04

ろくがコタンで過ごすようになって数週間が経った頃だろうか。

ある日二人の男がコタンを訪ねて来た。彼らは和人の言葉が分かる者と話した後、コタンを見渡し子供達と一緒にいるろくを見つけろくの元にやって来る。

「おい、お前がろくだな」

ろくのすぐ前まで来ると二人のうちの一人がジッとろくを見て静かに言った。

「お前を連れ戻しに来たぞ」

軍服を来た彼らの事をろくは知らなかったが連れ戻しに来たと聞いてハッとし思わず駆け出した。だがすぐ前に居た一人が素早く動いてろくの腕をガシッと掴んだ。

「逃げても無駄だ」
「やだ!離して!」
「大人しくしろ!」
 
周りに居た子供達が怯えだし見ていた周りの人々が何事だとざわついた。はじめ軍服の男達が声をかけたコタンの男達は止めに入ろうと駆け寄ってくる。しかしそれよりも前にろくの声を聞き付けてキラウシが家の中から飛び出してきた。

「何してる!!!ろくから手を離せ!!」
「おい落ち着けよ」

キラウシが今にも飛び掛かってきそうな勢いだったのでろくを捕まえる男はろくの手を一旦離す。ろくは男達から離れるとキラウシの前まで駆け寄ってキラウシは守るようにろくをギュウと自分に寄せた。

「ほら、言われた通り離したぜ。武器も持っちゃいない。冷静に話し合おう」

男は両手の平を見せて銃も刀も持っていない事をキラウシに示す。そして後ろに居た顔に傷のある男に目配せするとその男も武器は持っていないと主張するように両手の平を見せた。キラウシは警戒をしたままジロリと男達を睨み付ける。

「…あんたらは何者だ」
「俺達は大日本帝国陸軍第七師団の人間だ」
「陸軍だと?」
「ああそうだ。俺は菊田特務曹長、こいつは有古一等卒」
「…軍人が、ろくに何の用だ」
「何もそいつを取って食おうってんじゃない。そいつを連れてきた男とはちょっとした馴染みでな。帰る途中にそいつが居なくなっちまって辺りを探すがちっとも見つからない、もしかしたら山に入り込んだかもしれない、そうなったら自分で見つけるのは難しいから代わりに探してくれないか、そう頼まれたんだよ」

菊田と言う男の話を聞いてろくはサァと血の気が引いた。菊田が言う馴染みの男とは聞かずとも分かる、あの女衒の事だ。コタンで暮らすこと数週間…きっとあの女衒もろくは山で動物にでも食べられて死んだと思っているはずだ、自分の事を諦めただろうと思ったがそうではなかったようだ。どうしよう、このままではあの女衒の元に、いや遊郭に連れて行かれてしまう。キラウシの服を掴むろくの手に力が籠る。

「それは本当なのか」
「そいつに聞いてみりゃいいだろう」

菊田の話は信用出来ない、しかしわざわざコタンにまでやって来て嘘をついている風にも見えない。菊田が顎でろくを指せばキラウシは膝を付いてろくの肩にソッと触れ目を合わせた。

「そうなのか?ろく」

ろくは口をきつく閉じてジッとキラウシを見た。本当の事を離話せば、このコタンを離れなくてはならない。キラウシの事だ、この男の言う事は嘘だと言えばきっと男達を追い返してくれるだろう。そんな事を思うろくの思考がお見通しだったのか、菊田がおいとろくに声掛ける。

「別にそいつの言う事は嘘だと言ってもいいんだぞ?だがな、お前はそれでいいかもしれないが一緒に来た娘達がお前が逃げたせいで酷い目にあってるとしたらどうするんだ?それでもここに残るつもりなのか?」

それは菊田の脅しだ。残された娘達が酷い目にあっていると言う事はない、だがろくはまだ少女…そう言えば事を荒立てることなく大人しくついて来るだろうと思ったのだ。案の定、菊田の言った事を聞いてろくはハッとし何かを決意したようにキラウシを見た。

「…その人の言う事は本当」
「そうなのか…?」
「うん…だから私、あの人達と一緒に行くね」

ろくの言葉を聞いてフゥと安心したように菊田は息を吐く。いくら馴染みからの頼みとは言えこんな事でコタンの人々と揉めたくないからろくが自分で一緒に行くと言ってひと安心だ。

「キラウシニシパ、今までありがとう。みんなにもありがとうって伝えてね」
「ああ分かったよ…ろくは、これから家に帰るのか?」
「私の家はないから友達が待ってる所に行くの」

帰る家は無いと言っていたろく…だが待ってくれている友達がいると聞いてキラウシは少しホッとした。

「友達が居るなら寂しくはないな」
「うん…」

ろくはキラウシから離れると菊田の前に来た。

「よし、じゃあ行くか」

くるりと踵を返すと菊田は村の入り口の方へ歩き出した。それに続いてろく、有古も進んでいく。本当はコタンを離れるのは寂しいのだろう、遠くからろくを心配し見守っていた子供達の方を向く事もなくろくは俯き大人しく歩いている。

「ろく!」

そんなろくの名を呼ぶキラウシ。

「ろくが帰る家はここにあるからな!」

ろくは振り返る事はない。

「いつでも帰ってきていいからな!!」

だがその温かい言葉はしっかりと聞こえていた。

ろくはジワリと瞳に浮かんだ涙を着物の裾で拭うとここで暮らした思い出を胸に菊田らと共にコタンを後にしたのだった。

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