「ねぇ環」
「なんでしょうか教祖様」

その日も環は寺院の掃除が終わると童磨に呼び出され彼の部屋に来ていた。

「なんだか元気が無い様に見えるけど大丈夫?」
「大丈夫です、それに元気なら有りますよ?」
「そうかな?疲れているように見えるけど…もしかして身体の具合が悪いの?」
「いいえ、今は平気です」
「じゃあ信者の女達に何か言われた?」
「いいえ、」

いいえ、と返事をしたが答えるまでにわずかな間があったのを童磨は見過ごさなかった。

「うーん、やっぱり幹部からの報告の通りだったようだね」
「報告って何の事です?」
「環が他の信者達から嫌がらせを受けているって聞いたんだよ」

嫌がらせ、とまで言わないが童磨と環の関係で童磨を慕う信者の女達から陰口を言われているのは確かだ。初めはコソコソと遠まわしに言われる程度だったが最近では直接文句を言われたり掃除を押し付けられたりと目の仇にされている。教祖様と二人きりで何をしているのと責め立てられ話しかしていないと答えるが女達の嫉妬の目は変わらないし、だからと行って確実に何かの情報を掴むためにも童磨からの呼び出しは断れないし、鬼殺隊である環はここに来た本来の目的は鬼の事を調べる事であって教祖に気に入られたり信者達と仲良くなりたい訳ではないから陰口をたたかれる事に関してはどうでも良くて辛いとか悲しいとか言う感情はないが近頃の女達の露骨な態度は面倒でたまらなかった。

「環が嫌なら意地悪な子達を追い出すけど」
「そ、そんな事しないでください。ここを出ても行く場所なんて無いはずだから、それは可哀想です」
「でも彼女らのせいで環の元気が無くなるのは嫌だよ」
「私は平気です。何を言われても、こうして教祖様と二人で話す事が出来れば」
「環…」

そう言う環がとても可愛く見えたのか、童磨は環をギュウと抱き締める。

「ねぇ環、二人きりの時は俺の事童磨と呼んでもいいんだよ?」
「そんな…名前で呼ぶなんて…」
「可笑しなことなんてないよ?だって俺達、そういう関係だろう?」

童磨の言うそういう関係とはどんな関係なのか環はよく理解出来なくて誤魔化すようにニコリと笑う。

「環、顔を上げて」
「はい」
「俺の名前を呼んで?」
「…童磨様」
「うん、環は今日も可愛いね」

童磨はその冷たい手でソッと環の頬に触れると環の目をジッと見て額に唇を落とした。目的があってこの場にいる環に特別な感情なんてないが、どうやら童磨は環に対して特別な想いを持ち始めたようである…。





また別の日。

「ねぇ、今日は環の家族の話を聞かせておくれ」
「家族の話…ですか」

今夜は静かな夜だった。いつものように童磨に呼び出された環は彼の部屋を訪ね二人で庭の見える縁に座って夜空を眺めている。

「環の両親はどんな人だったの?」
「とても素敵な、父と母でした。私、二人の笑顔が大好きだった…この笑顔にいつまでも見守られていたいと、子供ながらに思っていました」
「そうかい…環は両親の事が大好きだったんだね」
「はい、自慢の親です。童磨様だって御両親の事は大好きでしょう?」
「俺は…はは、どうだろうね」
「え?」
「俺の両親は環の両親のように自慢出来るようなものじゃなかったからね…あ、でもこの万世極楽教を残してくれた事には感謝かな?環に出会う事も出来たしね」

死んだ両親の事を温かい気持ちで思い出す環とは反対に自分の親の事を話す童磨はなんだか何も思っていないように話してしまうと環を見た。

「環には姉妹が居たって言っていたよね」
「はい」

童磨に言われ環は愛しい姉妹の事を思い出す。大好きな双子の姉妹のカナエ、愛しくて堪らない妹のしのぶやカナヲ、そして蝶屋敷の娘達。童磨に姉妹と言う言葉を出してしばらく会っていない彼女達が急に恋しくなった。

「環の姉妹はどんな人だったの?」

童磨には家族は鬼に殺されたと話していたから、彼が言う姉妹とはカナエの事だ。

「…可愛くて、綺麗で、穏やかで。それに私と違ってとても優しい子だったわ」

双子の姉妹のカナエは生まれてからずっと一緒に居た存在だった。子供の頃は双子だと言うのに性格はまるで逆で、勝気で活発な手の掛る自分とは違い誰にでも優しく穏やかに接してくれるカナエが羨ましいと思う時期もあった。

「環だって優しい子だよ?」
「ううん、あの子は私なんかと比べ物にならないぐらい優しい子だったの、人と鬼が仲良く出来たらいいのになんて事を言う人だったのだから」
「へぇ。人と鬼が仲良く、か。面白い事を言うんだね」
「ええ、本当に」

ケラケラと笑う童磨はどこか遠くを見て口角を上げるだけの環を見ると笑うのを止めて環の方をジッと見た。

「…環はどう思ってるの?」
「え?」
「人と鬼は仲良く出来ると思う?」

童磨の質問に環は思わず笑いそうになってしまった。それを私に聞くのか?と思った、両親と姉妹を殺され、数多くの仲間達も殺され、そして自身も呪いをかけられて。そんな事をした鬼と仲良く出来ると思うか、だと。

「…私は、出来ないと思います」
「どうして?」

その答えはごく一般的なものだろう。人を喰う鬼と仲良く出来るなんて、思える人間なんてそう居ないだろう。だが環はそう言うと童磨は悲しそうに目を細める。

「鬼はとても怖ろしくとても残酷な生き物です、鬼にとって人間はただの食料…仲良くなんて、出来る訳ないわ…」

環はカナエとの事を思い出す…。



「鬼と仲良く出来たらいいのに、ですって?カナエはまだそんな馬鹿な事を言ってるの?」
「ひどいっ、馬鹿って言わないで環!」
「馬鹿じゃない。鬼なんかと仲良くできる訳ないでしょう?この事に関してはしのぶも私と同じ意見のはずよ」
「もう、そんな事ないわよ。ちゃんと話せば鬼とも仲良くなれるはずよ」
「なれるわけない」
「あるわ!ほら、昔喧嘩した時の事を思い出して?カナエの事なんて嫌いって環よく言ってたけど、でもすぐにお互い謝って仲直り出来たじゃない。鬼も一緒よ、話せば…」
「鬼と私達を一緒にしないで!」



かつてそんな風に話してくれた優しい優しいカナエ…憐れみの心を持った子だったのに、鬼とも仲良くなれると言っていたカナエだったのに、鬼はカナエの命を奪ってしまった。鬼と仲良くなれるだなんて、環が思えるはずもなかった。

「でも違う考えの鬼がいるかもしれないよ」
「違う考え?」
「ああそうさ。鬼の中にも人と仲良くしたいと言う奴が居るかもしれないじゃないか、人を愛してしまった鬼も居るかもしれないよ」

人を愛する鬼だなんて、今まで多くの鬼と戦ってきた環は可笑しくて可笑しくて堪らず声に出して笑ってしまった。

「っ、ふふ」
「あ、笑ったね。環はそんな鬼なんて居るわけないと思うのかい?」
「ごめんなさい…。でも私はそんな鬼なんて居るわけがないと思いますよ」

環の言葉に童磨は少しムッとしたが環は間違っていない。人を愛するだなんて、そんな感情鬼にあるはずがない。鬼にとって人は食料、ただの食べ物…それ以外に何もない。分かっているのに何故環の冷たい言葉に嫌な気持ちになるのだろうか、きっぱりと突き放されるような言葉に童磨は何か言おうとすれば。

「けれどそんな鬼が居たら、とても素敵ね」

ニッコリと、穏やかに、優しく微笑む環。見慣れた環の笑顔だが今日のそれは格別に見えてドキリと胸が高鳴るのを童磨は覚えた。

「そうだろう?!」

環にそう言ってもらった事が嬉しくて童磨の笑顔に明るさが増した。環にしてみてれば何故かムッとする童磨を察してそう返事をしただけなのだが、童磨はまるで想い人への愛の告白が成功したかのように嬉しそうに喜んだ。

「環」
「どうしたんですか童磨様」

童磨は。

「こうして俺が環と出会えたのは運命だと思うんだ」

生まれて初めての感情を環に抱いた。

「環とは初めて会ったような気がしない」

これは何と言うものなのか、他人に聞けばきっとみな「それは恋だ」と言うだろう。

「不思議だね、前世で会ってたのかな俺達」
「童磨様は夢想家ですね」

童磨は環の事が愛しいと思う、いつまでこうして過ごしたいと思う、話しているだけだが楽しくてたまらないしいつだって環に触れていたいと思う。

「環」

環になら、いつか自分の正体を話してもいいと思った。環なら怖がらずに自分を受け入れてくれるはずだ、そしてそれからも二人は幸せに過ごしていけるはずだ、そう思った。

「好きだよ」

ゾクリ。

「大好きだよ環」

しかし環は。

「童磨様…」

何故か背筋が凍りつくようで、何故か吐き気がしてくるようで、何故か怒りで込み上げてくるようで。

「ありがとう、童磨様…」

童磨からの愛の言葉は嫌悪感しかなくて堪らなかったのだ。


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