所詮は鬼だ


「ただいま」

唐棣の声に反応して。

「おかえり唐棣!ああやっと帰ってきたね、唐棣はどこへ行っていたのかと心配したんだよ?」

唐棣を迎えにバタバタと家の奥から出てきたのは同居人である童磨だ。唐棣は履き物を脱いで家の中へと上がる。今日は朝童磨が目覚めた時から唐棣の姿が見えなかった。唐棣どこだいと家中を探してみるがどこへもおらず、鬼である童磨は日が昇っているうちは外には出れないから家の中で唐棣を待つしか出来ずにいた。そして日も落ちて辺りがすっかり暗くなった頃にようやく唐棣が家に戻ってきたのだ。

「心配って、ただ村に行ってただけよ」
「朝からこんな時間までずっと村に行ってたと言うのかい?」
「ええそうよ」

唐棣が居ない間退屈で退屈で仕方がなかったと童磨が訴えてくるが唐棣だって遊びで一日中村に居た訳ではない。

「今日は葬式があったのよ」
「葬式?」
「ええ、村の与四郎が死んだの」

それは突然の死だった。山での作業中に不慮の事故が起こり村の青年与四郎が死んでしまったのだ。与四郎の葬式は村人皆が集まり行われた、唐棣も勿論参列し修行中の身であるが村の神社の陰陽師として村長らと共に葬式を執り行い一日中忙しく動いていたのだ。

「与四郎は働き者の優しい青年だったからみんな泣いてたわ」
「へぇ…」
「中でも美枝…あんなに弱りきってしまって」

まだ二十代半ばと言う若さで死んでしまった与四郎も可哀想だと思うが、唐棣が一番にそう思ったのは彼の妻である美枝だ。与四郎も美枝も随分と前に両親を亡くしていて子宝にも恵まれなかったから夫婦二人きりの家族だった。しかし二人はいつだって仲睦まじく質素ながらも幸せそうに暮らしていた似合いの夫婦だったのだ。愛する夫を突然亡くしてしまった美枝の悲しみはいかほどのものかと、唐棣は美枝が不憫でならなかった。

「美枝になんと声をかければいいか私は分からなかったわ」

唐棣は動いて疲れたというより、人の悲しみを目の当たりにして精神的に参っているようである。

「なにも唐棣まで気を落とす事ないじゃないか」

だがそんな唐棣に童磨はいつものように明るい声で言葉をかける。

「それにさぁその美枝って子?彼女も悲しむ必要なんてないのに!」
「え?」
「死んでしまったのなら新しい伴侶を探せばいいだけじゃないか!」

そしてそう言ってあははと笑った。
勿論、童磨に悪気はない。自分の考えを、それが一番だと思う良策を口に出しただけなのだ。

「…童磨って、なんだかんだ言ってやっぱり鬼ね」
「え?」

だがそれは人間である唐棣には到底理解出来ない考えである。しばらく暮らしていて童磨の事をなんとなく分かったつもりでいたが大間違いだったと唐棣は思った。

「童磨のこと嫌いだわ」
「唐棣?」

唐棣は冷たい声でそう言うとさっさと一人家の中へと行ってしまった。残された童磨はポツンとしていて。

「なにを怒っているのだろう…」

俺は間違った事を言っていないのに、と童磨は唐棣が怒っている理由が分からず首をかしげるのだった。



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