マ王 | ナノ

 冬がはじまるよ

夕焼けが迫っていた。


風が変わると兄は顔を上げて、目を細めた。細い髪の毛が風に吹かれて、柔らかなそれに額の皺が和らげられる。


「冬がくる」

「へえ。分かるんですか」

「大地の要素と盟約を結んだ時から、そういうものには敏感になった。明日には冬がくる」


大したことではないという風に言って、彼は足元の砂利を軽く踏んだ。


「この花もこんなに咲いたのだな。室内にばかり籠もっていると、季節の変化に疎くなっていかん」

「きっともう枯れてしまうでしょうね。でも、最後に見られて良かった」


そう言うと、彼は表情を少し変えて俺の顔を見る。

なにか、と窺うと顔を背けたが、ぽつりと口を開く。
声音は変えずに、あくまでもいつものままで。


「お前が、そんなことを言うとは思わなかった。私同様、花だ何だに関心がある方ではなかろう」

「そうだったかな」

「ああ。…最後に見られて、良かったなどと。昔のお前は、きっと────」







────────────







「あ、コンラッドがいる」


近づいてきた足音は、やっぱり彼のものだった。

何度かその歩を弱めながらだったが、真っ直ぐに来てくださったことにゆるむ頬を隠す。
じょうろの水をとめると、彼は俺の隣に立った。


「水やりしてたんだ。どこにもいないからさ、グウェンに聞いたらここだって言うから」

「俺を探してくださっていたんですか?」

「…あー、うん。暇だって思ったら、あんたがいないからだって気づいたから」

「てっきり俺は」

「まだ分からないんだよ。ううん、…分かってるんだけど、言葉が見つからない」


俯いた彼の耳は真っ赤で、手は握りしめられていた。




いいですよ、もう。



そう言いそうになって、口をつぐむ。


それはあまりにも無責任だ。

重たく抱えてきた思いを押し付けたのは自分だから、もう嘘だけはつかない。


「もしかして今いい雰囲気?夕焼けと、花壇と。花壇にしちゃ豪華過ぎて庭園って感じだけど」

「いいえ。終わりかけで、枯れそうだ」

「そうだな。もうすぐ枯れる」

「見られて良かったですね。この花も、今年最後ですから」


そう言うと、彼は不意に顔をあげた。
少しだけ口角を上げて、俺の名前を口にした。


「あんたらしいな」

「え?」

「あんたなら、そう言うと思った。満開の花より、あんたは最後まで残る花を選ぶ」


視線を交えても、返す言葉が見つからない。



俺はさっき、なんて。



「…グウェンには、俺らしくないと言われましたが。なんだろう。なんの違いかな」


最後の力を振り絞るように咲く花々。
明日にはきっと枯れるのだろう。夕焼けの橙が輪郭を濃くし、淡い色を鮮やかにする。



満開に咲くのは夏の終わり。


季節はずれまで咲き続けたからこそ、こうやって夕焼けに染まり輝くことができた。



「あんたも変わったってことだよ、コンラッド。今年は見られなかったけど、来年は満開も見られたらいいな」


柔らかく笑う彼が、すぐ隣にいる。




今は、この方が傍にいる。


俺は変わっただろう。
何が零れても目を逸らしてきたのに、今は何をしても彼が欲しい。




あいしている。


恋愛感情として、貴方を。



今まで積み上げてきた日々を壊すことになっても、俺は貴方をあいしてる。



「ねえユーリ。もしも明日、冬がきたなら」

「冬?」

「ええ、もしも」

「まだ、こないと思うけど」


彼は手を真上に上げて、空気を掴むように動かした。
すん、と鼻を鳴らして首を傾げ、頷く。けれど吹いた冷たい風に首もとを撫でられて、低く唸った。






「明日冬がきたら、俺を好きになってください」






彼がゆっくりと振り向く。


その柔らかな髪の毛を風がすくい、花を揺らした。




ようやく種をまいた。



明日冬がきたら、花はつぼみをつけるだろう。


end



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