「環姉さん、見ぃつけた!」
それは随分と昔の話。
「カナエ姉さん、環姉さん見つけたよ!」
庭の植木の隅に隠れて膝を抱える環を見つけたのは彼女の妹のしのぶだった。しのぶの声を聞きつけてタタタッと駆け足で走ってくるのはカナエだ。
「環ったらこんな所に居たの?」
「…カナエ、」
「お父さんとお母さんも探していたわ、さぁ早く戻りましょう」
環の双子の姉妹であるカナエはニコリと微笑んでしゃがみ込む環に手を差し出した。しかし環はギュウと唇を噛み締めて首を横にブンブンと振る。
「父さん達が私の事探してるなんて、ありえない」
環が父親と喧嘩したのはとても小さな事だった。だがお互いちょっとした言い合いになって環の性格故か引くに引けず最後には「父さんなんてもう知らない」と言って家を飛び出し外の庭に隠れてしまい今両親は必死に環の事を探している。両親と喧嘩し隠れた環を真っ先に見つけるのはいつもしのぶだ。そしてカナエがいつだって優しく手を差し伸べてくれるのだ。
「嘘じゃないわ、本当よ。今必死に家の中を探し回っているわ」
「…」
「環だって謝らなきゃいけないって思っているんでしょう?お父さんだって言い過ぎたって言っていたわ、ね、戻りましょう?」
双子だと言うのに、いつだって穏やかで優しくてカナエはまるで姉のような存在だ。カナエに言われると間違った事はないような気がして環はカナエの手を取りゆっくりと立ち上がる。
「うん、私ちゃんと父さんに謝るね」
「ええ!環は良い子ね」
「私も一緒に謝ってあげる環姉さん!」
「しのぶは悪い事してないから謝らなくてもいいんだよ」
「でも私環姉さんが大好きだから環姉さんと一緒に謝るの!」
「ありがとうしのぶ…しのぶはとても優しいね」
その頃の胡蝶三姉妹はとてもとても仲睦まじかった。カナエも環もしのぶの事を可愛がっていたし、しのぶも二人の美しい姉達を心から慕っていた。父と母と三姉妹が揃った家はとても幸せで、その幸せはいつまでも続いていくのだろうと誰も疑う事はなかったのだ。
だがその幸せは無残にも崩れ落ちた。
ある日鬼に襲われた。カナエとしのぶの目の前で両親は惨たらしく殺されてしまった。その時環は友人の家に行っていて家に帰ろうとしたら行ってはいけないと鬼殺隊士に止められてその時家族に何が起こったのか聞いたのだ。
それから両親を殺され残された三姉妹は鬼殺隊士になった。カナエとしのぶを救ってくれた悲鳴嶼には親戚のもとで普通の暮らしを送る事こそ幸せだと諭されたがそれでも三姉妹は鬼殺隊士になる事を諦めず修行の末最終選別を合格し鬼殺隊へと入隊した。
鬼殺隊士になってからも姉妹の仲はとても良かった。厳しい試練や過酷な任務も互いがいれば頑張れる、両親の仇を取ろう、自分達と同じ思いを他の人にはさせない、強くなろうと三人で誓い合った。そのうち新たに妹も出来た。人売りから無理矢理奪った少女だったが名をカナヲと名付けカナエと環はウンと甘やかしてカナヲに接した。
「カナヲはとっても可愛いわぁ、ねぇ環」
「えぇ本当!お風呂に入れて綺麗な着物を着せて髪を結ってあげたらまるでお人形みたい」
「カナエ姉さん!環姉さん!いい加減カナヲから離れてあげたら?ずっと引っ付いていてはカナヲも困るわよ」
「…」
「…」
「な、なによ二人共」
「しのぶっ!しのぶだってとっても可愛いわよ!姉さんしのぶの笑った顔が大好き!」
「しのぶだってお人形みたいに可愛いわよ!ほら、たまには隊服を脱いで綺麗な着物を着てみせてよ」
「もう!カナエ姉さんも環姉さんも止めてくれない?!」
カナエと環がそう言ってしのぶに迫ってはしのぶは「子供扱いしないで」とばかりに素早く二人から離れる。その頃のカナヲはそんな三人をぼんやりと見ていたがでもそれは心の奥にヒッソリと残る温かい光景であった。蝶屋敷には他にもアオイ、きよ、すみ、なほの少女達も居てどの娘達も胡蝶三姉妹は実の妹達のように思い優しく大切に接していたのだ。
しかし、運命とは残酷だ。
無情な鬼は胡蝶姉妹からまた家族を奪ってしまった…カナエが鬼に殺されてしまった。
自分の腕の中で体温が冷たくなっていくカナエを抱いてしのぶは涙を流した。カナエはしのぶに鬼殺隊を辞めろと、普通の女の子の幸せを手に入れろと言ったがしのぶは聞き入れなかった。逆に鬼殺隊は絶対に辞めないと、姉の仇は必ずとると誓ったのだった。
「しのぶ!!!カナエっ…カナエは…カナエは!!!」
「環姉さん…」
その時環は他の任務に出ていて側に居らず鎹鴉から報せを受けて大急ぎで蝶屋敷に戻ると、既にカナエを息を引き取りまるで眠っているかのような美しい顔でベッドに横たわっていた。
「カナエ…」
双子の姉妹の亡骸を見て環の身体がカタカタと震えた。知らず知らずに涙が零れる、妹の前では泣くまいと、目の前で姉を亡くしたしのぶの方が辛いはずだからしのぶの前で泣くのは止めようと決めたのにやはり涙は止まらない。
「環姉さんっ…」
しのぶが環に抱きついて環はしのぶを強く抱き締めた。残された姉妹は二人で泣いた。カナエカナエと大好きだった姉を想いながらその日は枯れるまで涙を流し続けた。
しのぶと環の間に高い高い壁が出来てしまったのは、その後からだった。
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