マ王 | ナノ

 今はただ

若き王は、幼い子どものように泣き疲れて眠った。

裏切りの臣下であるこの俺の裾を握りしめて、睫が影をつくる瞳を赤く腫らして。
不意に、彼が俺の名前を呟いた。
それが、眠りに落ちる王から聞いた、最後の言葉だった。




──────────────


控えめに小さく叩かれたドアが開き、橙色の髪の毛が覗く。

言葉はなく交わされた目線に従い、ユーリの指先を両手で包んで離した。
起こさないように立ち上がり、背後のソファに手をついて額に唇を落とす。

「グウェンダル閣下がお呼びですよ、気持ちは分かるが、隊長」

「…すまない、ヨザック」

幼なじみは、からりとした笑みを浮かべて首を振った。



ユーリの眠る部屋のドアを閉めて廊下に出ると、深夜の城内は不自然なほど静まり返っている。

ヨザックによって開かれたドアの先には、摂政である兄と王佐がいた。

重く苦しい雰囲気に、どれだけの月日が流れたのかを思い知らされる。

自分が祖国を裏切り、彼らと離れた月日。
すべての罪が、背中にのしかかってくる。

兄が、口を開いた。

「…ウェラー卿、お前の処分が先ほど決まった。十貴族会議の末、お前は…」

彼らしくない躊躇した物言いに、不信感を抱く。

どのような処分でも、王の傍にいられるのなら受ける覚悟はできている。

王の、ユーリの傍にいられるのなら。






けれど告げられた処分は、王の前に生涯姿を見せないというものだった。






決して、自分の立場を逆手にとり、驕っていたわけではない。

許されない罪を生涯背負い、祖国のために、何より王のために、すべてを捧げることを誓った。

ユーリの傍を片時も離れず、ユーリだけを、守ると決めた。


それなのに。



すまない、と兄は呟き視線を逸らした。
王佐は隣で、唇を噛み締めて瞳をふせている。



彼らはきっと、最後まで異をとなえてくれたのだろう。
分かるからこそ、何も言うことができなかった。



「謁見を、」

拳を痛いほど握りしめて、震える声でやっと言葉をつむいだ。
心臓が痛いほど鼓動していた。

「赦されない、お前の処分は、もう決まったと言ったろう」



ユーリの最後の言葉が、頭の奥で痛いほど響く。
彼は、もう会えなくなることを、分かっていたのだ。何も言わなかった、彼は。



「出立は、今夜が良いだろう。ヨザックに付き添わせる。兵士にも、民にも知らせはしない」

頼れる護衛として、いなくなる事を赦されるのか。

グウェンダルはきっと、摂政という立場でこのような待遇を設けてくれたのではない。
兄として、弟である自分に最後の優しさを見せてくれたのだ。

「…隊長、すまない」

「正しいことだ。…すべて」


間違っていたのは、裏切ったのはいつだって自分だ。





けれど、罪を背負って
生きる覚悟はできていた。





──────────────


瞳を開けて窓に近寄り、カーテンの隙間から外を覗く。

愛しい人の背中を見つけて、息をのんだ。


追いかけると、どうなるだろうか。
…無理か。誰にもゆるされない。そんなこと、しちゃいけないよな。



今までの日々を思い返して、涙が溢れた。
喉の奥から嗚咽がこぼれ、頭がずきずきと痛む。息がしづらい。視界が揺れて足元から崩れ落ちた。

遠ざかっていく背中が、涙で霞んで見える。
触れたい、抱きしめたい。
あの背中に、いつも守ってくれた腕に。

おはようございますと、額に口づけてくれる人はいない。振り向けば微笑んでくれる人はいない。俺のすべてを愛し、優しく撫でてくれる人はいない。おやすみなさいと、抱きしめてくれる人はいない。



もう、コンラッドはいない。



「…ユーリ」


金色が、ぼんやりと見えた。後ろから、青い服を着た彼の弟に抱きしめられて唇を噛んだ。

少しだけ、彼の匂いがする。

そう思うと更に涙が溢れて、青い服の裾をぎゅっと握った。

肩に温かい雫を感じる。
耳元で、嗚咽が重なった。




──────────────


振り向いても、彼の部屋は見えなかった。



彼は最後に嘘をついた。
とても残酷な嘘を。



真っ暗な空を見上げても、溢れる涙をおさえることはできなかった。




忘れることはできない。
けれど、忘れよう。

愛してる、愛してる。
死にたいほど。貴方を。






貴方にはもう逢えないけれど
それでも伝えたいと願うのは
「諦めるよ」と言うことだけなのです。
ただ、それだけ、直接伝えたいのです、貴方に。


今はただ思ひ絶へなむとばかりを
人伝てならで言ふよしもがな


end

右京大夫道雅




top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -