「……逢いたい」
学校帰りの道端で、あたしはポツリと呟いた。
鏡の巫女としてあの四神天地書という異世界いたのは、もう2週間も前のことになる。
あれからお母さんと上手くいくようになって、休みの日には友達や匠と遊んだりして。楽しいといえば楽しい毎日を過ごしている。
…でも、やっぱり何か足りない。
異世界で好きになってしまった人、紫義。
倶東国の巫女討伐隊隊長で、多喜子ちゃんの命を狙っていた。
最初は外見とは裏腹に人を傷付ける怖い人だと思ってた。だけど、一緒にいるうちにいつの間にか惹かれている自分がいた。
たまに優しかったり、危ないときは助けてくれたり。二度と会えないと分かっていても気持ちを止められなかった。
そして紫義も同じ気持ちだったのだと知ったのは最後の日で。あたし達は唇を重ねて、絶対に忘れないと誓った。
そして、あたしはあたしが生きるべきこの世界でこうして生きている。
でも…。
「……っ逢いたいよ」
どうしたって割り切れない。紫義が言っていたように忘れるなんて出来ない。
生温い何かが頬を滑り落ちる。
紫義に逢いたい。
逢いたくて堪らない。
どうして、あたしはこっちの世界に戻ってきてしまったんだろう。
紫義と離れてまで帰って来なければ良かった。死んじゃったとしても、あっちの世界にいれば良かった。
紫義のいない世界なんて、なんの意味も無い。
「…行きたい」
唇を強く噛み締める。
もう一度あの世界に行きたい。
あの世界で生きたい!!
強く強く願ったときだった。
「な、なに!?」
急に鞄が翠色に光だして思わずたじろぐ。よく見れば、光っているのは鞄じゃなくて鞄の中だった。
恐る恐る開けてみると、そこには眩い光を放つあの鏡。玄部と呼ばれるものが彫られている向こうの世界にトリップする原因となった鏡だった。
こっちに帰ってきてから、いつも持ち歩いていたのだ。
導かれるように鏡を掴むと、光は瞬間的に大きくなりあたしを飲み込んだ。
反射的に目を瞑り、そしてそのまま意識を手放した…。
「………ん…」
気がつくと、そこは森の中みたいだった。
まさか、ここは……。
期待で胸が高鳴りながら、ある異変に気がついた。
「…あ、あれ?無い…」
いつの間にか、確かに持っていたはずの鏡が消えてしまっていた。
「…誰だ!そこにいるのは!」
突然の怒鳴り声にビクッと振り返ると、そこには数人の兵隊。
「(デ…デジャヴ!?)」
前と同じような光景。だけど、今度はあたしを守ってくれる匠はいないんだ。頼れるのは自分だけ。でも周りに武器になりそうなものは何も無い。
焦る合間にも、兵隊はジリジリと詰め寄ってきていた。
「……どうかなさったんですか?」
聞いたことのある声に思わず固まった。その人物は兵隊を掻き分けてこっちに歩いてくる。
そして、あたしの姿を視界に捉えて驚いたように瞳が見開かれた。
「…名前…ですか?」
「紫義…っ!」
そこには、会いたくて仕方なかった人の姿。思わず駆け出してそのまま抱き付いた。
鎧が少し痛いけど、あったかい温もりに涙が溢れる。
「まさか、本当に…あなたなんですか…?」
戸惑うようにあたしの背中に微かに触れる手。あたしは更に抱き締める手に力を込めた。
「うんっ!うんっ!また来れたの!またこっちの世界に戻って来れた!」
涙が溢れて頬を伝う。悲しみじゃない、嬉し涙。だってまた紫義に逢えたから。
絶対逢えないって、そう思ってたのに。
こんな奇跡、嬉しいなんて言葉じゃ言い表せない。
「名前……」
躊躇いがちだった紫義の手がしっかりとあたしの背中に回される。
「訊きたいことはたくさんあります。…ですが今は、貴女がここにいることを実感させて下さい…」
苦しいほど手に力が籠められる。嬉しくて、愛しくて。
あたし達はずっと抱き締めあっていた。もう、絶対に離れない。離れたくない。
だって、あたしの居場所はここしか、紫義の隣しかないんだから。
END
back|top