ごめんなさい。あなたをラフレシアにしたことを、後悔しています。
たいようのいしは、まだ新米トレーナーの私には高かった。リーフのいしなら、なんとか手に入る値段だった。たったそれだけの理由で、クサイハナだったあなたをラフレシアに進化させた。
浅黒い肌、雀斑のある頬っぺた、暗い赤色の瞳を隠すのは同じ色の長い髪。紺色の地味な服と、内気なあなた。
「名前」
控えめな声で私を呼ぶ。クサイハナだった時のような独特の匂いは無くなった代わりに、花粉症の友達に会うことが少なくなった。
「名前。どうしたのですか?」
「えっ?」
「僕の顔ばかり見て」
「ああ、…うん。何でもない、よ」
そうですか、と呟いて、ラフレシアはまた、春の日差しを気持ちよさそうに浴び始めた。
自然公園には、ポケモンとの遊び場やゆったり休めるベンチ、広い花壇がある。だから草タイプや虫タイプは、好んでここを訪れた。
「なんだか人が多いね。今日、虫取り大会だっけ?」
「ええ…今日は土曜日ですから」
参加者らしい人々が、あちこちで草むらに分け入っている。
「…ねえ、ラフレシア。私達も参加しない?」
ふとした思いつきを口にすれば、ラフレシアはきょとんとした。
「え?でも、もう…始まってますよ?」
「今から途中参加するのっ」
「はあ…」
ぽかんとしたままのラフレシアを急かし、受付へと走る。
(キレイハナ、はなびらのまい!)
背後で聞こえた誰かの声に、ラフレシアの表情が一瞬固まった、ように見えた。
「では、結果発表…!」
飛び入りで参加した結果、最後の最後にぎりぎりでストライクを捕まえた。ラフレシアはもうだいぶ疲れてしまっていたけれど、その大収穫に誇らしげに笑っていた。
「第三位は……バタフリーを捕まえた、××さんとキレイハナ!おめでとうございます!」
どきり、と胸が鳴った。人だかりの一角、嬉しそうな歓声があがる。
可愛らしい女の子と手を取り合って喜ぶのは、やはり可愛らしい花飾りの子。キレイハナ、と無意識に呟いた私の視界に、悲しい目をしたラフレシアが映った。
二位の紹介は終わっていたらしく、別のところからあがる歓声と、一位を焦らす司会者の間。
「それでは発表します。優勝は…………ストライクを捕まえた、名前さんとラフレシア!」
一瞬間、私とラフレシアの目が合う。お互いに唖然としたまま、同時に司会者の方を見た。
「えっ…い、今、呼ばれた?私達、」
「…呼ばれましたね…」
「うわああ!すごいよラフレシア!やったあ!」
思わず手を取れば、精一杯嬉しそうに笑うラフレシア。司会者の微笑みが、こちらを向いた。
「おめでとうございます!賞品は、たいようのいしです!」
一転、え、と口の端から声が漏れる。一瞬だけ強張った私は、それでも、手招きする司会者に笑顔で歩み寄った。
「どうぞ!おめでとうございます!」
受け取ったたいようのいしはキラキラと輝いていて、今は寧ろその輝きが虚しく見えた。
「名前、やりましたね名前」
「そうだ…ヒマナッツ、確かあの子に使えるよね?キマワリかぁ、草タイプの仲間が増えるね。ラフレシア」
オレンジ色を眺めながら嬉しそうに笑うラフレシア。ふと心を満たしそうになった思いを掻き消すために、使い道を考えた。
「でも、残念でしたね。もう少し早ければ、キレイハナにできたのに」
バラバラと参加者が解散する中、司会者がぽつりと呟いた。
キレイハナという新種が発見されたばかりの今、それは当たり前の言葉。
「え…?あ、ああ…えっと」
返す言葉が見つからないまま、曖昧に会釈をして公園を離れた。視界の隅には、奇妙な目をこちらに向けるあの女の子とキレイハナが映った。
「名前」
黙々と歩みを進める私は、ラフレシアの声を聞き逃していたらしい。肩を掴まれて初めて、後ろを振り返った。
「え…なに?」
「……僕は、悲しんでなんかいませんよ」
エンジュシティに沈む夕陽。オレンジ色が、ラフレシアの微笑に影を落とした。
「だから、…別の、クサイハナに」
「いいの!」
思わず叫んでいた。その先は、聞きたくなかった。
「あなたはあなたよ。ラフレシア、私は」
言葉を遮るように、いつもならそんなことをしない内気なラフレシアが、私の背中に手を回した。
「だって名前、キレイハナが欲しいって、言ってたじゃない」
少しだけ弱々しい抱擁に、ああポケモンセンターで回復させなきゃ、とぼんやり思考した。
(見て見てクサイハナ!ほら、たいようのいしだよ!)
(わあ、綺麗だね)
(あれを使えば、あなたはキレイハナになるんだよね…!)
(でも、ちょっと高いね)
(…あはは、本当だ)
(………)
(こっちのリーフの石なら、買えるんだけどねー…)
(名前の、好きなようにしていいからね)
(…うん!)
(さようなら、名前)
その夜、あの日の夢を見た。その朝、少し軽くなったモンスターボールを見つけた。
「…ラフレシア…?」
家の中に、姿はなかった。
内気で、地味で、だけど他のポケモン達より少し優しくて賢いラフレシア。テーブルに置きっ放しにしていたたいようのいしが、朝陽を受けて輝いていた。
ごめんなさい。あなたをラフレシアにしたことを、後悔していました。
残華
(ざんげ、あなたに)
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題名を、敢えてざんげと読んで懺悔とかけてみた。
企画サイト「そろり」様に提出させていただきました!