付き合ってません!
通学ラッシュより大分早い時間。
まだ人通りの少ない通学路を私は歩いていく。
もうすぐそこに校舎が見えているけれど、目指すは教室ではなく野球部の部室。
みんなが来る頃までに、マネージャーとして朝練の準備をしないといけない。
それに明日は隣町の高校との練習試合を控えている。
そちらの準備も、滞りなく進めなくては。
(とりあえず部室に行ったら今朝の分のタオルとスポーツドリンク用意して、備品の準備もしとかなきゃ)
必要なことを頭の中で反芻し、あれとー、これとー、と指折り数えながら進む。
(先生、備品のチェック表作ったって言ってたっけ。鍵取りに行くついでに確認しとこう)
一通り頭の中での段取りを終え、うんと頷く。
すると、後方からバタバタと走ってくる足音がすることに気づいた。
(誰か走ってくる?)
音につられて不意に振り返ろうとしたところで、その足音は私を追い越して行く。
「おはよ、柚葉!」
「あ、おはよ…きゃ!?」
私を追い越したのは、山本くんだった。
1年生なのに、エースで4番。
野球部期待の星である彼は、今日も爽やかな笑顔を振りまきながら走っていく。
そう、そこまでは良かったのだ。
私が驚いて、バランスを崩すまでは。
思考の途中で色々なことが起こった結果、私は何もないところで躓いてしまったのだ。
あっ、と思い体を立て直したおかげで転けはしなかったものの、一瞬足首が変な方向に曲がってしまった。
端から見れば、私は膝から崩れそうになったように見えただろう。
「柚葉、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫。ちょっと考えごとしてたから」
少し先にいた山本くんが、慌てた様子で戻ってくる。
大事でもないのに変な声を出してしまった気恥ずかしさに言い訳がましく答え、誤魔化すように捻った足首を動かす。
捻った瞬間は痛みが走ったが、今はなんともない。
どうやら捻挫はしていないようだ。
「…」
「山本くん?」
足の具合を確認する間、黙ったまま私の横に立っていた山本くん。
どうしたの、と声を掛けようとした時、
「…えっ!?」
彼が、私の視界から消えた。
と思った瞬間ひざ裏に何かが当たり、次の瞬間には体が宙に浮いた。
「!??」
「ちょっとの間、我慢してくれな」
すぐ近くで山本くんの声がして、反射的に顔を上げると、思ったよりずっと近くに山本くんの顔があって目を見開く。
同時に、今までに感じたことのない浮遊感に恐怖を感じ、何かに掴まろうともがいてしまう。
でも空に掴めるものはなくて、それで余計に怖くなって、山本くんのシャツをぎゅっと掴んだ。
それを痛みのせいだと捉えたのか、彼は申し訳なさそうな顔で言った。
「保健室まで運ぶから」
山本くんが私を過度に心配していることが分かって、慌てて首を振る。
本当に、大した怪我ではないのに。
「そ、そんな大事じゃないって!大丈夫だから降ろして!」
「いや!急に声掛けた俺のせいだし…。それに、柚葉が怪我したままだと俺、明日試合で力出せねぇから!」
だからじっとしててくれ!とあまりに必死に言われ、つい抵抗を止めてしまう。
でも、山本くんがずんずん進むのが怖くて途中でも降ろして!と訴えたが、結局聞き入れてもらえず保健室に直行されました。
(付き合ってません!)
登校してた人は少なかったはずなのに、朝のSHが終わる頃には噂になっていて。
京子と花にもニヤニヤ笑われてしまった。
彼の前で怪我をするのはもう絶対やめようと思いました。あれ、作文?
(あとがき)
復活より山本くんでした。
彼は夢では知ってるんですが漫画はあまり読んでないので偽者っぽいかも。
ちょっと現実的な姫抱っこ、と思ったら甘く無くなった。