チョコレートとコスモスと



2013年バレンタイン小説です。

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冷蔵庫を開いたら、大きな製菓用のチョコレートの袋が鎮座していた。


「(・・・なんだこれは?)」

風呂から上がったスコールが水でも飲もうと冷蔵庫からペットボトルを取り出した時、奥の方に割られたチョコレートが入ってる大きな袋を見つけた。
表面の縦横サイズは市販のチョコレートを半分くらいに割った大きさだったが、幅が普通の物に比べてやや厚みがあり、サイズも少しばらついている。
どう見ても市販のものに比べて無骨と言えるそれはかぶりつくにしても厚みがあるため歯が折れそうで何故このようなチョコレートが冷蔵庫にあるのだろうかと首を傾げた。

自分が買ったものではないのでまず間違いなく甘い物を好んで食べる同居人の物で間違いはないだろう。
いくら甘党でも大量のチョコレートをよくこれだけ買ったものだと思っているとタイミング良くその同居人がキッチンにやってきた。

「どうしたんだ?」

冷蔵庫の前で突っ立っているスコールに同居人のバッツが聞くと、スコールはチョコレートの袋を指さした。

「あんたが買ってきたのか。」
「・・・ありゃ、見つかっちまったか。」

少し残念そうにバッツは呟くとチョコレートを冷蔵庫の奥にしまい込み、扉を閉じた。

「実はさ、明日バレンタインだろ?だからチョコレートでも用意しようと思ってレナに相談したらレシピと手作り用の製菓用のチョコを送ってきてくれてさ。」

レナとはバッツの幼なじみの一人でスコールも何度か話を聞いたことがある。
淑やかで女性らしい女性という印象の人物だった。
どうやらよっぽど仲がいいらしく、バッツは目を細めながら話を続けた。

「レナは料理や菓子作りが上手くてさ、おれ、菓子はそんなに作ったことないからおれでも簡単に作れるレシピを教えてくれって頼んだんだ。レナのレシピなら間違いないから楽しみにしててくれよ。」

任せておけとばかりに胸をたたくバッツにスコールは頷いたものの、少々戸惑っていた。
世間ではバレンタインだが自分はいつも姉や女性の友人から貰う側だったため男性が贈ることなど頭になかったからだ。

「・・・あんたも男なのに作っていいのか?」
「へ?どうして?男が贈っちゃいけないのか?」

きょとんとした顔で逆に聞き返されてしまう。
どうやらバッツは世間の常識になりつつあるバレンタインの決まりをあまり気にしていないようだったので彼がバレンタインをどのように考えているのかスコールは確認も兼ねて答えた。

「・・・世間では貰う大半が男だろう?」
「まあそうだけどさ、別にいいんじゃないか?女の子でも友達同士で贈ることもあるし贈りたいと思った人に贈ればいいと思うけど。ほら、海外でも男から女に花とかカードを贈る国だってあるだろ?気にしない気にしない。」

自分がそうしたいからやるのだとバッツは笑うとスコールは納得し、小さく頷いた。

大様なバッツらしい答えに「そういうものだろうか。」と思ったものの、彼の気持ちが嬉しかった。
自分のためにばれてしまったとはいえ、こっそりとチョコレートを準備して自分を喜ばせようとしたのだろう。
普段から彼になんでも与えられてばかりなのに、自分はバレンタインのことなど考えもしなかった。彼よりも気持ちを形にするべきなのは自分の方なのに。
バレンタインは明日。気づいたのがもう少し前だったらこちらも何かを考えるこができたのだが。

「すまない、気がつかなかった。俺の方はまだ何も用意していない・・・。」
「え?・・・ああ、気にするなよ。おれが好きでやろうとしていることだからさ。日頃世話になっているお礼だよ。明日の晩飯の後に出すつもりで作るから、腹減らしておいてくれよ。ガトーショコラにトリュフだろ、チョコチップのスコーンとか沢山レシピもらったからさ!」

バッツは気にしていないものの、スコールとしてはなんだか少し申し訳ない上に世話になっているのはむしろ自分の方であると思っているので、その自分が与えられるだけで何も無しなのはどうなのだろうか?
表には出さなかったもののスコールは内心少し焦りながらバッツがレナからもらった菓子レシピの話を半分上の空で聞いたのだった。



翌朝、バッツと大学に向かい、別れた後、スコールは自分は彼に何を贈るべきかまだ頭を悩ませていた。
昨晩彼と共に眠ったものの、何を贈ろうかと考えていたためあまりよく眠れなかった。
考えすぎたために寝不足のスコールとは反対にバッツの方は元気そのものでレナからもらった数あるレシピの中からガトーショコラを選び、それを作ると張り切っていた。朝から下準備をしていたバッツの姿を見てしまったために昨晩以上に焦ってしまう。
同じ授業を受けている友人のジタンに意見を聞いてみたが彼曰く「女の子から貰えるものならなんでも嬉しいさ。」と参考にもならない意見を聞いてしまい、余計に頭を悩ませた。

本来なら彼も自分も貰う側。世間では菓子業界の戦略に乗せられ、女性が男性にチョコレートと共に愛の告白を贈るか、普段の人間関係で申し訳程度のものを贈ることが一般化している。
なら海外ではどうだろうかと文明の利器インターネットで調べてみたらバッツから教えてもらった通り、両親や世話になった人、親しい友人など性別は関係なしにカードや花、ケーキなどの菓子類を贈ることもあることを知った。
最近なら万年筆やネクタイ、カードケースや小銭入れなどの洒落た小物を贈ることもあるようだが、学生の身なのであまり高価なものは難しい。となれば菓子かカードか花に行きついた。

「(学校帰りに少し足を伸ばして駅前の百貨店まで行ってみるか?しかし、菓子売り場は女性客で一杯なのだろうな・・・。)」

バレンタイン当日でいつも以上に女性客がごった返している売り場に男の自分が行くのは少々気が引けるものの背に腹は代えられない。
終業のチャイムが鳴ると同時にスコールは手早く荷物を纏め、一人まっすぐバス停まで向かい、駅前行きのバスに飛び乗ったのだった。



百貨店に到着するとスコールの予想通り、菓子売り場とバレンタイン限定の特設会場は女性客で一杯だった。
ちらほらと男性はいるもののほとんどが百貨店の社員か洋菓子屋の店員、彼女や伴侶に連れ出されたと思われる男性ばかりで自分のように一人で来ている男性客は見あたらなかった。
女性が好みそうな包装紙にリボン、マスコット・・・特設会場の一角だけがまるで別次元のように思えてしまう。

「(・・・出よう。)」

到着してものの数分しか経っていないのに場違いな空気を感じたスコールは売場を後にし、他の階に移動した。
会場独特の空気に酔ってしまったため、エスカレーターで何階か下に降り、休憩用のベンチに腰掛けてため息をついて俯いた。

今頃、バッツは家に帰ってきて準備をしている頃だろう。
時計を見ると午後5時。あまり時間もない。
このまま手ぶらで帰ったとしてもバッツは気にしないだろうが自分が気にしてしまう。

「(別に来月のホワイトデーで返してもいいのだろうが・・・しかし・・・。)」

どうしたものかと考えて顔を上げた時、斜め前に花屋があるのが目に入った。
そういえば花束やカードを贈る国もあったことを思いだし、なんとなしに店の方を見ていると、店員と思われる男性がギフトボックスのような物を店先に並べているのが見えた。

ボックスの中には小さな花束のようなものやケーキに見立てた花などがあり、なかなか凝った造りの物ばかりだった。
スコールがぼんやりと眺めていると、作業を終えた店員の男性がそれに気づき、目が合ってしまった。
不審に思われただろうかとスコールが視線を逸らすより前に店員は笑顔を作り、少し離れているにもかかわらずスコールに挨拶をしてきた。

「いらっしゃいませ。」

どうやら客と思われたらしい。挨拶をされて無視をするのも感じが悪いと思ったのでとりあえず見るだけ見ようと店先へと歩いていき、飾られている花を眺めた。

バラやガーベラ、チューリップにヒヤシンスなど沢山の花がある。その中で小さなギフトボックスに入った花があった。
コスモスの花なのだが色が少し変わっている。赤にしては少し暗めのような変わったコスモスの横にはカードが飾られており「大切な人へのバレンタインギフトに・・・」と書かれていた。

「すみません、この花は?」

近くにいた店員にこの花は何かと訪ねると、店員は笑顔で説明をし始めた。

「これはチョコレートコスモスのフラワーボックスです。バレンタインは女性だけのイベントのように思われがちですが、大切な人に男性から贈ることもあるみたいですので去年のバレンタインからこの時期限定のギフトとしてご用意させていただいています。」

店員の説明を聞きながらスコールはギフトボックスを手にとって眺めてみた。
手のひらよりやや大きめのボックスにケーキのようにデコレーションされている花は女性であれば誰もが喜びそうなものであった。
しかし、贈る相手は男性。男に女性向けのギフトを贈るのはどうかとも考えたのだが卓上花サイズのものなら場所に気を使うこともなく飾ることができる。
目で見て楽しむバレンタインは彼ももらったことがないと思われるので珍しがって喜んでくれるかもしれない。

なによりチョコレートコスモスの素朴なイメージが彼の雰囲気に似合っていると思った。

スコールは手に持っていた花を店員に新しいものを出してもらうように頼むと、店員は微笑んでスコールを店の奥まで案内した。
新しい物を用意されるまでの間にと、店員はメッセージカード用にとパッケージがメッセージ欄になっている板チョコとサインペンをスコールに手渡した。
どうやらバレンタイン限定のメッセージが書ける板チョコらしい。花の用意がされるまでの間、何を書こうかと悩む。
こういう時に気の利いた言葉の一つや二つ、思い浮かばない自分をスコールは情けなく思いつつ、要は一番伝えたい気持ちを書けばいいのだと自分で自分を励ましながらチョコレートにメッセージを決めて書き込んだ。

出来上がったフラワーギフトを確認して会計を済ませ、フラワーギフトが入った紙袋にチョコレートのメッセージを入れて店を出ようとした時、店員に「ありがとうございました。素敵なバレンタインを。」と言われてしまい、少し気恥ずかしくなってスコールは早足で店を後にした。

花とチョコレートのメッセージ。若い自分には少々気障な贈り物かもしれないが、彼は喜んでもらえるだろうか?そんな不安と贈り物を無事に手に入れることができてよかったという安堵感に包まれながらスコールは家路へ急いだのだった。



帰宅すると家中甘い香りで充満していた。
どうやら宣言通り手作りの菓子を無事に準備できたようで、香りの張本人も奥から顔を出して満面の笑みで出迎えてくれた

「お帰り、遅かったなぁ。」
「すまない。」

鞄で紙袋を隠してなるべく彼に見えないようにして部屋に入るとテーブルの上には小包が乗っていた。

「故郷の幼なじみ達がわざわざチョコレートを送ってくれたんだ。おまえにもお姉さんから届いているぜ。」

バッツが指さした方には大きな箱が乗っていたのでどうやらそれが送られてきたものらしい。
その横には大きな段ボール箱が置かれており、中には売り物といってもおかしくない手作りのチョコレートパウンドケーキに何種類もの市販のチョコ菓子が詰まったでかい袋とチョコボ柄の箱でラッピングされたチョコレートが入っていた。

「へへ、レナとファリスとクルルから届いたんだ。ファリスは・・・質より量を選んだんだろうな。食べきるのに時間かかりそうだよ。レナは毎年手作りなんだよなぁ。すげー美味そうだ。お、クルルも手作りみたいだな。ハート型や星型のチョコにイラストが描いているな。すげーな、クルルの奴。後でお礼のメールを・・・。」
「バッツ。」
「ん?」

嬉しそうに届いたチョコレートを物色しているバッツにスコールは持っていた紙袋を差し出した。

「バレンタインに・・・。」
「え?わざわざ用意してくれたのかよ。」
「ああ。」

バッツは少々驚きつつ紙袋とスコールの顔を何度見ながら袋を受け取り、中を覗き込むと、やがてふわりと笑った。
黒紫色の花。
今朝方、スコールが少し難しい顔をしていたのも、帰宅が遅かったのはこのためだったのかとようやくわかった。自分のことを考えて、悩んで、選んでくれたことが嬉しいと同時に素敵な贈り物をしてくれた彼に感謝の気持ちでいっぱいになった。

「ありがとう。うれしいよ。・・・かわいい花だなぁ。なんなんだこの花?コスモスか?」
「チョコレートコスモスという花らしい。」
「へえ、バレンタインらしいな。香りもチョコレートと似ているな。せっかくだからダイニングのテーブルに飾らせてもらうよ。」

そう言いながら紙袋からフラワーボックスを取り出そうとしたところで手が止まった。
どうやらメッセージを見つけたらしく、ボックスを取り出そうとした手には花と板チョコが収まっていた。

「・・・メッセージ付きの板チョコ・・・。」

そう呟いたバッツの瞳にはメッセージが映し出されている。


--ありがとう。


たった一言のメッセージがチョコレートのパッケージに流麗な文字で書かれていた。
ぼうっとメッセージを眺めているバッツにスコールは少し面はゆかったようで顔を逸らしながら言い訳めいたようにメッセージの経緯を伝えた。

「バレンタイン限定のメッセージ欄付きの板チョコを花屋からもらった。一番言いたい言葉を書こうと思ったんだ・・・。」


そばにいてくれてありがとう。
愛してくれてありがとう。
沢山のありがとう。


愛を伝えるバレンタインに"ありがとう"は趣旨から逸れているだろうかと思ったが伝えたい気持ちで第一に浮かんだのはそれだった。
尤も沢山の愛の言葉を伝えるのは不器用な自分にはできそうになかったこともあるのだが。

「おかしいか?」

黙ったままのバッツに少し不安に思い、おずおずと聞くと、彼は破顔して首を振った。

「何言ってるんだよ。」

メッセージのチョコレートとコスモスをテーブルに置くと、バッツはそのままスコールに正面から抱き着いてきた。
バッツから、ガトーショコラを焼いたためかチョコレートの香りがほのかに漂った。

「おれのことを考えてくれて、花とスコールの一番の気持ちが書かれたチョコレート。こんな嬉しいものをくれるなんておれの方こそありがとうを伝えたいよ。」

彼の様子からどうやら思った以上に喜んでもらえたらしい。
急いで買った花と板チョコに書いたメッセージにここまで喜んでもらえるとは思わなかった。

大きかろうが小さかろうが、きちんと自分なりに形にし、気持ちを伝えればバッツはそれに応えて喜んでくれる。
悩みに悩んだとはいえ、自分なりに考えて行動してよかった。

抱きしめるバッツが温かい。

「スコール。」

呼ばれて彼を見つめ直すと肩に手を置かれそのまま口づけられた。
愛おしい恋人からのキスがとても甘い。


甘い香り漂う場所で甘い時間を恋人と共に。


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