「焔はまたそこで寝てるのか」
臨月を迎えた妻に寄り添うように眠る白狐の姿は、今は大人しい飼い犬にしか見えない。
「布団の上げ下げもさせてくれないのよ。どんだけうちの子ラブなんだか」
何も知らない妻が笑う。
焔の鼻先にあるその腹の脹らみは、光だ。血と肉しか知らぬ獣が、気の遠くなるような闇の果てに漸く探し当てた絶対的存在であり、それが間も無く産まれてくる子供に定められた天命なのだ。
愛するなどという一時的で曖昧なものであるはずがない。
「産まれてきたら大変だろうね。四六時中、犬に纏わり付かれることになるよ」
「太郎ちゃん、焔は犬じゃないでしょ」
「どうみても犬にしか見えないよ。このまま忠犬でいてくれればいいんだけどね」
「焔は変わらないわ」
「どうしてわかるの?」
「この子がそう望んでいるからよ」
妻が腹を撫でる。
「この子ね、焔が傍を離れると暴れるのよ。迷子になった子供が泣き叫んでいるみたいにね。この子は焔を知ってる。私にはわかったわ。焔に会うために生まれてくるのよ。焔はね、この子の望みを聞いてここにいるの。だから、何があっても離れないわ。例えこの子の方が焔を忘れたとしてもね」
「その結末がどうなったとしても当人たちの問題よ」
妻はからりと言い放つ。
属する界も持てる本質も全てが違うもの同士が、同じ時間軸を共有することが何を生み出すのか。焔にもその結末を見届ける覚悟があるはずだ。
ならば
「見守るしかないね」
ずっと知りたかった答えがこの先にあるならば。
(2014.01.17)