※義勇さんに憧れて入隊した新人隊士でシリアス→甘
※リクエストありがとうございました!!





みょうじなまえと言う女が居る。
彼女は炭治郎と同期の新人鬼殺隊士で共に任務をこなすようになってしばらくの時が経つと言うのに笑ったところを一度も見た事がないツンとした冷たい雰囲気の娘であった。笑った方が可愛いのにと善逸がポツリと言えばジッと見ては黙らせてしまうし力比べするぞとしつこく言ってくる伊之助をスルリと無視する…他の隊士と任務が一緒の時でも必要最低限の言葉しか交わさずいつも淡々と鬼を殺していて、なまえはいつも同世代の仲間達から一定の距離を置いていた。

「なまえは冨岡さんに憧れているんだね」
「…うん、そう」

だがそんななまえも炭治郎だけには話してくれた事がある。なまえは水柱冨岡義勇に憧れて鬼殺隊に入隊したらしく、以前鬼を退治する冨岡を見た事があって技を繰り出し人々を救った冨岡の姿になまえは熱い想いを抱いたと言う。そしてついこの間の任務中に鬼に殺されかけた時、冨岡に助けられた事もあったのだ。

「義勇さんは私の全てなの…義勇さんが居なきゃ私はとっくの昔に死んでたから」

いつもはツンとしていて少しも笑わないが冨岡への気持ちを話す時のなまえはニコリとどこか温かく柔らかかった。いつもは大人びて見えるなまえも冨岡の事を話す時だけはなまえが歳相応に見えて本当は可愛い子なんだろうなと炭治郎は思うのだ。

だが冨岡は。

「まだ鬼殺隊を辞めていなかったのか」
「まだも何も私は鬼殺隊を辞めるつもりなんてありません」
「そうか、ならば死ぬのも時間の問題だな」

会えばいつもなまえに心無い言葉ばかりをかける。
元々誰にでも言葉少なめな冨岡であるがそんな酷い言葉をかけるような人間ではない、いやおそらくそんな言い方をするのはなまえにだけではなかろうか。冨岡の当たりがなまえにだけはとても冷たいと言う事は多くの者が知っている事でそれは見ていてなまえがあまりにも可哀想だから柱である胡蝶しのぶが「もう少し柔らかい言葉をかけてあげてはどうです」と言ってくれる事もあった。

「俺はもう、お前の顔など見たくないんだ」
「義勇さん…」
「早く鬼殺隊から去れ、家に帰るんだ」

けれど冨岡のなまえへの態度はいつまでも変わらずまるで仇でも見るような目でなまえを見てとてもとても冷たいものだったのだ。





だから、だからなまえは。
今この現状を受け止められずに居た。何故なら、なんとか退治は出来たものの鬼からの攻撃を受けて倒れこむなまえを優しく抱いてくれているのが冨岡義勇だったからだ。

「なまえ」
「義勇さん…?」

心配そうに自分を見てくる冨岡と目が合うなまえ…冨岡がそんな表情を自分に向けてくるのは初めてだったからなまえはとても戸惑った。

「だから、言っただろう。鬼殺隊を辞めろと、あれ程言っていただろう」

だがそんななまえを余所に冨岡は労わるようにソッとなまえの頭を撫でる。

「お前のその手に、日輪刀なんて似合わないんだ…」

そして鬼により負傷し血で染まるなまえの右手を、優しく握った。

「なまえは、季節の花が咲き乱れる縁にでも座って、琴でも奏でていれば、それで良かったんだ…」

冨岡にそう言われなまえはかつての自分を思い出す…。
村の商家の末っ子として生まれたなまえは誰からも愛される可愛らしい子で、祖父母に両親、三人の兄達からも可愛がれ花よ蝶よと育てられた娘だったのだ。そして小さい頃から習っていたから琴の腕前はとても上手く気持ちの良い天気の日には縁に座りのんびりと琴を奏でていたのだ。

「俺がこんなに想っていたのに…」

冨岡は、以前のなまえを知っていた。鬼殺隊に入る前の、何不自由無い生活を送っていた可愛らしいお嬢さんのなまえを、冨岡は実は知っていた。

「義勇さんは、私が嫌いじゃなかったの?」

嫌いな訳がない、むしろその逆だ。
あれは何年も前の春だった。なまえの家が鬼に襲われる前、偶然その場を通った冨岡はそこで彼は舞う桜の花びらの中細く白い美しい指で琴を奏でるなまえに目を奪われた。今思えば一目惚れだったのかもしれない、だが鬼殺隊士である冨岡はその想いを伝える事なく日々が流れて行って、ある日彼の元に飛び込んで来たのはあの子の家が鬼に襲われなまえ以外の家の人間が亡くなったと言う悲報だった…。

「俺は、なまえに変わって欲しくなかったんだ。あの日のままの、愛らしいなまえのままで、居て欲しかった…」

それからしばらくしてなまえが鬼殺隊に入隊して来た時、一目惚れしたあの子がやって来たと想うと冨岡は胸が高鳴った。嗚呼塀を隔てて見ていただけだったあの愛らしい娘がすぐそこに居る…なんと言う運命だろうか。そう思った冨岡だったがなまえの手を見てハッとした。

なまえはあの頃のようにとても愛らしかったが、だが以前のように温かな雰囲気は無く鬼殺隊に入る為に過酷な鍛錬に最終試験もこなしてきたのだろう…細く白かったあの美しい指はガサガサと荒れて古傷も目立っていた。

なまえはもう、あの時見たなまえではなくなっているのだろう。楽器が似合うなまえのあの手…それが今掴んでいるのは鬼を斬る日輪刀だ。

そう思うと冨岡は悲しくなったしなまえの穏やかな運命を変えてしまった鬼が憎らしく思えた。

「鬼殺隊士である以上いつ死んでもおかしくないだろう。だから俺は、なまえには鬼殺隊を辞め普通の娘に戻って欲しかったんだ」
「だから…義勇さんはあんなに冷たい言い方をしていたの…?」
「ああそうだ、そうすればなまえは鬼殺隊を辞めると思っていた」
「そうだったの…私…てっきり義勇さんに嫌われているとばかり思っていたわ」
「嫌いな訳があるか。俺はお前に死んで欲しくないだけだ」
「それなら…どうしてそう言ってくれないんです」
「言わなくとも分かってくれると思っていた」
「言葉にしないと分かりません」

なまえは身体の力が抜けるようにアハハと笑った。嗚呼良かった、憧れの冨岡に嫌われていなかったと思うと安堵したし冨岡の想いを知るととても嬉しくなった。

「なまえ…」
「ん…義勇さん…」

そんななまえの額に、冨岡は己の額を優しく付ける。

「なまえは鬼殺隊を辞めないと言うならばそれで良い、だが絶対に死なないと約束してくれ」
「分かりました、約束します」

冨岡がなまえの頬に触れ、なまえも冨岡の手にソッと触れた。

「なまえ」
「はい、義勇さん」
「いつかこの世から全ての鬼が消え去り平和な世が戻って来た時…その時はまた昔のように琴を奏でてくれないか」
「勿論です、義勇さんの為だけに弾きます」
「これも約束だぞ」
「はい、分かりました」

お互いを抱き締めあいながら約束を交わした冨岡となまえ。
いつか、冨岡の隣で琴を奏でるなまえが居る未来がやって来ますように。そう願いながら、なまえは冨岡に支えられながら二人並んで帰るのだった。



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