「はぁ…、はぁ、」

休む事なくただただ村を目指して、歩みを進めるのはいつかの月子。
本来ならば灯りを持たなければ一寸先も見えない夜の山道も今の月子は難無く進める…そして村人達から受けた傷の痛みもすっかり無くなりそれどころか傷跡一つ残っておらず今の月子は着物が汚れて破れていたり素足で歩いている為足元が泥で汚れている位…月子自身は愛らしく美しいままである。

「…見えた」

しばらく歩くと懐かしくそして憎らしい月子が生まれ育ったあの村が見えた。夜となりまだ間もない頃だからどの家にもまだ灯りが灯りアハハと楽しそうに笑う声も聞こえてくる。だが月子の家だけは真っ暗なまま…あの家にはまだ母が居るはずなのにと月子は胸が痛む。

「お母さん…」

月子の母はとても優しい人だったから娘の最期を目の当たりにし心を痛め寝込んでいるのかもしれない。一刻も早く母を抱き締めたいと、月子は足早に自分の家へと向かった。

「…」

村の外れにある自分の家の前までやって来た月子はズキンと頭痛を覚えた。そこには乾いてはいるがそのままにされていたせいかツンとした鉄の匂いが漂ってくる。これはあの時の、月子から出た血の跡だ。それを見て嗚呼やはり村人達から受けた仕打ちは夢じゃなかった、そして自分は本当に人間じゃなくなっているのだ、と月子は感じた。

「…お母さん」

だが月子は母親に会いたい一心でトントンと家の戸を叩く。しかし寝ているのだろうか、中から母の返事は無い。

「お母さん、開けて」

返事は無いどころか、人の居る気配もしない。

「お母さん!私よ、月子よ、お母さん」

名を名乗っても、やはり母の返事は無い。

「開けるからね」

遂に返事を待つ事無く月子はガラリと戸を明けた。だが家の中には誰も居なかった、母はおらずガランとしていて、見覚えのある物の少ないいつもの家の光景が広がっていた。

「どこに行ったの…?」

身寄りの無い母が村を出ても行く宛てなんて無いはずなのにこんな夜にどこへ行ったのだろうか。もしかして童磨の居る寺院だろか…それならば良いのだがと思いつつも月子に不安が過ぎった。ツウと流れるこの冷汗は何を意味しているのだろうか、何か嫌な予感がする、そう考えた時。

「何をしている!!!」

月子の背中に掛る男の声。

「その家に何の用だ!お前は何者だ!!」

月子はゆっくりと振り返る。

「ひっ…!!!!」

その途端先程の威勢はどこへやら、男の顔は途端に青ざめて腰を抜かしたのか手にしていた松明を落としヘタリとその場に座り込んでしまった。

「お、お前っ、月子っ、な、何故っ何故生きている…!」

月子はその男を知っている。男はこの村の長だ、そしてあの日月子を殺す村人達を仕切っていた男…。

「死んでいなかったのか!!」
「死んだわ、でも生き返ったの」

あの方のお陰よ、と言って自分を睨みつけてくる月子は余程怖ろしかったのだろう。村長はガタガタと震えながら動けずに居てあの時確かに殺したのに、いや辛うじて生きていたにしろ何故怪我も無くそうして平然と立っていられるのだとそう思っているようだった。

「やはり、やはりお前は…物の怪だったっ…やはりお前は人ではなかった!!!」
「そんな事今更どうでもいいわ、なんとでも言うがいい」

月子はズイと一歩村長に近づく。

「ねぇ、それよりも母はどこ?」
「ひっ…っ」
「辺りは真っ暗なのに家に居ないの、母がどこへ行ったのか、村長のお前ならば分かるはずよね」

月子は瞬きもせず村長を真っ直ぐに見ていた。ギロリと輝く勿忘草色の瞳…いつも不気味に感じていたその瞳だが今は更に怖ろしく感じる。瞳孔が細長く人間のものではないそれに見つめられ村長の震えは止まる事はない。だがその時辺りがガヤガヤと騒がしくなった。

「村長!どうしたんだいそんな所に座り込んで」
「こんな忌々しい家に近づくと不幸になっちまうぞ」

村長の声を聞きつけて他の村人達が集まってきたのだ。彼らの声を聞いて村長はここぞとばかりに声を上げる。

「た、助けてくれぇ!!!」
「え?どうした村長!」
「や、奴がっ、月子がっ、帰ってきたんだァ!!!」

月子、と聞いて村人達はビクリと身体が強張った。そして各々が手にする松明を村長の方に向ける。

「ヒィッ…!!!月子っ…!!!」

するとやはり村人達も村長と同じように情けない悲鳴を口々にあげながら月子を見ていた。月子が黙って見ていればそれはどいつも、こいつも、月子を殺した男達ばかり。あの日桑や鋤で容赦無く月子を殴りつけた男達だった。

「な、なにしに来た!!!お、俺達を、俺達を殺しに来たのか!!!」
「母に会いに来たの。この男が答えてくれないならばいい、誰でもいいから教えてちょうだい。私の母はどこへ行ったの」

月子が母、と言うものだから男達はお互い目を合わせ何も言えずにおどおどとしている。さっさと答えればいいものを、月子は少し苛立ち村長に手を伸ばすとその頭をガシリと乱暴に掴んで持ち上げた。

「ヒィィィッ…!」
「母はどこなの!!早く答えろ!!!」
「ギャッ…」
「村長ぉ!!!」

そしてグシャリと音を立てていとも簡単に潰される村長の頭。か細い腕一本で自分よりも身長も体重もある村長を軽々と持ち上げた挙句一瞬にしてその頭を握りつぶした月子を見て、村人達は月子は本当に人では無くなってしまったのだと顔面蒼白になり恐怖でガチガチと歯を震わせた。

「お、お前の母はっ…」

そんな中勇気を振り絞るかのように一人の村人が声を上げる。周りからは止めろとか言うなとか言う者も居たがその村人は構わず月子を見て言った。

「お前の母は死んだ!!お、俺達が…殺したんだ!!!」
「…え…?」

ドチャリと音を立てて月子の力が緩み地面へと落ちた動かぬ村長。月子は呆然と立ち竦む。

なんと言う事だろう。村人達は月子だけではなく月子の母までその手に掛けた。娘を殺され山に捨てられ勿論母は言葉では言い表せないぐらいの絶望を味わい悲しんだ。そして狂ったように娘を返して月子を返してとひたすら繰り返し村長や男達に迫った。だから母親も娘と同じように殺したと、そして山に埋めたと、村人が怯えながらも話している。その言葉を月子は聞いているのか聞いていないのか分からない表情でただただ耳に入れていく。

「すまない月子…俺達はお前達母娘を…!いやそれだけじゃない、今までの事も本当にすまない…!俺達は取り返しのつかない事をやって来た、お前達母娘を苦しめてきた…!本当に、本当にすまなかった!!」

話してくれたこの村人はそう言って膝を付き月子に頭を下げる。この男は村の中でも父親想いの心優しい青年だと評判の男だった。だがそんな彼も月子にだけは鬼のような表情を見せ気味が悪いと言って石を投げつけた事もあった。腕に当たり月子が痛がればざまぁみろめ化け物と高らかに罵ったと言うのに、そんな男も鬼となり帰って来た月子を見て自分だけは助かりたいと思ったのかそんな事をペラペラと喋っている。

「それに今回の件だって俺は反対だったんだ、だが村長が、みんなが村の不幸は月子のせいだと、月子を殺そうと言うものだから逆らえず…」
「お前何勝手な事を言っているんだ!!!」
「自分だけ助かろうとしやがって」
「違う月子、俺達は」

男の嘘か本当か分からない懺悔を聞いて他の村人達も俺のせいじゃないとか村長に言われたからだとか口々に話し出す。聞いてくれ月子、と請う者もいる。聞いてくれだと?月子達母娘の話を聞いてくれた者など、居なかったと言うのに…。

「…もう、いい」
「え?」
「誰の話しも、聞きたくない」
「や、やめろ月子!!!」
「ぎゃああああ…」

それから月子は村人達を皆殺しにした。鬼になった月子にとってごく普通の人間である村人達を殺す事はとても簡単だった。逃げ惑う人を追って殺し恐怖で動けぬ人も戸惑う事なく殺し、村人全てを惨殺すると月子は村の中心にある開けた広場にやって来た。そこに立っていたのは月子に力を与えた鬼舞辻無惨。

「終わったか」
「はい…」
「己の仇に己で復讐した気分はどうだ」
「…この忌々しい村の住人達を皆殺しに出来て良かったのか、後悔してるのか、自分でもよく分からないんです」

フラフラと無惨の元に近寄る月子。

「だけど貴方には感謝しかないと言う事だけは分かる…」

助けてくれて、力を与えてくれて、ありがとうございました、無惨様。
月子はそう言って膝付き無惨に頭を下げた。

「これからは無惨様の為に生きます」
「ほう。私の為に働いてくれるのか」
「はい、無惨様の為ならば何だっていたします」
「ならば立て、私に付いて来い。用が終わったならばこんな村に用はないからな」
「はい、無惨様…」

そして月子は歩き出す無惨に続いた…。

それはもう何年、何十年、何百年…、もう随分と前の事…。





「月子…」

今月子は優しい童磨の隣でスヤスヤと寝息を立てて眠っていて、童磨は月子の頭を優しく撫でている。

「…ん、」

隣には童磨が居ると言うのに月子は夢の中で無惨に会っていた。会っていたと言っても交わされる会話は無い、ただあの日の無惨が出てきて、自分もまたあの日の月子で、前を行く無惨の後を月子がただただ付いて行くのだ。

「むざん…さま…」

月子の口から呟かれる無惨の名前。童磨はピクリと反応し眠る月子をジッと見つめる。

「月子にとって…無惨様はどういう存在なんだい?そして無惨様にとって月子の存在も、何か特別なものなのかい?」

童磨の気持ちを知る由も無い月子は童磨のその問いに答える事はない。

「…おやすみ月子」

童磨の隣で気持ちの良さそうに眠る月子に頬に童磨は静かに口付けると自分もゴロリと横になり目を閉じた。



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