柳生先生と長い一瞬
柳生先生ですが、単発でも読めますし、lemonadeを読んでくださってる方は先のお話なんだな、と思ってくださるとありがたいです。
生徒の期待を込めた話し声が広がる劇場内で、私もまた同じように隣に座る友人とこれから始まる物語について話した。
今日は年に一度の視聴覚行事。一年の時は日本古来の劇、二年の時は西洋劇、そして私たち三年生は現代劇を見る。見る劇の内容は学年の先生が決めるらしく毎年違ったものが多い。ちなみに私たちは魔女のお話らしい。原作はオズの魔法使いで、それを元に作った話だと聞いた。
劇場内は一見すると映画館のようなつくりだった。下から上に座席が高くなっている。私は下の方の席で比較的見やすい。上の方には一緒に来た友人や、そして柳生先生が座っていた。
私は柳生先生が好きだ。物腰が柔らかく、上品で紳士だけれど、芯が強くて、少しお茶目で意地悪なところもある、かっこ良くてかわいい柳生先生が好きなんだ。だからどうしても目で追ってしまった。自分の担任とはいえ、固定の席では到底隣には座れなかった。
そわそわと後ろを気にしつつも開演のブザーが鳴り、目の前で繰り広げられる物語に目を奪われた。劇自体の時間は長かったが、ミュージカルだということもあり、飽きずに見ることが出来た。特にラストシーンでは愛を貫いたふたりにぐっと胸に迫るものを感じた。
劇が幕を閉じた今、あとは自由解散というかたちになった。結局、柳生先生と一言も話せなかった。こんなに離れているので無理もないことだけれど、ほんの少しだけ寂しい。柳生先生の周りの生徒たちはもう帰った様子で、柳生先生だけがそこに座っている。私はぼんやりとそれを眺めながらゆっくりと歩みを進めた。
すると一瞬、ぱち、と目があった。そしてそれからにこにこと笑い掛けてくれた。柳生先生は、私のことを見つけてくれた。それが堪らなく嬉しくて、思わず手を振った。すると柳生先生はそれを見てにっこりと笑った。私の好きな笑顔、私に力を与えてくる笑顔だ。
それを見た友人はびっくりした様子で誰に手を振ってるのかと尋ねてきたが誤魔化した。この気持ちはまだ、人に話すには幼すぎる。だけど私は顔がほころぶのを抑えずに入られなかった。しあわせ、だ。
私だけに笑顔をくれたあの一瞬がすごく長い時間だと感じた。何度もあの笑顔が脳内にこびりついて離れない。こんなに、好きなんだ。隣で話す友人の話を聞きながら、私はどうしても柳生先生のことを考えずにはいられなかった。