わたしの家はね、ドラゴンつかいの一族なんだ。
フスベにある、龍の里。聞いたことある?ドラゴンタイプをあつかうトレーナーはこぞって龍の祠に行きたがるけれど、あそこに入ることができるのはほんの一握り。本家の人間か、一族の中でも相当の実力者か、そうでなければジョウトのジムバッジをすべて集めない限り入ることは許されない。分家の人間だって年末年始のごあいさつや一族の集まりでもない限り入れない特別な場所なんだもの、一族以外の人が立ち入るのは難しいんじゃないかしら。

わたし?
…そうね、わたし分家の人間だから。そんなに入ったことないの。それこそ年末年始くらいよ。でもそれは、わたしが一人立ちしてないせいもあるのかもね。うちではね、ドラゴンポケモンは特別なの。一族の象徴だから。小さな頃から一族の歴史やしきたりやドラゴンポケモンについて学び続けて、十五になると長老に謁見して口頭試問を受けてはじめて自分のパートナーとなるドラゴンポケモンを持つことが許される。それが一人立ちした証。力強く、美しいドラゴン。だから、トレーナーになる人間のほうもまた強くなくてはいけないんだって。
うちは分家でも末端の末端だし、わたし自身、体がそんなに強くないから、自分のポケモンを持つなんて夢のまた夢ね。











 迷いこんだ先で私が出逢ったのは、なんとも気の弱そうな少女だった。
栄養が足りているのかと心配になりそうなくらいか細く、(栄養失調なのだろうか、)日の光を浴びているのだろうかと疑ってしまうくらい血色の悪い肌色。見るからに体調の悪そうな彼女──名前というらしい──は体が弱いのだと言った。そう言われなくても病人にしか見えないのだが薄暗いここでは視界の悪さも手伝って、死人のようだった。淡々として抑揚のない話し方も、通りの悪い小さな声も、あきらめたような瞳も気の弱そうな容貌も、そのすべてが名前をしあわせから遠ざけている気がしてならなかった。
彼女は久しぶりに外に出たのだと言う。今日は金曜日だから、仕事の終わったあとに両親が修行場にしているこの洞窟へ連れてきてくれたのだと。海を知らないらしい彼女は、洞窟の最奥にあるこの湖の大きさにさえ驚いていた。人間たちには知られていないようだが、この湖は深く潜ると海に出ることができる。とはいえ、海水よりも淡水の濃度のほうが濃いからヒトの嗅覚ではこのわずかな潮の匂いなど感じられないのだろう。

大きな手術を明日に控えた彼女はおびえているようにも、回復の希望を抱いているようにも見えた。



嗚呼、
海を知らぬ病弱な彼女に一度でいいから私の育った海を見せてやりたい。
私たちの種族はヒトを乗せて海を行くことこそが生き甲斐なのだから。



ねぇラプラス、いつかの金曜日、またここに来てもいいかしら。
弱々しい問い掛けに肯定の意を込めて一鳴きすれば、彼女のどこかあきらめたような瞳がほんの少し輝いた気がした。



光に躯を融かす
(名前の病気がよくなったら。
私が彼女に世界を見せよう)
(わたしの病気がよくなったら。
あのラプラスと世界が見たい)





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素敵企画サイト「そろり」様提出作品
参加させていただき、ありがとうございました

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