川縁で釣りをする。背中に乗って波乗りをする。水着になって海を泳ぐ。
貴女は人間で、貴女が水に触れられる時間は短い。
「僕ね、海の中にある街を、見たことがあるの」
まだルリリだった頃、尻尾が沈まなくて潜ることができなかった。
マリルに進化して、貴女に出会う前、一度だけ海の底に広がる街を見つけた。
「人間って、ああいう街に住むんでしょ?」
陸の上はほんの少し、ほんの少し息苦しい。暑いし、乾いているし、世界は重い。
「ねぇ、一緒にあそこに住みたいな」
貴女は何も知らずに、僕の頭を撫でる。しっとりと冷たい柔らかさが気持ちいい、と言う。
(マリルリ。ダイビング、お願いね)
ぶくぶくと沈んでいく。貴女はダイビングで眺める海の底が好きだと言っていた。
「ねぇ、ずっとずっと、ここにいようよ」
水の中では声は届かない。目的地に着けば、貴女はまた地上へ戻ろうとしてしまう。
ああそういえば、と思い直した。
僕の声は、一度だって貴女に届きやしないんだった。
諦めた理想郷
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