ボクと彼女の距離、6ミリメートル。
その間隙はまだ、埋められない。



「私ね、ポケモンが苦手なの」
名前はモンスターボールを撫でながら、穏やかな声でそう言った。
「小さい頃、野生のポケモンに襲われたことがあってね…トラウマ、って言うのかな」
悔しそうな笑顔を浮かべた、名前の右手はボールに置かれたまま。
「ボクは、ヒトが苦手なんだ」
ボクはレシラムを撫でながら、静かな声でそう言った。
「世界には、トモダチを傷つけるヒトばかりだと思ってたんだ…ずっと、昔から」
悲しくなって顔を伏せた、ボクの目にはすぐそばにある名前の左手が映った。

名前は、トモダチをボールから出すことが出来ないらしい。
ボール越しでしか、ポケモンに触れることが出来ないと言う。
「でも。少しずつ…少しずつだけど、ヒトのことも分かるようになってきた」
「Nは、どうしてそんな風になれたの?」
せめてもの願いを込めてだろうか。彼女の手は、壊れものを扱うようにボールの上を何度も往復した。
「大切なヒトができた。人間の、トモダチが」
「…私も、ポケモンと友達になれるかな」
「なれるさ!きっと名前なら、」
手を取ろうとして、ボクは動けなくなった。
「……大丈夫だよ」

ボクは、何もない先にいるはずの彼女に、触れることができない。
ヒトを恐れるポケモンはたくさん見てきた。ヒトと触れ合うポケモンもたくさん見てきた。
ポケモンを恐れるヒトなんて、初めてだった。

「ねえ名前、きっとヒトは初めてのことに怯えるだけなんだ」
ボクの言葉に顔を上げて、名前は小さく首を傾げた。
「だから、きっと最初の一回が恐いだけ。大丈夫、ポケモンはみんな素晴らしい生き物なんだ…勇気を出してほしい」
「…N…」
彼女はまた、顔を伏せる。ボールを握る指先が震えて見えた。
「…あのね。じゃあね、N」
もう一度顔を上げた。名前の頬には、赤みが差していた。
「手を、握っててほしいの」
「……手を」
「Nと一緒なら、恐くないから」
モンスターボールのボタンを押す名前。中から飛び出したポケモンは、じっと名前を見つめた。
「ウン。大丈夫…名前は、ポケモンへの愛に満ちているよ。キミのトモダチも、ワクワクしながらその時を待ってくれている」
おいで、という声で、ポケモンは彼女の膝に乗る。きゅ、と握られた左手。彼女とポケモンはもうすぐ、触れ合うことができる。



ボクと彼女の距離、6ミリメートル。
固く閉じられたその拳は小さく、力強く。
今から、ボクはこの手を、重ねてみようと思う。



(N、ポケモンってあったかいね)

(名前。ヒトって、あったかいね)



6ミリメートル






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