紅雨


「ここはいつもお腹いっぱいになるなぁ」

そんな独り言を呟きながら人気の無い深夜の色街の通りを一人悠々と歩くのは童磨。着流し姿の童磨は一見遊び人風の顔の良い青年であるがその腕には既に事切れた遊女の頭、もう片方の手には喰いかけの腕があって彼が鬼である事を物語っている。

「おや、雨か」

そろそろ帰ろうか、そう思っているとパラパラと雨が降ってきた。季節は春だと言うのに夜の雨はとても冷たい。

「あなた、大丈夫ですか」

すると背後から女に声を掛けられた。降り出した雨に気を取られていたせいか近づいて来た女一人の気配にも気付けず童磨は驚いて後ろを振り向く。

「まぁ…酷い事をするのですね」

そこには蛇の目の傘を差す遊女らしき女が一人立っていて女は童磨が抱える遊女の首を見て目を細めた。だが悲鳴も上げずだからと言って怒りもせず恐怖で感情も出ないのか淡々としている。童磨は「あーあ」と言ってニコニコと笑った。

「まいったなぁ、見られてしまったね」
「その娘を殺したのですか?」
「んー」

童磨の事が恐ろしくないのか、女は一歩一歩近づいてくる。童磨の事を鬼だと分かっていないとしても、彼が手にしているのは女の生首。それだけで十分猟奇染みていると言うのに女は怯える様子も無い。童磨はやれやれ、もうお腹は一杯なのに、と思った。見られたからには女を生かす理由は無くて人を呼ばれたら厄介だから喰ってしまおうと女に歩みを向けた。

「おっと…」

だがその時ボトリと手にしていた女の生首を落としてしまった。童磨は拾い上げようと地面に片膝を付いてしゃがみ込む。すると目の前に来た女は童磨が濡れぬようにと自分が差していた傘を童磨に差した。そのお陰で冷たい雨が身体を濡らす事が無くなったが女のその行為に死体を手にする自分にそんな事をするなんて、と童磨は驚いて顔を上げる。

「濡れますよ」

女は、とても美しい顔をしていた。色街の女なのだから美人である事に珍しくは無い。だがこの女は特別美しく見えて童磨も思わずため息も付くほど。その時サァと風が吹いて雨が少し強くなる。その風で道々に咲いていた桜が空に舞い雨と共に地面に散った。紅雨だった。

「良かったらうちで雨宿りしていきませんか?」

それが、童磨と女…木賊との、初めての出会いだった。


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