ると姉の手を取り一歩踏み出した。




窓に大きな風がぶつかる音がする。
季節は秋から冬に移り変わるのだと思わせるような風が吹いている。

暖炉の炎が小さく爆ぜる音と風の音にバッツはくすりと笑いながら、手に持っていたカゴをテーブルに置いた。
大きなカゴには沢山の青い薔薇の花が山盛りに盛られている。よくここまで集められたよなぁと我ながら感心しながら近くにあった椅子を引き寄せて座り、眺めた。

「(ジャムとドライフラワーは作ったから、今度は何を作ろうか?お茶も良いかもしれない。ジタンが喜びそうだ。けど・・・。」

ベルベットブルーの高貴な花。
吸い寄せ、魅せられる色の花は世話をしている青年を思い起こさせる。

「(・・・んー食べ物よりももっと別の物の方がいいよな。やっぱり。ポプリでもするかな。)」

食べ物ではなく、ここにいるみんなで使えるものにした方がいいだろうと考える。ポプリなら器などに入れて飾ることができるし、ガーゼや袋などに入れて枕やシーツ、洋服箪笥に入れておけば良い香りがする。
薔薇の花や葉は沢山あるのであとは数種類のスパイスと精油があれば作ることは可能だろう。さっそく台所にあるスパイス類で使えそうなものを拝借しようと部屋を出ようとしたところで扉が開いた。

「たーだいまっと。」

大きなリュックサックを背負ったジタンが部屋に入ってきた。今朝早くに食料物資の調達に行ってくると外出をしていたのだがリュックの大きさからどうやら大量に仕入れてきたようだ。もともと小柄な彼だが大きく膨らんだリュックサックのせいでよけいに小さく見えていた。

「お帰り。ジタン。」
「冬到来を感じさせる風だったぜ。寒い寒い。」
「ご苦労さん。寒かっただろ?暖炉の前に座れよ。」
「おーありがと。そうさせてもらうよ。っと、その前にほい。お土産。」

ジタンは床に置いたリュックから大きな袋を取り出すとそれをバッツに渡した。リボンを解くと中にはキャンディーやチョコレート、クッキーなどの菓子類が大量に詰まっていた。
どれも素人が作ったものではなさそうだった。

「菓子が沢山だなぁ。どうしたんだよ?これ。」
「少し遠出して買ってきた。オレは尾っぽさえ隠せば人間とそうは変わらないからな。」
「少しって・・・人がいる村や町まで行ったんだろ?ここから結構離れてるんじゃあ・・・。」
「オレも人ではないからな。能力さえ開放すれば軽い軽い。」
「すげえなぁ。」

普段余り気にしないがジタンも人ではないのだ。自分に比べて力も体力もあるだろうし当然足も速いのだろう。大きな荷物を背負って帰ってきた割には疲れている素振りはまったくない。人里離れたこの土地からの買い物も彼にとっては朝飯前と言ったところなのだろう。

「ま、それほどでもあるけどな。・・・それにしてもお前、また大量に花貰ったんだな。一体何に使うんだよ?」
「ん?」

目の前に盛られた大量の青い薔薇をしげしげと見つめるジタンにバッツはくすりと笑う。

「これは全部ポプリにするんだよ。」
「ポプリ?これでか?」

薔薇の花を摘み上げ、ジタンが目を丸くする。何のために?と聞きたげな彼にバッツはカゴの脇に菓子袋を置くと薔薇の花を救い上げてカゴの中に落とした。ふわりと甘い香りが舞う。

「いい匂いがするだろ?これで匂い袋を作って、リネン類やクローゼットにいれておくといい匂いがするからさ。沢山あるから、何かできないかなって思ったわけだ。」
「へえ、いいんじゃん。・・・あ、もしかしてスコールのためにとか?」
「?ああ。あいつは食べ物よりもポプリとかオイルとか、小物類の方がいいかと思ってさ。あ、ジタンにももちろん作るぞ!!」
「・・・いや、オレは遠慮しておくよ。馬には蹴られたくないしな。」
「馬がどうかしたか?」
「いやいやこっちの話。」

ニヤニヤ笑いを浮かべるジタンにバッツは首を傾げる。移動用に馬でも飼うことにしたのだろか?そもそも半日で遠くの村や町に移動ができるジタンなら必要はないのではないか。彼の笑顔の真意がわからずにいると、ジタンは「ま、いずれわかるさ。」とくすくすと笑い、暖炉の火に手を当てて暖をとりはじめた。

「話はさておき、お前がまさか此処にとどまるとは思わなかったなぁ。」

バッツがスコールに血液を提供し、目覚めてから体力の回復と怪我の治療で長い時間が費やされた。十日間眠り続けた体では最初の数日は補助なしでは歩けなかった。そして飢餓状態のスコールに吸血された際に強く肩をつかまれて押し倒されたため、肩の骨がいかれてしまう始末だった。体が治るまで世話になっていたら気がつけば季節は冬目前にまで迫ってしまっていた。
いくら旅慣れているとはいえ、気温が日に日に下がる中での旅は下手をすれば命を落とす。しかも冬場の間だけの長期滞在場所を探すのが困難だと予想し、この冬はここに留まることになったのだ。

「まあ、肩の怪我のこともあるし、冬の旅はかなり危険だからな。近くの村は生贄だったおれがのこのこ行くわけにはいかないからなぁ。お前等には本当に世話になりっぱなしだ。ありがとな。」

この館に冬の間留まることについてスコールもジタンも了承してくれたので助かったとバッツは頭を下げた。この冬の間は自分にできることをして彼らに返さなければと考えていると、暖炉の火で冷えた体を暖めていたジタンが服についていた埃を落とし、バッツに向き合った。

「バッツ。」
「なんだ?」
「ありがとな。」
「へ?なんだよ、いきなり。」

礼を言うのは自分の方なのでは?と首を傾げると、ジタンは普段の明るい彼とは違い、少し畏まって頭を下げてきた。
そんな風にされては困るとバッツが顔を上げるように慌てると、ジタンは苦笑して下げていた頭を上げてバッツを見つめた。

「スコールを救ってくれたこと。本当に感謝している。その礼だよ。」
「?それならおれよりもジタンのほうがだろ?」
「いや、オレはスコールを"助けた"けど、"救った"のはお前だ。」

自分は彼を助けはしたが心まで救うことはできなかった。彼の過去の出来事を思うと、自分の行動一つで傷口を開いてしまわないかとどこか臆病になってしまっていた。望まない変化を遂げてしまったスコールに元々人ではない自分が何かを言ったところで彼を孤独から解放するのは不可能だろうとどこか決めつけてしまったが故に強く行動に出れなかった。目の前の青年のように種族の違いや過去などを越え、同じ時を生きるもの同士として自分の命すら晒してぶつかることは自分にはできなかった。
100年一緒に居てできなかったことをやってのけた青年に尊敬と感謝を込めたのだが、当の本人はわかっていないらしく、ますます首を傾げている。

「・・・よくわからないんだけど。」
「・・・お前らしいな。ま、わからなくても問題ないよ。それとさ、頼まれてくれないか?スコールから頼まれていた品。」

ジタンはリュックサックを漁ると、何かを取り出してそれをバッツに投げて寄越した。落とさないよう慌てて受け取ると手の中には青いリボンの束が収まっていた。

「リボンか?」
「そうそう。スコールにリボンを買ってきてくれって頼まれたんだ。今温室だろ?渡してきてやってくれないか?ちょうど休憩時だしさ。お茶の準備はオレがしておくから。」
「ああ、そういうこと。了解。」

バッツは軽く了承すると、ジタンから受け取ったリボンをポッケに入れて自分の外套を羽織り、部屋を出て行った。
部屋の扉が閉じられ、彼の足音が遠くなるのを聞きながらジタンは小さく呟いた。

「・・・プレゼントね。」

数日前に次に買い物に行く機会があったらリボンを買ってきてくれとスコールに頼まれた。
なぜリボンが必要なのかと理由を聞いた時と理由を言ったスコールの顔は100年近く一緒にいた中で見たこともない表情だった。

「(あいつもあんな顔をするんだなぁ・・・。)」

瞳を逸らして頼んできたスコールの様子が今思い出しても笑える。
100年でようやくからかうネタがひとつできたとジタンは人の悪い笑みを浮かべたのだった。




温室に燦々とした日の光が差し込んでいる。
冬の訪れを感じさせる気温でも、温室の中はまだまだ温かく、室内には大量の青い薔薇が咲き乱れていた。

リボンを手に持ち、目的の人物はどこかとバッツは探していると、少し先に見慣れた後姿が目に入ったのでほっと息を吐いた。

「スコールー。」
「バッツ?」

振り返ったスコールの様子からどうやら作業に集中していたのだろう。瞳が少し大きく開かれている。バッツは苦笑をするとそのまま小走りで彼の元へと走り寄った。

「おう。ご苦労さん。精が出るな。」

遠目では分からなかったが、スコールの目の前には植木鉢が置かれているのに気付いた。自分の気配に気が付かなかったのはこの植木鉢の世話をしていたからかと納得し、中を覗き込んでみる。
植木鉢の中には大きな蕾をつけた薔薇の花が植えられていた。蕾の具合からおそらく数日中に咲くだろう。閉じられた蕾から花びらの色はわからないが、もう見慣れた茎や葉から何の花かすぐにわかった。

「そろそろ咲きそうだな。それも青い薔薇だよな?」
「ああ。・・・この季節の室内用に改良したものだ。」
「すげぇな。温室は沢山咲いているけど、寒くなってきたから外に咲いている青い薔薇や他の花がだいぶなくなっちまって寂しいよなぁ。」

植木鉢の蕾をチョンとつつくと蕾がわずかに揺れた。見た目以上に質量感を感じたため大きな花を咲かせそうだとバッツは目を細めた。庭が少しずつ草花の色が失われていくので少しの寂しさを感じていたところにほんの少し色を取り戻した気持ちになった。

「そうだ。青い薔薇でさ、大分前に話を聞いたことがあるんだ。」
「話、とは?」

突然話を振られてスコールが何事かと聞き返すと、バッツが得意満面の笑みでこちらを見ていた。彼の様子から話の内容に相当自信があるのだろう。先を話すようにスコールは促すと、バッツは頷き、胸を張って話を続けた。

「青い薔薇の花言葉って知ってるか?」
「ああ。確か"不可能"だと聞いた事がある。」

問われて一瞬考えた後に答えるとその通りとばかりに頷かれる。

「そうだ。本来なら存在しない花に対して花言葉があるのは意外だよなぁ。けどさ、それって言い換えれば存在すればすごいことなんだよな?」
「・・・どういうことだ。」
「不可能という花言葉をもつ青い薔薇。その不可能が可能になったのなら"奇跡"なんじゃないか?」
「奇跡・・・。」
「そうするとさ、その"奇跡"をお前が生み出したんだよ。そう思うとすごくないか!?」

目を輝かせてバッツはスコールに力説したが彼は表情を変えず少し首を傾げた後に「・・・そうだろうか?」と呟いた。バッツ本人は我ながらすごいことに気がついたと思って話をしたのだが、そのすごいことをした当の本人であるスコールの反応はあっさりとしたものだったため、彼はがっくりと頭を垂れて溜息を吐いた。

「・・・お前、こういう時はもう少し喜ぶなり吃驚するなりしろよ。もっとこう、表情変えてみろよ。顔の筋肉が衰えるぞー。」

呆れたような声で呟くバッツにスコールは顔を逸らし小さく「悪かったな・・・。」と不満声で呟くとほんの一瞬だったが少し拗ねたような表情をした。
100年以上生きているスコールが見かけと同じく、年若い青年のような表情をするとは。それを間近で見ることができるとは思っていなかったため少々驚く。
普段ほとんど無表情の彼が一瞬だけ表情を変えたことにバッツは驚いた表情からやがて柔らかく笑った。頑なだった態度と心が少しだけ解れてきたのかもしれない。そう思うと嬉しく思い自然と笑みがこぼれる。
滅多に見られないであろう彼の表情の変化にもっと見てみたいという欲求が生まれたが彼の機嫌を少し損ねてしまったことに変わりはないのでさっさと話題を変えようと、バッツはジタンから預かったリボンをスコールに差し出した。

「そうそう、話逸らしちまったけど、ジタンからこれを預かってたんだ。はいよ。」
「ああ・・・。」

差し出されたリボンをスコールは受け取るとさっそく傍らに置いていた鉢に巻き付けて結び始める。何をしているのかとバッツがぼんやりと眺めていると、スコールは綺麗に結ばれたリボンの鉢をそのままバッツに差し出してきた。

「・・・え?」
「礼をしたいと思っていた。これぐらいのことしかできなくてすまないが、受け取ってほしい。」
「おいおい、おれは別に何もしちゃいないぞ?」

スコールとリボンが巻かれた薔薇の植木鉢を交互に見ながらバッツは大きく手を振る。先程のジタンといい、礼を言うべきなのは自分なのに。しかしスコールはそんなバッツに小さく首を振ると再度鉢をバッツに差し出してそのまま話を続けた。

「あんたは危険にもかかわらず俺を助け、受け入れてくれた。俺が生きているのはあんたがいたからだ。俺にとってあんたという存在は・・・奇跡そのものだ。その、この薔薇が奇跡と言うのなら、あんたに相応しいと思う。」

普通に見たら自分よりもスコールの方が似合うと思う青い薔薇を相応しいと言われてしまった。
しかもそれだけではなく、自分のことを"奇跡"といわれてしまい、バッツは自分の頬がどんどん熱が帯びてくるのを感じた。スコールは嘘やお世辞を言う性格ではないと思われるので本気で言っているのだろう。そう思うと余計に恥ずかしくなってしまう。
自分を真っ直ぐと見つめるスコールの視線から逃れるように顔を逸らし、口元に手を当てる。
心臓が喧しいくらい暴れている。まさかこんなことで照れてしまうとは思わなかつた。

バッツがなんとか心を落ち着けようとしているところを、拒否と勘違いをしたのか、スコールが遠慮がちに声を掛けてきた。

「迷惑・・・だったか?それなら別に・・・。」
「いや違うよ!!迷惑なんかじゃないさ!!嬉しいに決まってる!!さっきはちょ、ちょっと照れ・・いや、びっくりしただけだから!!」

慌てて否定をするとバッツはすぐに笑顔を作り、スコールの手から薔薇の鉢を受け取った。
鉢が自分の手からバッツの手に移るとスコールがほっと息を吐いた。安心したかのようなスコールにバッツ本人も安堵し、薔薇の鉢を眺めた。大切に育てられた薔薇は大きな蕾をつけており、大輪の花が咲きそうだ。
蕾を眺める終えると、バッツはスコールに視線を戻し、小さく頭を下げた。

「お言葉に甘えていただくとするよ。お前が時間も愛情も沢山注いだ花だもんな。大事にするよ。・・・そうだ、お返しになるかわからないけど、春になってまた旅に出られるようになったら、旅先で見つけた花の種を沢山、お土産にしてここに帰ってくるよ。他の土地の花も、きっとスコールも気に入るぞ。」

そういうとバッツは笑った。
ほんの数か月前、長い年月をただ生きてきた頃はこのように誰かと約束をするとはスコール本人は思いもしなかった。
淡々と日々を過ごし、いつまで生きなければいけないのかと虚しく思っていたあの時とは違い、自分を救ってくれただけでなく"これから先"の楽しみを与えてくれた彼をとても眩しく感じる。固く閉ざされていた心がまるで雪が解けるかのように自然と言葉が紡ぎだされた。

「・・・ありがとう。楽しみにしている。」
「へへ。おれもありがとな。」

小さな声での礼。出会った頃は想像もしていなかった彼からの言葉とやり取りにバッツは破顔した。

「さて、そろそろ休憩にしようぜ。ジタンが一休みしようって言ってたからさ。お前も来るだろ?」
「ああ。」
「よし。じゃあ休憩休憩。」

バッツは頷くと受け取った薔薇の鉢を持ち直す。鉢を大事に抱えながら数歩前を歩くと、くるりと振り返った。

「行こう、スコール。」

そういってきたバッツに幼い頃の思い出が重なる。
今朝方夢に見た前を歩く父と母と自分の手を引いてくれた姉。今まで何度も見たあの夜の夢ではなかった。
花咲き乱れる花畑の中で両親と姉が自分を包み、前へと導いてくれた夢だった。

夢の中の・・・思い出の中の父と母、姉は優しく、自分を包んでくれた。あたたかかった。

幼い頃、自分を抱きしめてくれた父。
優しく頭を撫でてくれた母。
自分の手を引いてくれた姉。

彼らにはもう会うことはできないが確かに彼らを感じることができた。

過去に負った傷は思い出して痛む時がある。そしてこの傷は消えることはない。
けれど、思い出は痛みだけを生み出すものではない。
自分の中には大切な宝物のような思い出も沢山ある。

前を向いて歩こう。

家族からもらった宝物とこれから宝物を共に作り出すことができる者達がすぐそばにいるとようやく気づいたのだから。

「ああ、今行く。」

呼ばれたスコールは前を歩くバッツの背を追うために一歩前に踏み出した。
彼と自分の周りには沢山の青い薔薇が咲き乱れている。

奇跡の花に囲まれながらスコールは前を向き、ゆっくりと歩み始めたのだった。


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