「童磨」
「…」
「ねぇ、童磨ったら!」
「…あ、何だい月子」
「どうしたの?ここ最近ずっとぼんやりしているわ」
「ごめんごめん、ちょっと悩みがあってね」

何気ない日々を過ごす童磨と月子。

「悩みってなあに?」
「月子には内緒」
「教えてくれてもいいじゃない」
「駄目駄目、月子だって秘密事がたくさんあるじゃないか」
「私秘密事なんてないわ」

童磨の言葉に頬を膨らませる月子とそんな月子を見て可愛いなぁと笑う童磨。それはなんら変わりないいつもの二人…だが童磨の心中は穏やかではない。

「ねぇ童磨、私に出来る事があれば言ってね。童磨の悩みを解決したいの」
「ありがとう月子」

そう言う月子の頭をポンポンと優しく撫でる童磨だが彼の悩みと言うのは正しく目の前にいる月子の事である。
童磨は月子が好きだからこそ月子がいつまた突然居なくなるかもしれない、そして居なくなったらその時は無惨の側に居るかもしれない、その日々が長ければ長い程無惨と一緒に過ごしているかもしれない、そう思うと童磨の心は辛かった。その事を月子に直接話してしまえば少しは気が楽になるかもしれないが月子に聞く事は出来なかった。あの夜無惨様と愛しそうに彼の名を呼ぶ月子を見てしまったから童磨は悩みを月子に言う事なんて到底出来なかったのだ。



そしてある日の夜。
寺院の人々が寝静まった頃の深夜、寺院では着物で過ごしている月子が都会的なモダンなワンピース姿で黒髪に黒い瞳のそこらにいるごく普通の人間の容姿となり寺院の外へと出ようとしていた。

「月子」
「あっ、童磨…」

月子は童磨も眠りに付いているとばかり思っていたから突然現れた童磨の姿を見てビクンと肩を揺らす。初めはハッと驚き目を丸くしていたがすぐにニコリといつもの表情で童磨を見た。

「どこに行くんだい?ちょっとその辺りまでかい?」

微笑む月子に対し少し困ったように眉を下げニコリと口角を上げながら童磨が言う。

「うん、でもちゃんと帰ってくるから。約束したでしょう」

平然とそんな事を言う月子を見て童磨は心臓をググと鷲掴みにされたような思いだった。童磨にとってその約束はとても大事なものだ、両親が死んで一人になった童磨に月子はずっと一緒に居るよと言ってくれて一度は居なくなったが再会しそれでも月子はまた何も言わずに姿を消した、一緒に居てくれると言ったくせに何も言わずに出て行って今日もまた童磨に何も告げずに出て行こうとしている。月子の「ちょっとその辺り」はちょっとその辺りではない。それを童磨は十分に承知だ。月子にとっての約束は重んじるほどのものではないどうでもいいものなのだろうか。

「ねぇ月子、もう約束は守らなくていいんだよ」

それならば約束なんて無い方がいい、童磨はそう思ってしまった。

「え?」
「ずっと一緒に居てくれると言ったけれどそれは無理な事だから…だから約束は無かった事にしよう」
「どうして?私は童磨と一緒に居たいのに」
「だからそれは!」

童磨に近づき彼の手を取ろうとする月子だが童磨はは思わずその手をパシンと払う。

「出来ない約束じゃないか」

童磨は笑っておらずとても真面目な表情になって月子を見つめたから月子も微笑むのを止めて少し悲しそうな顔で童磨を見る。

「俺は辛いんだよ、無惨様の所へ行くくせにちょっとその辺りまでなんて言う月子を待つのは、とても辛いんだよ」

月子は黙って童磨の言葉を聞いている。

「月子はどうしているだろう、鬼狩りにやられてないだろうか、無事だろうか、無惨様と居るのかな、それなら二人で何をして過ごしているのだろう…、月子が居ない間そんな事を毎日考えて月子を待つのは、俺は嫌なんだ」

月子が居なければ信者の女なりそこらで見つけた女なり適当に見つけて飽きるまで側に置けばいいだろう、だがそうしたところで女と一緒に居ても考えるのは月子の事だろう。童磨がこれ程の感情を抱く事なんて鬼になってからは勿論人間だった頃も無かったと言うのに、それは月子が童磨にとって余程特別な存在なのだろう。

「それならいっそのこと帰って来ない方が楽になれるよ…だからもう俺の元に帰って来なくてもいいんだよ月子」

だからこそそうしたい、待っているのは辛いからそれならば約束なんて無かった事にしたい。そう思う童磨の想いは伝わったのだろうか、月子は「私は、」とだけ言って後の言葉が出なかった。

「…童磨」

そして最後に童磨の名を呟いてクルリと背を向け寺院から静かに出て行った。



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