ペリューン後ヴィクトル前の、悲しい話。



離れる瞬間、払われるような手の痛みを、未だに覚えている。
どうして離してしまったんだろう。どうして、彼女から離すことが出来ないくらい強く握ってやれなかったのか。どうして、彼女を引き上げてしまうくらいの力が俺になかったのか。
どうして、分史世界の消えるはずだったミラを、好きになってしまったんだろう。
「ルドガー、次の行き先だが……」
手を固く握れば、掌が痛む。声に振り返れば、その流れる金色の髪に、息を呑んだ。
ミラ。俺の愛した、分史世界にいた彼女ではない、この世界でリーゼ・マクシアとエレンピオスの架け橋となった、精霊の主。
分かっている。この人が俺の愛したミラじゃないことも、この人のせいでミラが消えたわけじゃないということも、ちゃんと分かっている。誰を責めることも許されない。エルのように、ミラは違う、と言うことすら。
「だめだよ、ミラ」
「む?」
彼女の赤と白を基調とした装束とは違う、水色と白を基調とした、どこか神々しさすら感じるその肩をジュードが叩いて、弱く引き寄せる。精霊の主は、首を傾げて振り返ると、どうした、とジュードへ投げかけた。
「その……ルドガーは」
「いいんだ、ジュード」
言い掛けるその言葉を遮ると、ジュードは眉をひそめる。その瞳に、俺はどんな風に映っているんだろうか。俺は、笑っているつもりなんだけど。
「……ミラ、次の行き先がなんだって?」
「ああ、それなんだが、少しニ・アケリアに行っても構わないだろうか」
「……ミラの故郷だな。じゃあニ・アケリアを目指そう」
その名を口にするたびに、涙がせり上がってくる。それでもどうにか精霊の主と会話を繋げると、満足そうに笑う。ミラとは同じはずなのに、その笑みは全く違って見えて、胸が痛んだ。
分史世界とは言っても、生き方が違えばこうも別人になってしまう。ミラは、ミラでしかなく、目の前に立つ精霊の主ではなかった。きっと、たとえ他の分史世界で他のミラ=マクスウェルと出会っても、そうなんだろう。どんなに似た彼女であっても、俺が好きになったミラじゃない。
「じゃあ俺はエルを呼んでくるよ」
「ああ、そうしてくれ」
くるりと精霊の主は踵を返す。美しい身のこなし、風に揺れる金色は輝いていて、真っ直ぐな瞳も、弧を描く唇も、彼女を知らなければきっととても魅力的なものに思えたとだろう。だけど、どうしても俺は、彼女と違うと、落胆してしまう。そんなことを求める方が、間違っているのに。分かっているはず、なのに。
「……守れなくて、ごめん」
旅船ペリューンはもう見えない。俺は未だにその感触が残る掌を見つめて、もうどこにもいない彼女へと頭を下げた。

ただひとつ、彼女の約束を守ろうと誓って。(エルを)



>>2013/02/26
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