例えば、ふとした時の優しさ。
例えば、照れながらの笑顔。
例えば、誰にも見せない弱さ。
例えばを挙げればキリがない。
君を好きな理由。
幼馴染みの夾君は照れ屋でぶっきらぼうなんだけど、優しい人。
今日もそんな夾君に甘えて、部屋に上がり込んでいる。
「…つーか、テスト勉強くらい自分一人でやれよ」
「幼馴染みのよしみって言うでしょ?夾先生よろしく!」
満面の笑みで敬礼すると、諦めたようにため息が返ってきた。
「仕方ねぇな…どこがわからねぇんだ?」
あ、この顔。
この呆れたような、でも優しい笑顔が私は大好きだった。
恋人同士になれたらなんて思うこともあるけど、今はこのままでも十分幸せ。
「きょーくんっ」
「おわッ!?」
そんなことを考えていたら身体は勝手に動いていて。
ボンッ!白い煙と共に夾君は可愛い猫に早変わりしてしまった。
こんなの日常茶飯事。
「〜〜お前なぁ、いい加減その直ぐ抱きつく癖を治せッ!」
凄い剣幕で怒鳴られたけど、外見はオレンジ色の可愛い猫。ちっとも怖くない。
「…………おい」
「なーに?」
「なーに、じゃねぇ!今その抱きつく癖を治せって言ったばっかじゃねぇか!」
暴れて腕の中から必死に出ようとするから更にキツく抱き締めた。
「これじゃ元に戻れねぇだろ!」
「だって夾君が可愛いのがいけないんだよ?」
「意味わからねぇこと言うな!」
そんなやりとりをしばらく繰り返すと、夾君が腕の中でグッタリとうなだれた。
「いい加減離せよ…誰かに見られたらどうすんだ」
「…それ、透さん?」
頭によぎった人物をそのまま口にした。
前までは私が一番仲のいい女の子だって自信があったけど、最近はない。
幼馴染みの特権だと思っていた夾君の笑顔が、透さんにも向けられているのを知ってるから。
「なんで透が出てくんだよ」
「…だって」
それ以上言葉が出なくて俯いた。頭上で「はぁ…」と呆れたようなため息が聞こえる。
「お前なぁ…何考えてんだか知らねーけど、俺は別に透のことを好きとかそういうんじゃねぇから」
驚いて見つめると「…ま、そういうことだから変な誤解すんな」と顔を逸らされた。
夾君の顔は照れているのか赤くて、自分の顔がみるみる変わるのが分かった。
どうしよう。
すっごく嬉しい。
「夾君、大好き!」
「なっ…!」
抱き上げてちゅっとキスをすると、同時にボンッ!と再び煙が出て人間の夾君が現れた。抱き締めるのを止めたから戻ったのだ。
「わわっ…!」
毎度のことながら好きな人の裸なんて慣れるものじゃない。素早く後ろを向くと、後ろからガサゴソと着替えてる音が聞こえてきた。
「…つかお前、んであんなことしたんだよ」
「え?」
「あ、馬鹿!まだこっち向くな!」
途中まで振り返りかけていた首を慌てて元の位置へと戻す。
今チラってお腹見えちゃった。
「あんなことって、ちゅー?」
「ちゅ……そ、そーだよ!」
少し怒ったような焦ったような声。
私はわざとらしい唸り声をあげながら腕を組んだ。
そんなことしなくても答えは決まってるけれど。
「可愛かったから?」
「…。」
夾君は黙ってそっぽを向いた。どうやらご機嫌を損ねてしまったらしい。
「(嘘なのになー)」
そんなの好きだからに決まってるのに。
だけど、まだ好きとは言わない。
今はまだこの友達以上恋人未満の日常が好きだから。
昨日より今日。
今日より明日。
明日より明後日。
今はこうやって少しずつ心が歩み寄っているだけで満足だから。
だから、もう少しだけこの関係でいようね。
ね、夾君?
END
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