ここ数日、ミラの元気がなかった。気付いてはいたし、気にかけていたつもりだったけど、アルヴィンたちとクエストに出掛けている間に、ミラはいなくなってしまったと、ジュードは困惑した顔で伝えてくれた。
どうしてひとりにしてしまったんだろう。エルが呼ぶ声にも止まらず、俺は駆け出していた。

陽が落ちかかった港、乗船場の脇にある階段を降りて、普段ならボートが繋いであるそこで、ミラは蹲っていた。冷たいであろうコンクリートの上に腰を落として、膝を抱えたそこに顔を伏せている姿は、随分と小さく見える。
「ミラ、どうしたんだ」
階段を降りながら声を掛ければ、長い金髪に隠れた肩がびくりと震える。けれど顔は上げないで、かぶりを振って髪を揺らした。
「来ないでよ」
「だけど」
「いいから!」
身体を小さく抱えるようにしているミラの肩へ伸ばした手は、その叫び声によって触れることを許さない。宙に浮いた掌を見つめ、きゅっと握ってからもう一度ミラを見れば、縮こまった身体はほとんど髪に覆われて、潮風にさらされていた。
「一人にしてよ……」
消え入りそうな声。僅かな不安が胸を過って、握った拳が痛む。
ミラの様子がおかしいって気付いていたはずなのに、俺は彼女をひとりにしてしまった。言葉はいつもきついけれど、誰よりも繊細で、傷つきやすい心の持ち主だと知っていたのに。
「今のミラをひとりになんて出来ないよ」
びくり、とミラが震える。だけどその唇は何も答えないで、船の最終便が出発し、ぼう、と汽笛が鳴り響く。
たとえこのままミラが何も言わずに夜になったとしても、ここに置いてはいけない。もう絶対一人にしない、しちゃいけないんだ。
「ほら」
顔を伏せたままでは見えないと分かっていながらも、握っていた拳を解いて掌を向ける。すると、恐る恐るといった様子でミラは僅かに顔を上げ、金色の隙間からルビー色が覗けた。
「……嫌よ」
けれどミラは再び顔を伏せて、ふるりとかぶりを振り、髪はさらりと音を立てる。そうしてまた、夜に怯える子供のように身体を抱えると、震えた声が風に響く。
「今、とてもじゃないけど見せられない顔してるもの」
「……そっか。じゃあ、」
ミラに限って、見せられないようなことになっているとは思えないけど。きっとそう言ったところで彼女は信じてくれないだろう。俺にもっと信頼があれば良かったけれど、自分の世界を壊して半ば無理矢理連れ回しているような男を、どう信じろというのか。今まで一緒に居てくれただけでも、奇跡的なことだ。
だけど俺は、そんな奇跡的な時間の中で、彼女を好きになってしまったから。
「ここにいるよ」
せめて気が済むまで、傍に居たいと思った。
海側を向いているミラを背に座り、腰の辺りが僅かに当たる。服越しにはさすがに体温は分からなかったけれど、どうしてだろうか、あたたかいような、気がした。
波の音が響く。出て行った船は、何処へ向かうのだろう。海に背を向けてしまった俺には分からない。けれど、ミラの肩が背中にあたって、寄り添ってくれたのだけは、分かる。顔を、上げられたんだ。ミラの目に映る空は、海は、どんな色をしているだろうか。
「……っばか」
風に乗って響いた声は、少しだけ涙が混じりに、聞こえた。




>>2013/02/24
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