「ナゾノクサ、はっぱカッター!」
名前の一声で、ナゾノクサから凄まじい威力のはっぱカッターが繰り出される。
バトル前には自信と侮りの笑みを満面に湛えていた相手は、戦闘不能になった手持ちを慌ててボールへ戻し、一目散に逃げていった。
「手応えないわね、ホント」
『ナッゾー!』
「行きましょう、ナゾノクサ」
くるりと向きを変えた名前の後ろを、ナゾノクサがとことことついて行く。



ナゾノクサのまま育てているのは、所詮私のエゴだ。
ポケモンは進化すればより強くなれるという。石や交換で、常に新しい可能性を拓ける。ポケモン自身も、より強くなれることを喜ぶらしい。
ラフレシアやキレイハナを見る度、羨ましそうにするナゾノクサに気づいた。いつかは、店先に並ぶリーフの石をキラキラした目で見つめていた。
それでも私はナゾノクサが好きだった。
このままが良かった。だから強く、強くなった。進化前だろうと、この子が素晴らしいことを知らしめるために。
いつしか、その気持ちを理解してくれたのか、花の咲かないナゾノクサはそれを受け入れてくれていた。



「ここら辺で休もっか」
『ナゾッ!』
柔らかい風が、ぽつりぽつりと立つ木々を優しく鳴らす川縁。
草地に腰を下ろす名前。ナゾノクサはその前で、流水を浴びて遊んでいた。髪を靡かせぼんやりとしていた名前は、ふと横に目を向けた。
「…わぁ」
小さな小さな花が、寄り添うように群生していた。恐らくは座って見なければわからない程の、疎らな紺青。
名前がそれを眺めていると、近くの草原からか、ひらひらと迷い込んだアゲハントが同じように小さな花畑へと舞い降りた。
『ナゾー?』
川から上がってきたナゾノクサが、名前の顔を見て不思議そうに視線を追う。「あ、ナゾノクサ。ほら見て、花が」
その時、アゲハントがひらりと浮かび上がりナゾノクサに近づいた。
「…あらら」
余程空腹だったのか。ナゾノクサの上に止まり、静かに羽を震わせるアゲハント。何が起きているのかわからないらしく、ナゾノクサは名前へと困ったような目を向けた。
「……似合ってるよ、ナゾノクサ。花が、咲いたみたい」
ぱっと、ナゾノクサの目が輝く。
『ナゾッ!』
自信たっぷりに、それでもアゲハントを驚かさないように、ナゾノクサは小さく声をあげた。
漸く蜜を諦めたアゲハントが、ナゾノクサからふわりと離れる。



「さ、行こうか。ナゾノクサ」
小さな花畑で、今はもう散ってしまった花を誇り、胸を張っているナゾノクサ。くすくすと笑いながら、名前は下草の中を歩き出した。



蝶の咲く花






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