千年堂六代目見習いの日記(その1)

 雨の日の千年堂の店内は、本たちのささやきも湿気を含んで湿っぽくなる。
 すでに店は締めた後で、ぼくは千年堂六代目見習いとして、一人、本の整理をしていた。
 千年家の血を継ぐ者には、本たちのささやきが聞こえるという特殊能力がある。その力を利用して、曰く付きの古本の鑑定や処分を行うのが家業だ。もちろん表向きは古本屋を営んでいるように見えるけれど。
 今日はあさっぱらから雨がざーざーと降り続いていて、夜になっても止まなかったから、店内の空気はじっとりとしている。
 こんな日の本のささやきは少しおかしい。
 いつもなら本たちは意味にある会話を交わすのに、今日はどこかずれている。
『これはぺんですか?』
『違うわ、それはカップル』
『いやいや、それはバカップル』
『違うだろう、それはカッパ巻』
『みんな、何を言ってるんだ。それはかりんとうだ』
 まったく意味がわからない。
 でもみんな楽しそうに話しているから、ついぼくも口を挟みたくなった。
「それはかっぽう着じゃない?」
 ぼくがその言葉を口にしたとたん、店内は急に静まり帰った。
 どうしたんだろう。
 いつもなら、某かの反応が返ってくるのに。
 たいていは人をばかにしたような言葉だけれど……。
「どうしたの? みんな」
『……あの人はいつもかっぽう着を着ていた』
 どこかの棚で本がぽそっとつぶやいた。
 その瞬間、ぼくの脳裏にイメージがぶわりと広がった。  その人はいつもかっぽう着を着ていた。
 優しい手で頭を撫でてくれた。
 その人はある日、突然、いなくなってしまった。
 かっぽう着。
 それは、ぼくのおかあさんのイメージだった。
 ぼくは本たちがそれを覚えていてくれたことに、少しだけ嬉しくなって、少しだけさみしくなった。
「ぼくはあきらめないからね。絶対におかあさんをみつけるんだ」
 本たちはしめっぽくざわついた。

(2014.02.18up、即興小説トレーニングで2013.05.17に書いたものを修正)
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