彼の時間はあのまま止まっていて、私の時間は動いている。着々と。
大人になれることは嬉しかった。彼の横に居られることが嬉しかった。
だけど、彼の時間はあの時と同じ変わらない。
「それは残酷で、悲しいもの」
* * * * * *
僕を、ふわっと抱き抱えてくれる彼女は、とても優しくて温かかった。
その横にはいつも笑っている聡明さんが居て、そんな二人を見るのが大好きだった。
それはある日、彼女が言った言葉―――
「弥太は嘘は付けないから言わないでおこうと思ったんだけどなぁ」
スカートの裾を弥太郎は握ってジーッと見つめてくる。その目は“行かないでほしい”と切なる願いを言っていることを教えてくれる。
「聡明をお願いね、弥太郎。…また会えるから」
ポンと弥太郎の頭に手を置き、屈みながら笑った彼女は優しく何かを決意しているようで、弥太郎は離してはいけないその手を離してしまった。
僕は小さかったから、聡明さんの大切な人を引きとめることが出来なかったのだ。
「…な、んでだよ、なまえ」
その日のテーブルに置かれていたのは、一枚の紙に“またね、ばか聡明”と書かれていたものだった。
そして優しくて温かい彼女の姿は、その日から見ることができなくて寂しさだけを僕らに残していった。
彼女は突然、姿を消してしまった。最後に、僕に 「お願い」 と告げて。
幸せな日はいつまでも、長くは続かないものなんだろうか。
その日は満月の空だった―――
(終わらない、これが始まり)
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