これまでに見たこともない豪勢な食事を終え、酒盛りからは何故か追い出されてしまい、未成年であるレイアやエリーゼと共に女性用にと宛がわれた大部屋へと戻る。元々の広さも相当なものだが、たった三人で開けた部屋はますます広大に見え、レイアとエリーゼは感嘆の声を上げた。
ふかふかのベッドに飛び込んで、枕を抱きしめる姿は微笑ましく、思わず頬が緩む。人間という存在が愛おしいのも間違いないのだが、何よりも私の仲間たちは、どうしてこうも愛くるしいのだろうな。
「レイア、エリーゼ」
楽しそうにしているところを邪魔するようで悪い気はしたが、声を掛けないわけにもいくまい。呼ばれて二人は振り向くと、どうしたの、とティポも揃って首を傾けた。
「もう一度温泉に入ろうと思うのだが」
「えっ?」
私の言葉に二人は驚きの声を上げる。食事の前まで、身体がふやけてしまうほど浸かっていたことと、ジュードたちにゆっくり入る時間を与えられなかったため、夕刻以降は彼らに譲ろうと決めていたのだから、その反応も無理はないだろう。
「でも……」
「安心しろ。皆はまだ酒盛りの最中だ。それに、もし誰かが入って来たのなら私が出ればいい」
やめたほうが、と言い掛けるエリーゼの言葉を遮ってそう答えれば、二人は困惑するように顔を見合わせる。
けれど、何を言っても私が自分で決めたことを譲るはずがない。それはもちろん二人にも分かっていることで、やはり戸惑いは拭えないながらも、揃って頷いた。
「うん、じゃあ、いってらっしゃい」
「気を付けて……くださいね」
控えめな見送りを受けて、私は温泉へ向かう。
酒盛りを始めた彼らが早々に戻ってくることはないというのはよく知っているし、仮に誰かがいたとしても、その可能性がたった一人しかないのだが。



湯気が立ち込め、視界を白く埋め尽くす。
自然に出来たすべらかな肌触りの岩に身体を預け、息をつく影を見つけ、私は小さく笑みを零した。
やはり、いたのだな。
「ジュード」
そう呼び掛けながら、ちゃぷん、と湯に足を沈める。するとジュードは振り返り、私の顔を見るなり慌てたようにバシャバシャと音を立てながら湯の中で後退りをして、目は見開き口は何か言いたげにぱくぱくとさせていた。
「なんだ、逃げなくてもいいだろう」
「やっ、だって、ミラが!」
「私がどうかしたか?」
髪を押さえながら身体を湯に沈めれば、芯までじわりとぬくもりが広がっていく。何度入っても温泉というものは心地の良いものなのだなと感心しながら、もう一度ジュードを見れば、ジュードは一年前のあの頃のようにすっかりと髪は下りて、まだ少しばかり幼さの残る顔を赤く染めていた。
「ど、どうして……」
「君と裸の付き合いをしようと思ってな」
ばしゃ、と湯が跳ねる。ジュードが驚いて、身体を跳ねさせたせいだ。そんなにも驚くようなことだろうか。私はもっと、ジュードと話がしたいのに。
「ミ、ミラ、そういうのは、」
「ダメか?」
「……ダメじゃないけど」
ならいいではないか。くす、と笑えば、ジュードは困ったように赤くなった顔を伏せる。よく見ればあの頃よりも少し広くなった肩幅を縮こまらせ、隅で小さくなっているジュードに、手を伸ばす。すい、と腕ごと水を掻いて進めば、静かに私はジュードへ近づく。まだ、遠い。もっと傍に。
ジュードは顔を上げて、近づく私を見る。唇が開かれ、何かを言おうとするが、声にならないまま飲み込まれた言葉を、私は気付かないふりをする。いや、気付いていたと分かったとして、私が止まるはずないと思ったのかもしれない。
「ジュード」
「……な、に」
ぴたり、と肩が触れる。思っていたよりもがっちりと形を作るそれに少しの驚きを感じながら、そっと瞼を落とせば、触れた箇所からジュードの温度が伝わってくるような気がした。
「君に聞いて欲しいことがあるんだ」
「聞いて欲しい、こと?」
「ああ」
瞼を開けば、ジュードの黄金色の瞳と目が合う。どきり、と鼓動が鳴った意味を、私は既に知っている。それでも、気付かないふりをし続けなければいけない。この音は、すべての人間に向いているそれと違うということを。
ふい、と目を逸らす。空を見上げれば、湯けむりに白んで、すっかり暮れた夜の空が広がっていた。
「もし私が間違ってしまったら、私のことを嫌って欲しい」
いつぞやにした約束を、ジュードは覚えているだろうか。ぼんやりとそんなことを考えて、夜色の向こうに映る星を眺める。人と精霊の時間の流れは違い過ぎるから覚えていないかもしれないが、それでも良かった。今のジュードの答えを、私は知りたかったのだから。
「……うん」
躊躇いがちに答えるジュードに視線を戻す。顔を伏せたまま、その瞳がこちらを向くことはない。私は既に、間違えてしまったのかも、しれないな。
ずきり、と胸が痛む。何に対してなのかと問われれば、上手く答えられる自信はなかった。ただジュードの髪に隠れたその瞳をもう一度見たいと、そう思う。
誤魔化しの効かない、感情だ。
「ジュード、私は君が……」
言い掛けた言葉は、遮られる。ジュードの唇によって、飲み込まれてしまった。
やわく触れたその感触は、ゆっくりと離れていく。ジュードの瞳はやはり、真っ直ぐに私を見据えていた。
「それ以上は言わないで。折角の決心が揺らいじゃう」
息を呑む。目の前にいるジュードはひどく大人びて見えて、今まで出会った誰よりも男性であるように、見えた。
ジュードの指が、私に触れる。頬をそろりと撫でて、唇をなぞると、声も呼吸も奪われたようで、苦しい。黄金色の向こう側に映っているのは、本当に私なのだろうか。私はどうして、こんなにも。
「泣きそうな顔、しないで。僕は絶対ミラを嫌ったりしない」
そうでしょう、とジュードは問う。私はそれに答えてやりたいのに、声が出せない。
私は、私も君が好きなんだと、伝えることすら。
「ミラは間違わないよ。そのために僕がいるから」
優しく微笑むジュードは、唇をなぞっていた手を離すと、軽く私の髪を撫でる。そうして、ぱしゃぱしゃ、と湯が音を立てた。
「じゃあ、僕は先に戻るね」
ジュードは立ち上がって、腰にタオルを巻いたまま、出て行ってしまう。私はそれを止めることも、まして追うことも出来ず、そのまま湯の中へ沈んでいった。






>>2013/01/23
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