エレンピオスの黒匣や源霊匣の研究資料は元より、医学技術をまとめたものや、精霊と言う概念のない世界での自然や動物に魔物の生態に関する本など、とても興味深いものばかりで、たった一年ではすべてを読み切ることは叶わなかった。旅の道中で読めればと淡い期待を込めて、荷物にならない程度に詰め込んできた本の中の一冊を、宿の共通スペースにあるソファへ腰掛けて夕食を待ちながら、ページを捲る。
いい匂いに誘われてか、ふらふらとミラも姿を見せると、すとんとソファへ座る。あまり大きくはないソファでは二人座ると肩がぶつかりそうで、どきりと胸が鳴った。慌ててミラのスペースを作ろうと横に移動しようとすると、こてん、とミラが肩に寄りかかる。眠ってしまったのだろうか。思わず顔を覗き込めば、その瞳はしっかりと開かれていて、目が合った。
「ミラ?」
「私が、猫であれば良かったのに」
吸い込まれそうなほど赤い瞳が、音もなく伏せられる。ミラにしては珍しく後ろ向きな言葉は、溜息混じりに宙へと消えた。
一体、どうしたというんだろう。本を閉じてその髪を撫でれば、やわらかな感触が指の間を通る。
「猫であれば、私は……」
その続きは飲み込まれたかのように消えて、ミラは口を閉ざす。煌めく髪を撫でながら、ミラの言葉を脳裏に映す。もしもミラが猫だったなら。どんなにミラの姿が凛々しく綺麗でも、その頭に猫の耳を生やして尾っぽを揺らしながら、にゃすべきことをにゃせ、なんて言われたらきっと気が抜けてしまう。ふ、と思わず笑ってしまうと、ミラはぱっと目を開いてじろりと睨むと、拗ねたように唇を尖らせた。
「何故笑うんだ」
「ちょっと想像しちゃって」
脳裏に浮かんだミラの姿はとてもかわいいけれど、きっとミラの言う猫になるとは、そういうことじゃないんだろう。本当の猫、ルルのような姿を言っているのかもしれない。そうだとすれば、少し寂しい。こうして髪を撫でる代わりに毛並みを撫でることは出来るだろうけど、言葉を交わすことは出来ないだろうから。
「ミラは、ミラのままでいてよ」
「……そうか、そうだな」
すうっと、またミラは目を伏せる。どこか柔和な音を、その唇から奏でながら。
「私が猫になっては、君がアレルギーに悩まされるしな」




>>2013/02/22
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