『今の僕は貴女を大切に思っています…』
昨晩、照れるように呟いた紫義はもういない。
目の前にいるのは、ただ冷たい瞳であたしを見据えている紫義だけ。
「う、そ…だ…。だって…ねぇ?嘘でしょ?」
「…嘘じゃありません。名前、玻慧様の命により貴女を殺します」
悪く思わないで下さいね。と続ける紫義が涙で見えなくなる。
だって、そんなの信じられない。信じたくない。
確かに怖かったけど、冷たい人だと思ったけど、ここ最近で確かにあたし達の距離は縮まったと思ってたのに。
その優しさに惹かれて、淡い恋心さえ抱いていたのに。
それが今日になって突然殺すことになりましたなんて言われたって信じられない。信じたくない。
「…そろそろいいでしょう。じっとしていればすぐに済みます」
「や、っきゃあああ!!」
避けようととっさに身を捩らせたら、例えようのない痛みが右腕を襲った。
「っ、あ…あ…」
「避けないで下さい。貴女が痛いだけです」
生暖かい血が吹き出して、肌が見えなくなる。
痛いなんてもんじゃない。熱くて呻くしか出来なかった。
そして再び剣が振り上げられる。
ああ、もうあたしは死んじゃうんだ。これで終わってしまうんだ。匠にも会えず、元の世界にも戻れないまま。
だけど、一つだけ言いたかった言葉。
「あた…し、紫義が…好きだったよ…」
ちゃんと笑えていただろうか。
敵だったけど、裏切られたけど、やっぱりあたしは紫義が好きだった。
悲しい。悲しい。悲しい。
悲しみしか感じない。
あたし達、違う出会い方さえ出来ていれば、もっと違う未来があったかもしれないのにね。
「……僕も、です」
小さな小さな呟きに顔を上げると、冷たいとばかり思っていた紫義の瞳に、悲しみが含まれているのに気付いた。
ああ、悲しいのはあたしだけじゃなかったんだね。紫義もずっと悲しかったんだ。
それが分かって本当によかった。
剣が振り下ろされる瞬間、紫義と目を合わせて今度こそちゃんと笑った。
END
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