「しのぶは姉の言う事を少しは聞くべきよ」
「姉の言う事って環姉さんの言う事?」
「…カナエの言う事よ」
いつからだろうか、仲の良かった胡蝶姉妹の間に喧嘩が絶えなくなったのは。
「鬼殺隊を辞めろと言われたはずよ、しのぶに鬼は殺せない」
「そんな事分からない!私にだって鬼を殺せる術はあるはずよ!」
「そう言う事を言いたいんじゃない、カナエはしのぶが普通の女の子として生きる事を望んでいるの!私だってそうよ、しのぶは普通に生きて良い人と結婚して子供や孫に囲まれ最後は幸せに死んで欲しいの!」
「そんなの知らない!私は絶対鬼殺隊を辞めない!カナエ姉さんの仇をとる!」
「どうしていつまでもそんな事を言うの!?」
「環姉さんの説教なんて聞きたくない!いつもフラフラとどこかに行っているくせに、蝶屋敷に戻るたびに偉そうな事言うのは止めて!!」
環が蝶屋敷に戻って来たのを見てカナヲはアオイにきよ、すみ、なほを連れて薬草を取りに行くように頼み四人を屋敷から出した。しのぶと環の喧嘩を彼女達に聞かせたくなかったのだ。
「環姉さんなんて大嫌いよ!側に居て欲しい時にいつも居ない!お父さんとお母さんが殺された時もそう!カナエ姉さんが死んだ時もそうだった!いつもどこかに行っているわ!」
「しのぶ、」
「姉さんは昔とちっとも変わらない!ヘラヘラと呑気に笑ってばかり!いつもどこに行っているの?!何をしているの、遊んでいるの?!」
カナエが死んでからはしのぶはまるで人が変わってしまった。いつも優しい笑みを浮かべてカナエのように穏やかに話すようになった。しかし環と二人で居るとしのぶは以前の彼女に戻る。そして普段押さえ込まれているものをぶつけるかのように環に当たるのだ。
「姉さんは見ていないから!お父さんやお母さんが死ぬところ…カナエ姉さんが死ぬところを見ていないから他人事のようにしていられるんだ!!!」
それを環はいつも悲しそうな顔をして受け止める。環の気持ちもカナエと同じでしのぶには鬼殺隊を辞めてごく普通の女の子としてこれからを過ごして欲しかった。だが環にそう言われるのがしのぶは嫌で嫌で仕方がなかったのだろう、蝶屋敷に戻るたびに同じ事ばかり言う環に苛々してその日しのぶはそんな事を言ってしまったのだ。
「しのぶ」
「用が済んだら出て行って、姉さんの顔なんて見たくも無い!」
「しのぶ、姉さんは」
「姉さんなんて言わないで!私の姉さんはカナエ姉さんだけよ!」
そう言ったっきりしのぶは環と目を合わせてくれなかった。環は仕方がないと諦めて「またねしのぶ」とだけ言って部屋を後にした。一人静かに廊下を歩き玄関に着いた環は草履を履きながらフゥともう一度ため息をついた。
「…そうじゃないよ」
その言葉は、先程しのぶに言われた事への返事だ。
私だって、悲しいよ。
父さんと母さん、カナエが死んでしまってとても悲しいよ。
みんなのこと大好きだったもの。
だからしのぶは死んで欲しくないの。
このまま鬼殺隊に居たらいつかは死んでしまうかもしれない。
そうなる前に鬼殺隊を辞めて欲しいの。
カナエの仇は私が取るから。
必ず私がカナエを殺した鬼を殺してみせるから。
だからしのぶは普通に生きて…。
環はそう願っているのにしのぶには伝わらない。自分の事は何と言っても良い、しのぶが鬼殺隊から離れてくれれば何を言っても良いのに…。
「…っ」
そう思っていると環の胸がズキンと痛んだ。胸だけではない、内臓が熱く疼いて環は腹を押さえ込み前屈みになる。
「環姉さん…、」
「カナヲ、」
姉さんと呼ばれ環が顔を上げるとそこにはカナヲが居た。
「こっちにおいでカナヲ」
カナヲは感情を表に出す事は出来ない。だが手に汗を滲ませ自分と目を合わす事しか出来ないカナヲを見ると苦しそうに顔を歪める姉を見てどうすればいいか困惑していると言う事が環には分かったのだろう。環は痛みを我慢し両手を広げるとカナヲを招き入れてギュウと優しく抱き締めた。
「さっきはあんなところ見せてごめんね…」
カナヲは先程のしのぶとの言い合いを聞いていたに違いない。そんなところを見せてしまった事を環は後悔しカナヲの頭を優しく撫でる。
「大丈夫だからね、心配いらないからね…」
カナヲは黙って環の言葉を聞いている。
「カナヲ、私はしのぶの側には居られないの」
居たいけれど、居られないの。
環はそう静かに呟く。
「私にはやらなきゃいけない事がある…けど時間がないの。だからカナヲがしのぶの事支えてあげてね」
お願いね、と言う環の声はとても優しくどこか悲しそうだった。
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