家から出れば、視界に映るのは海だ。海が目の前にある。この町はどこにいても潮の香りを感じさせる。樹は決まって、背筋を伸ばして空を見上げた。

「よし、行ってきます」

誰もいない家に向かって、声を放って玄関の鍵を閉めた。
鞄を持っていたが学校とは違う方向へと足を向ける。なぜなら学校に行くにはまだ早い。漁港の通りを歩けば朝早くからおじさん、おばさんが隔たりなく挨拶をしてくれてる。
波の音と、心地よいその声は、のんびり過ごすのにとてもいい場所だ。

「樹ちゃん、おはよう」
「おはよう、田村のおばあちゃん!」
「これ、持ってくかい?」
「本当!ありがとう」

少し入り組んだ道を歩けば、顔馴染みの田村さんが新聞紙で包んだスルメを渡してくれる。田村さんはニッコリ笑って、樹ちゃんのために焼いておいたからねと告げてくれた。
道なりに歩いて行けば、神社へと続く石段が見えてくれば目的地まであと少しだ。あと少しだったのに、

「…‥はぁ、初日にコレか」

手水舎が視界に入った瞬間、携帯の受信を知らせる着信音に気付き、メールを見てため息をついた。送り主、七瀬遙から今日は学校をサボるとの連絡だった。
サボると連絡をしてきた遙の家が樹の目的地だったのだ。その距離はほんのわずかではあるが、きっと遙は水に浸かっていて何も寄せ付けはしない状態なんだろう。

「しょうがないっか」

上った石段を少しだけ下りて、石段脇の植木から顔を出した白い猫に視線を合わすようにしゃがみ込んだ。猫は嬉しそうにニャアと鳴き声をあげる。

すり寄ってくる猫の体を抱き上げ、膝に乗せていれば、視界に向かい側の階段を「いってきます」という声と共に青年が下りてくる姿が映る。
陽の光りを浴びて、その髪が輝いている。緑の木々が良く似合う、幼馴染みの橘真琴。真琴に気付いて、樹は声を掛けた。

「真琴!おはよう」

「あれ?樹ちゃん …今日、ハルから休むって昨日 電話あったよ」

樹が、石段に座っているため顔を見上げるようにして真琴は言う。その言葉に、思わず立ち上がってしまい猫が吃驚して膝から飛び降りていった。


「え!? 真琴には、昨日連絡してんの!」


真琴は私との距離を縮めるため、数段、石段を上り植木へと引っ込んでしまった猫を見て口にする。


「樹ちゃん、いきなり立ったら猫がビックリしちゃうよ?」
「ごめん…、ハルからのメールが私には、さっきだったもんで」
「あぁ、ハルちゃん…忘れずにメールしなよって言ったのに。ごめんね」
「別に真琴が謝る必要はないよ!!」


顔を下げて謝ってくるので、両手を広げて頭を上げてっと言った。真琴は、でもっと付け加えくわえる。

「朝ごはん、食べれなかったでしょ?」

朝ごはんというのが樹の目的であった。高校に入ってから朝早くから家を出て、もうひとりの幼馴染みの七瀬遙の家で朝ごはんをあやかるのが日課であったのだ。


「大丈夫。来る途中に焼きスルメ、貰ったから!!」

「ごめん、俺が連絡すれば良かったね」

「平気だって、朝を抜いても!…ほら、学校行こ?遅れるよっ」


学校へと行くため石段をひとつ下りて、にこっと笑いながら真琴は振り返る。そして樹に顔を向けた。


「あ、そうだ!樹ちゃん、おはよう」


“始まり”


今日から、また始まった。
高校生活、2年目の夏を迎えるために。ひとつ学年が進級するこの季節、また変わらない日々の繰り返しだと思っていた。


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