短編 - #14の後 -
どこまでも続く浅瀬の道のりに、素足で足を付けて歩く。風が揺れて、気持ちがいい。
照らす太陽の光に、革が空を見上げ「あー、空がたっけー」っと、口にする。
「ホントだ―――」
「なんかこう静かだと、何もかも、昔のことから今まで全てが嘘だったんじゃないかって」
その言葉に、バシャっと水を掛ければ「お、おい!巳束、やめろって」と腕で、顔を隠そうとする。
何が嘘だったって言うんだろうか。“全て”を嘘にされたら、たまらない。
* * * *
よく、小さい頃は苛められていた。両親がいないっという、ただそれだけで。
「なぁ、なんでお前ん家って父ちゃん、母ちゃんが居ねえんだ」
「知ってる知ってる、こいつ捨てられたらしいぞ」
幼かったあたしは、まだ何も知らなかった。
「すてられた…?」っと言われた言葉。受け流すことなんか出来ず、よく泣いていた。
そして、いつも助けてくれたのが革だった。
「てめぇら!何、巳束のこといじめてやがる」
「何だ、お前!ったく、くそ」
小さい体で手を広げ、その背中は大きくて。いつも、革の背中に守られていた。
「な、泣くなよ、巳束。俺がいるから、巳束をまもるから」
その後ろで安心していたあたしは、いつの間にか隣を歩きたいっと思うように追い掛けるようになっていた。
いつしか、同じものを見るように。同じようにそこを走っていた。
風を切って走れば、鼻に抜ける匂いに懐かしさを感じた。だから、あたしは走るのが好き。
そして、革の走る姿が好きだった。またひとつ、好きになった。
* * * *
大きく息を吐けば、新鮮な空気が入る。
“護るよ”
それは幼い頃、あたしに言った言葉。革は覚えているんだろうか。幼すぎて忘れているかも知れない。
「巳束、いいか!絶対に後ろを振り向かずひたすら前に走るぞ」
「へ?何が?」
汗を滴り落とす、革は首を横に振るう。「わ、バカ!後ろ向くな」っと言われるが、止められたらしたくなるのが好奇心。っというか、あたしなのだ。
あたしの後ろに居たのが、デかいオットセイのような化け物みたいな生物。「アラタ様!巳束さん!それ“ムル”です!滋養強壮、栄養満点!」っと遥か彼方から手を上げて叫ぶ、コトハの姿。
「あぁ、クソっ!これも全て現実だなんて」
「巳束さん、気を付けてくださいねー!凶暴なのが、ムルです」
「コトハ、そんな悠著に説明しなくても」
いつの間にか先に進んでいた、コトハとカナテ。二人で楽しそうに、おーいっと呼んでいる。
そんな姿に、声を上げれば革に手をがしっと掴まれる。「うわっ」と足を踏み外しそうになれば「悪い、大丈夫か」っと言われる。
「巳束、走るぞ」
そう口にする革の顔は、前を向いていた。あたしと手を繋いだまま、走り出した。
ガトヤで“護るって決めたんだ”っと、口にした革の顔はあの時と同じだった。
きっと、コトハに向けた言葉。革にしか分からないことだけど、今はいい。あなたの隣を歩けていることは変わらないから。
その走る背中にそっと、口を動かした。
音にはせず、届けたいけど言えない言葉。
(……すきっ)
革はムルから逃げることが必死で「いいかぁー!巳束!死ぬ気で走れー!」っと、声をあげていた。
あたしは変わらず、君が、あなたが好き
想い変わらず
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