◎ 迷子
町の喧騒の中、彼の姿を探す。
やはりやめれば良かった、市場のたつ騒がしい町に来るなんて。
彼に頼まれれば断れない自分の性は理解しているが、後悔が先立つ。
行き交う人の波を掻き分けて、暴れる鼓動と不安と自分に対する苛立ちを抑えて視線をさまよわせた。
「コココココンラッド!」
「…っ、ユーリッ!」
黒を隠すフードはすっかり役割を失い、人に揉まれながらこちらに手を伸ばす彼。
良かった!と心の中では叫びながら、彼の指先をしっかりと掴み、ぐいと引き寄せる。
彼を胸の中にしまい込み、片手で背中を押さえたまま、路地裏になんとか逃げる事ができた。
「うわっぷ…、あー疲れた!」
「良かった…本当に!」
一瞬だけ彼を抱きしめて、フードを目深にかぶらせる。
驚いた声を出す彼と目線を合わせて、謝りそうになるのを堪えながら、怒っているように見えるであろう…見えてほしい顔を作った。
ちなみに、ヨザックには鼻で笑われた。
「全く、どこに行かれてたんですか」
「うー…あー、あの、ごめん…」
「ユーリ」
「えっとー、美味しそうな匂いにつられて行ったら手作りクッキーみたいなのがあって…でもほら、お金持ってないから…その横にはでっかいお肉が焼かれてて…その前には面白そうなお兄さんが呼び込みしてて…」
「呼び込み?」
「お姉さんと遊ぶ…お店…」
「まさか、陛下」
「こんな時に陛下って呼ぶなよっ!行ってない、行ってないから!」
額に手のひらをあてて空を仰ぐと、視界の端に彼の申し訳なさそうな顔が見えた。
本当はもっと怒りたいのに、聞きたい事があるのに。
彼のあの顔を見ていると、もう何も言えなくなる。
「コンラッド…あの、」
「もう、いいですよ」
「え…」
怒っていない事を伝えようとしたのに、何を勘違いしたのか泣きそうに顔を歪める彼。
訂正の言葉をごくりと飲み込み、腕を組んで潤んだ瞳を見つめた。
「ごめん…コンラッド、心配かけて…」
唇を引き結び、消え入りそうな声を出されると…ああ、もう。
もう一度だけ責める言葉を言おうとしたのに。
「クッキー…」
「……………え?」
「た、べたい」
「な、なに?」
「クッキー、…食べたくないですか」
時既に遅し。
意に反した言葉に彼の顔はぱあと明るくなり、俺の手をぎゅっと握る。
その温かさを感じながら、彼の頭を滑るフードに手を伸ばした。
end
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