「ねぇねぇ、こっちを向いておくれ」

背後から声を掛けられ「はい」と小さく返事をして振り向く環。

「君だね、一週間程前に新しく入ったと言う信者の子は」

環にそう言いながらニコニコと笑うのは二十代前半と思われる顔の整った一人の青年…。

「噂通りの美人さんだね!幹部の奴等が話していたんだよ、今度来た信者の中にとても美人な娘が居るとね!」

青年の名は童磨と言う。童磨は不幸な人々を受け入れて救ってくれる万世極楽教と言う宗教団体の教祖であり寺院に居る多くの信者達から尊ばれている男だ。

「君の名前は何と言うんだい?」
「はい、私は環と申します」
「環か…うん、覚えたよ環!」

環はその万世極楽教に一週間程前から身を寄せていた。それは寺院があるこの付近で鬼が現れたという噂を聞きつけていたからである。環が調べていくうちに寺院の存在を知り更にこの寺院の中で若い女の信者が突然と姿を消してしまう事があるという事も分かってきた。だから環は不幸を背負った女としてこの寺院を訪れ信者となり潜入し単独でこの宗教団体の事を調べていたのだ。

「ねぇ今晩俺の部屋においでよ、環の事を教えておくれ」
「そんな…私はここに来たばかりの新参者です、教祖様のお部屋に伺うなんて恐れ多いです…」
「環は可愛いね!遠慮する事なんてないんだよ、迎えを寄こすから絶対に俺のところに来るんだよ?」

だから極楽教の教祖であるこの男に気に入られた事は幸いだった。組織の頭である童磨と二人きりで話せたり童磨の部屋に入る事が出来たら何かの情報が得られるかもしれない。環は「はい教祖様」と小さく返事をすると童磨は満足そうに環の元から離れて行った。





その日の夜。

「あなた、教祖様のお部屋に呼ばれたって本当なの?」
「ここに来てまだ一週間でしょう?なんて幸運なんでしょう」
「どうして私ではなくあなたなのかしら…羨ましい…」

どこで知ったのか環が童磨から呼ばれたと聞きつけて環の周りに集まってくる信者の女達。

「…教祖様に呼ばれる事はそんなに良い事なの?」
「当たり前じゃない!みんなが行ける訳ではないのよ、教祖様に選ばれた特別な子だけが教祖様と二人きりで過ごせるのよ!」
「そうよ、教祖様に選ばれた子だけが極楽に連れて行ってもらえるんだから!」

それから女達は教祖様がどれ程素晴らしい人間なのかを熱く語ってくれた。教祖様は我々弱者を救ってくれる存在、誰も手を差し伸べてくれなかったのに教祖様は違った、教祖様は我々を極楽に連れて行ってくださる尊いお方だ…。止まる事無く口々に教祖への思いを話す女達の表情はどこか恍惚としていてその様子は気味が悪く環は感じた。

「ねぇ、今まで極楽に連れて行ってもらった事があるのはどの子?」

環は呼び出される前に教祖の元へ行った事がある子から話を聞こうと思いそう言えば環を取り囲んでいた女達が「何を言っているの」と可笑しそうに笑う。

「ここには居ないわよ」
「居ない?どういう事?」
「選ばれた子は極楽に連れて行ってもらったのよ、こんな浮世に戻ってくるわけないじゃない!」
「一度極楽へ行ったと言うのに戻ってきたいと思う?」
「そうよ、思わないでしょう?考えなくても分かる事じゃない」

女達はそう口々に言いながら環を馬鹿にするように笑っている。つまり教祖に選ばれ特別な子になった人間は一度呼び出され「極楽」とやらに連れて行かれると二度と戻って来ないと言う事になる。極楽を信じる女達は仲間が帰って来ない事を不審にすら思っていないようで環はやはりこの寺院はおかしな雰囲気がすると考えるように黙り込んでしまう。すると。

「環、環は居るか」

ガラリと襖が開けられ顔を覗かせたのは教団幹部の男。集まる女達は一斉に環を見て環もゆっくりと顔を上げる。

「教祖様がお呼びだ、来なさい」

幹部の男に言われ女達に「早く行きなさい、教祖様を待たせては駄目よ」と急かされると環は立ち上がり男に連れられ教祖の部屋へと向かった…。


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