今日もまた、
「ふぅ、今ので最後かな?」 「はい、本日は以上です。お疲れ様でした教祖様」
童磨は可哀想な人々を救った。一人一人の話しを親身に聞いてもう大丈夫だよと言って涙を流し彼らに寄り添った。そんな童磨になまえと言う教団の幹部である若い女が頭を下げる。
「教祖様は素晴らしいお方だと信者達が口々に言っていましたよ、あの虹色の瞳で見つめられると極楽へ行ける気がすると」 「そうかい、それは良かった!」 「ふふ、確かに教祖様の存在は素晴らしいけれど、極楽なんて有りもしないのに馬鹿な人間達ですね」
愛らしい顔をしておきながら馬鹿にするようにふふふと言って笑うなまえを見て童磨もつられるようにあははと笑う。
「こらこら、なまえは仮にも極楽教の人間なのだからそんな意地悪を言ってはいけないよ?」 「仮ではなく私は正真正銘童磨様が教祖を務められる万世極楽教の人間ですよ?それに口が滑っても信者達の前でそのような事は言わないので安心してくださいな」 「全く、なまえは本当に面白い子だなぁ」
童磨が気に入るこのなまえは、他と違って少し風変わりな娘である。 はじめは信者として童磨の元にやってきたなまえだったが一年程が経ち教団の幹部にまで成り上がった。幹部になると童磨の世話役を任され信者達にも優しい言葉をかけているが彼らが居ない所では神様なんて居やしないとか極楽なんて行けるはずもないとか童磨が子供の頃から思い続けていた事を平気な顔で言い放つ。
そしてなにより、なまえは教団の人間の中でも童磨の正体を知る唯一の人物なのである。
それはなまえが教団にやって来て半年程経ったある日、童磨は夜な夜な信者の肉を食べているところをなまえに見つかってしまった。つい数時間前まで楽しげに会話をしていた若い女がただの肉塊となって自分らが崇める教祖に黙々と食べられている…口元を血で真っ赤に染めた童磨は誰が見ても恐ろしかっただろう、なまえは動けず呆然と童磨を見つめていた。ああ見られた、正体がばれてしまった、この娘も喰べてしまおう…そう思って立ち上がった童磨になまえはハッと我に返ったように意識を戻し助けを乞うかと思いきやニッコリと満面の笑みを浮かべ、
「鬼の噂は聞いていたけれど本物は初めて見ました。教祖様は鬼だったのですね、驚きました。でも大丈夫、教祖様が鬼だからと言って何をするという気はありませんから。だって鬼も人もそう変わりはないと私は思っているのです。私は食べこそしないけれど、これまでに沢山の人を殺めて来たのです。助けてくれと言う言葉を聞き入れず、平気で人を殺してきました」
こう言い放ったのだ。 本人曰く、なまえは幼い頃から他人を傷付けて生きてきたそうだ。はじめは人の財布をすったり空き巣をしたり…それが大人になるにつれて主に旅人を誘って殺し金品を奪うようになった。今まで何人殺したかなど覚えていないし罪悪感もない。そもそも初めから神や仏など信じていないし救いを求める身寄りの無い哀れな娘として万世極楽教にやって来たのも殺人を犯したなまえを捕まえようとする者達から身を隠すには最適の隠れ蓑だと思ったからだ。そんななまえだから童磨の正体を目の当たりにしても怯える事無く、教祖様私をお側に置いてください、と血がベッタリと付いた童磨の手にソッと触れたのだった。
「でも、信者の言う事は間違っていませんね。教祖様のその瞳で見つめられると、極楽へは行けそうな気がします」 「なまえは極楽なんて信じていないんだろう?」 「えぇ信じていないわ。でも救われたいとは思っているんですよ?」 「そうなの?」
大きな座布団に座る童磨の前になまえが居る。ニコリとするなまえに童磨はこっちへおいでと言わんばかりに両手を広げた。
「教祖様は今日もたくさんの信者を救いました」 「うん」 「童磨様」 「ん?」 「信者だけではなく、」
なまえがフワリと、童磨の胸に身を寄せる。
「私の事も、救ってくださいまし」
そして童磨を見上げてそう言えば、童磨の瞳をジッと見つめた。 きっと人間の男ならなまえのような女にそんな顔をされてしまえば一瞬にして理性を失うのだろう。だが童磨は鬼だ。人間の男のような性欲などはない。
「…なまえは、とっても可愛いね」
だが自分を誘ってくるなまえの事は愛しいと思った。一人の女として愛してしまったとかそう言う事はない、それは誰が見ても綺麗な花を見た時や愛玩動物を愛でる時のような感情…。
「俺がなまえを、救ってあげるからね」
何を考えているのかよく分からない、気まぐれななまえを童磨が抱き寄せた。 そして、よしよし、なんとも愛らしい子だ、と言ってなまえに優しい優しい口付けをするのだった。
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